春に一番近い街



今日は講義も無く特に用事も無いから久しぶりにゆっくり出来ると淡い期待を込めた俺が馬鹿だった。

「このあとどこ行きましょうか」

俺が円堂達からいただいてきたケーキを横からぶん取り幸せそうな顔をして食べながらこいつが言った日曜日の午後。苺で埋め尽くされていた筈の表面がいつの間にか赤色が過疎化していた。

「そうだなあ」

口では考える振りは出来るが如何せん身体は言うことを聞かず、ぐだぐだと相槌を打っている俺を不満そうな目で見てくる彼女。何か外に出る理由を考えなければとぐるぐる脳を働かせていると、ふと今朝方の出来事を思い出す。

「大きめの掛け布団でも買いに行くか」

3月だというのに今日は冷え込んでいたから、布団を独占したいのはわかる。でもお前に全部持ってかれて揚句ベッドから蹴落とされた俺の身にもなってくれないだろうか、今月に入ってから五回目だぞ。

「何でそんなの必要なんですか?」

変なの、と小首を傾げて笑う彼女は本当に何もわかってないんだ、やる瀬ないったらしょうがない。
結局洋服を買うついで、ということになってしまった。買い物というのはどうしても女性優先になってしまうから得意じゃないなあなんて思いながらケーキに手を伸ばしたら既に皿は空っぽになっていた。




―――――――――



「ねえねえ先輩!これ可愛くないですか?」

最初に入った店の1番見やすいところに大々的にディスプレイされたワンピースを自分に合わせくるりとこちらを見る。この場合似合う、と即答すれば適当なこと言うなと不機嫌になるし似合わない、と言えば本気で落ち込まれてしまう。どっちにしろ俺が報われないことに変わりはないのだけれど。

「その黄色も可愛いけど、こっちの方が似合うと思うよ」

隣にあった色違いのピンクのワンピースを手渡すと、ぱあっと顔を綻ばせ試着してきますと一目散に店員のもとへ走っていく。我ながら最善の処置だったと自分を褒めよう、よくやった。
カーテンが開かれ俺の前でくるりと回転するとふわりとスカートが持ち上がる。やっぱり膝丈が1番似合う。

「どうですか?」
「良いんじゃないか、それで」

ぶっきら棒に言ったつもりはないが気に障ったらしく少し眉をひそめて「ほんとに言ってるんですか」とご機嫌斜めになってしまった。モデルが良いから何でも似合ってしまうのが本音だが死んでも言わないと毎回固く誓っている。つまらない意地のせいでいつも怒られるんだけど心の内が知れてしまうくらいならそんなの構いはしない。

「俺は可愛いと思うんだけど」

一瞬。周りを取り巻く騒音がぴたりと止みそれからまたざわつき始める。そう感じたのはきっと俺達二人だけだろうがその間に目の前の相手はワンピースを着たまま茫然とその場に立ち尽くし顔を赤くしながら首を横に振る。

「そういう、そういうところが大嫌いです」

乱暴にカーテンを閉め強制的に断絶、俺はまたひとり取り残されてしまった。大嫌いとまで言われてしまったら落ち込むほかないが、今のはたぶん例外。まったく俺達は似たもの同士惹かれてしまったらしい。強がりなところは特に。

「すいません」

着ていたのと同じタイプのワンピースを手に取り店員を呼ぶ。会計をさっさと済ませ彼女が試着室から出てきたのは10分くらい経ってからだった。洋服をどこに戻せばいいかわからなくなりそのまま迷子になっていたのだという。数メートルも離れていないはずだがパニックになると周りが見えなくなる癖は変わってないなと半ば呆れると、また大きな声を上げ頭を抱える。

「あ、あの!ハンドバッグどっかに置いてきちゃったみたいで…ああどうしよう更衣室かなさっきまではあったのにちょっと探してきますね」

ぺらぺらと自己完結の弾丸早口も早々に切り上げ俺の制止の声も届かず試着室とは反対方向に走り出す背中を口を開けたまま見送る。行き場のない左手を引っ込め、右手に抱えた女物のハンドバッグを見つめ深い溜め息を漏らす。

「…さっき俺に持たせたこともここまでのルートも忘れてるんだろうなあ」

いいや、どうせこれからうんと付き合わされることになるんだから。布団はまた今度にしよう。
今日はいくつ買い物の袋を持たされるんだろうと最悪の結末を想像しながら、未来の自分にエールを送ってみた。




春に一番近い街



長い付き合いになるだろうからこれくらいは慣れておかないと


fin.







2012.05/17


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