やさしい崩壊


※イナギャラで剣城ではなく音無先生が偽者だったら、っていうIF設定。です。






いつもと変わらない放課後の部室は、がらんとしていて自分以外の生徒は一人もいない。たまたま自主練をしていたとも、故意に残っていた、とも取れるが、どちらも建前に変わりは無かった。

「お疲れ様。いつも頑張ってるね」

音無先生が備品を抱えこちらに近づいてくる。手渡されたタオルを受け取り、軽く頭を下げた。

「別に。自分の為なので」
「またそんなこと言って。意地っ張りね」

困り顔になる先生をじっと見ると視線が合い、途端に強張った表情を崩した。

「でも、そういうところ、好きよ」

ゆっくり微笑んだ彼女は、そっと腕を伸ばす。自身の頬に細い指がなぞられるその前に、部室に乾いた音が響いた。

「あんたは音無先生じゃない」

払った手はやけに冷たく、見た目は同じでもとても人間の体温とは思えない。振り払われた腕はやり場を無くし、呆気にとられた表情から一変してにやりと口角を上げる。

「彼女をどこへやった」

なるべく平静を装ったつもりだが、余裕ぶった風の相手を見るとつい声を荒げてしまった。

「ここにはいないわ。もう戻ってこないかもね」

つまらなそうに溜め息交じりで上手く騙せてたのに、と呟く顔は確かに彼女そのものだ。見たことのない表情に戸惑いながら、歯を食い縛る。

「どうしてばれちゃったのかなあ。割と自信あったんだけれど」

にこりと笑う顔がいつもの表情に酷似していて悪趣味さが痛いほど伝わる。だが、一つだけ決定的に異なる部分があったのだ。

「先生は、そんな目で俺を見ない」

彼女にとって俺はただの生徒で、関係もその先へ進むことは未来永劫無いに等しく、いつまでも子供扱いから進歩することも無い。だから、微睡むような表情であんな言葉を発することは、有り得ないのだ。

「口だけは達者なのね。ここで私を攻撃すれば多少なりともダメージを与えられただろうけれど」

恍惚な笑みを浮かべ俺との距離を取り、首元を引っ掻いて見せる。

「残念ね。大好きな先生は殴れないのかしら?」

喉を鳴らして引き笑う相手に苛立ちを覚える。図星だとしたら、尚更。
俺が思ったより動揺せず面白くないのか、言っておくけど、と前置きをして再び口を開く。

「私があの表情プログラムを作成、稼働させたのは、音無春奈の脳内データを検索し本人に一番近い心理状況に該当したからよ。アドリブは得意じゃないのよね」

でも、もう役目はお終い。くるりと踵を返し、こちらへ振り向きもせず一歩踏み出す。

「さようなら、可哀相な生徒さん」

ぷつん、と回線が途切れた様にホログラムになった身体は、瞬きをすると一瞬で消えてしまった。もし胸ぐらを掴んで一発殴っていたら、その先の未来が変わっていたかもしれない。臆病な俺は、偽物さえも壊すことを躊躇ってしまったのだ。誰もいなくなった部室で右拳を床に叩き付ける音だけが、鈍く響いた。





やさしい崩壊




期待なんかさせないでよ




continue.

2013.12/28
御題:鬼火様

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