背伸びしたがり
今日だけで何度天馬や信助に大丈夫?と声を掛けられたことか。曖昧に笑って何でもないよとごまかすことしかその時私にはできなかった。練習後も、化粧室の鏡で自分自身を見てまた落胆。最近ずっとその繰り返し。
「どうしたんだよ葵、浮かない顔してるな」
更衣室に戻りふいに肩をたたかれ振り向くと、水鳥さんが心配そうな顔をのぞかせ隣へ座った。強くて意見がはっきりしてていつでも親身になって私の話を聞いてくれる。お姉さんのような彼女にはついつい甘えてしまう。
「えと…少し、いや結構な悩みがありまして」
難しい顔をしているからか、あたしに早く言えよと苦笑されてしまう。無理に言わなくても、とか言わずサバサバと話を聞いてくれる辺り本当に助かる。が、今回だけはどうしても言うに言えない事情があったのだ。どうしようかと悶々をしていると次いで部屋に入ってきた茜さんも心配そうな顔をして反対側に腰掛けてくれて、いよいよ私の覚悟が決まりつつあった。
「……すか」
「え?」
「あの!胸ってどうやったら大きくなるんですか!?」
凍りついた二人と勢いに任せていった私の温度差と言ったらない。数秒の沈黙の後、水鳥さんが豪快な笑い声と共に頭をわしゃわしゃ撫でる。
「お前…そんなこと気にしてたのかよ」
「そん…っなことじゃないんですよ!危機的状況です!」
きっと今の私は顔が真っ赤に違いない。顔から湯気が出そうな中、対照的な茜さんがふわりと笑って口を開いた。
「好きな子に何か言われたとか」
顔は笑っていても確実に的を得た発言をしてくるから茜さんは恐ろしい。一言にこもったオーラは部活一だと思う。俯きながら首を上下に揺らすと、言われたことは気にすんなよと水鳥さんが優しく肩を叩く。恥ずかしくなって顔を覆い隠していると、乾いたヒールの音が近づいてきた。
「みんな、お疲れ様。女の子だけで恋バナかしら?」
今の状況を全くと言っていいほど把握していない音無先生が声を掛けると、待ってましたとばかりに水鳥さんが先生を捕まえる。
「いっいいですから…!」
「なあ先生、胸ってどうやったらでかくなるんだ?」
瞬間、部屋の温度が二度は下がったように思えた。背筋が凍るくらい先生の表情は引きつり曇っていたから。そりゃあそうだ、自分より生徒の方が大きいなんて現状は誰の目からしても触れてはいけない話題だったのだ。先輩もあ、しまったと口を押えるがもう遅い。様子を窺おうかハラハラしていると、両肩に先生の手。
「いい、葵さん。貴方は13歳でまだ中学一年生なの。まだ発展途上の未開発にも程があるし女の子の身体はこれから伸びていくものなのよ。ああ私の事は気にしなくていいからね。胸を大きくするためにわざわざ何か特別なことをする必要なんてないの。そのままいつも通りに過ごしていればそのうち自分に見合った形になるわよ」
どこで呼吸をしているんだろうと疑う中、つまりねと再度口を開く。
「胸の大きさなんて関係ないわ。うん、大丈夫よ」
反論は受け付けない、言葉の裏側にはそんな補足がしてあるようにも思える。結局無表情の笑顔のまま音無先生は去り、私達だけが茫然と残されてしまう。
静寂に包まれた空気の中、今まで口を挟まなかった茜さんがていうか、と口を開く。
「音無先生だって、胸無いのにあんなに可愛いんだよ?葵ちゃんもそのままで大丈夫だよ!」
さらりと酷いことを言ったのに気付かない茜さんはともかく確かに一理ある。結論として、私達はスタート位置に戻っただけと気付くのは難しいことではなかった。
背伸びしたがり
なんとかはステータスだって言うじゃない?
fin.
2012.07/22