夢遊病



先程別れた女子生徒に殴られた右頬が痛い。それを理由に陸の孤島である保健室へと足を運んだのだけれど生憎誰もいない。これはしめたとほくそ笑む反面落ち込む自分を隠しながら一番奥のベッドへ。適当な時間まで寝ていようとしたのだが、かすかに寝息が聞こえる。なんだ、誰か使っていたのかと諦めたところまでは良かった。直後寝ぼけたような、明らかに成人した女性のくぐもった低い声が聞こえたのだ。

嫌な予感しかしない。カーテンを開けると予想通り養護教諭が白衣にキャミソールという無防備すぎる格好でベッドに横たわっていたから、立ち止まって数秒悩む。起こしてベッドを開けてもらうのが普通(そもそも教師が生徒用の備品を使うなんて有り得ない話だが)、しかし人気の無い保健室、工事のために離れている教務室、おまけに今日は天気が悪く騒がしい廊下もしんと静まり返っている。下心が見え隠れするには絶好のコンディションだった訳で。

毛布を蹴っ飛ばし腹部を露出させたまま寝息を立てている先生に歩み寄り、起こさないようにベッドに腰掛ける。そっと眼鏡を取ると、綺麗なままの彼女の素顔が真正面に現れる。何の考えも無しに、とは言いきれないが欲が後を押してしまいそのままゆっくり顔を近付けあと数センチ、というところで先生と目が合ってしまった。

「残念。未遂でした」

頬の痛みを触られてから思い出したなんて格好悪いことは置いといて、ちらちら先生のはだけた部分が見えそうで見えなくてこちらとしては目のやり場にすごく困る。

「なあに、そんなに先生の中身まで見たいの?」
「寝ぼけてないで降りてください」

やはり確信犯だった、つくづく性格の悪い教師だ。本人は遊んでいるつもりだろうがまさか目の前の生徒がその気になりそうなんて欠けらも気付いてないんだろうなあ。
降りろと公言しても嫌だと顔を布団に埋め首を横に振る。頑として動かないつもりだ、こんな養護教諭いてたまるかって。

「降りないと襲いますよ」

これで観念するかと勝ち誇った俺の目の前がぐるりと反転し、一気に近くなった先生の顔とその背後にそびえる天井。つまるところ自分のほうが彼女に襲われかけてる状況。

「え?私と遊んでくれるの?」

耳に息を吹きかけ俺の背筋がぞわりと震えると満足したのかくすりと妖々しい笑みを浮かべ前髪をさらりと掻き上げる。このままなるようになってしまえと淡い期待を込めてしまったのも束の間、ぐいと引き起こされ先生は俺をベッドに座らせたまま床に投げ出していたハイヒールを履きカーテンを開ける。

「あの、」
「何ー。物足りないって顔ね」

振り返りもせず自分の椅子に座ってようやくこちらを見た音無先生の顔はいつになく活き活きとしていた。所詮は掌の上で弄ばれるくらいの存在なんだと今更改めて実感する。らしくない、こんな取り乱すなんて。

「コーヒーくらいなら出してあげるわよ」
「良いです。帰ります」

一気に気怠さが全身を襲い、乱れた制服を直し扉に手をかける。こんなに一人に執着したことは無かったが諦めるなんて格好悪いことはしたくない。
生憎天気は予報通り土砂降りだがお陰で呟いた言葉も彼女の耳に届くことはなかっただろう。気持ち悪い笑みを携えたままの先生を一瞥し現実へと足を運んだ。



夢遊病



聞こえてるわよ馬鹿





2012.06/24


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