不等価交換


右良し、左良し。自分を阻む障害は何一つとして存在しないことを確認する。良かった、奴が追いついてくる前に退散してしまえば問題は無いはずだ。そう思っていた自分は随分詰めが甘かったようだ。
放課後に突入したばかりの校内は騒がしい。それに加え、来週は学園祭が待ち構えているとあって、いつも以上の賑わいを見せていた。これに紛れて教室から出よう。一歩踏み出した途端だった。ぱたぱたとリズミカルな足音が間違いなく俺へ向かってくる。嫌な予感がして、恐る恐る振り返る。

「せーんぱーいー!!」

手前で止まる、のではなく突進してくるのは本当に勘弁してほしい。相手が神童だったら受け止められず確実に腰を痛めているだろう。

「イノシシかお前は」
「いああぁ髪引っ張らないでください!抜けちゃう!」

ぶつかる直前にこいつの額に掌をあてがい寸での所で止めたものの、本日これで4度目の奇襲攻撃は流石に疲れてしまった。淡い水色の髪を引っ掴み、そのまま脱毛してしまえとかなぐり捨て踵を返す。

「往生際が悪いですよ。話だけでも聞けば良いじゃないですか」
「どっちがだよ。どうせお前の事だからろくなことじゃ無いんだろ」

サッカー棟へ急ぐ俺のあとをついて歩く空野を振り切ろうにも、どうしても駄目なんですか、一生のお願いですから!と足が止まることは無い。嗚呼視線が痛い。オーディエンスの痛々しい眼差しはぐさぐさと容赦なく俺の心を抉る。

「お前、素敵な訪問販売員になれるな」
「わあ、ほんとですか!そうしたら私の顧客になってくださいね」

ああ言えばこう言う。ぴーぴー騒ぎ立てる後輩を黙らせるには、立ち止まるのが一番効果的なようだ。不本意ながら足を止め、人気のない階段脇で初めて彼女に向き合う。

「いやあ粘った甲斐がありましたね」
「聞くだけだからな」

で、用件はなんだ。言ったところですぐ出てくるのだとスタートダッシュの準備をしていたのだが、予想外の沈黙が訪れた。ええと、ですね、と視線を逸らしながら指を弄ぶ後輩は何というか、面倒な奴だと思う。

「散々追いかけまわしておいて何だよ。からかってんのか」
「ち、違いますよ!」

すう、と大きく息を吸い込んだ後、意を決したように口が開かれた。

「あの、一日で良いんで女の子になってくれませんか」

再び訪れた沈黙は先程より重苦しいものだった。傍から見たら告白の返事が出来ずにうろたえている男子だとしても間違いは無い空気だ。今なんて言った。女?の子?意味が理解できていない俺の口を動かすまいと先に行動に出たのは後輩だった。

「やましいことでは無くてですね。来週の文化祭、うちのクラスの喫茶店に来てほしいんです。メイドさんとして」
「つまり俺を女装させて働かせたいと。そういうことか」

つまりそうです!と軽やかな返事が返ってきたところで最早呆れ返るしか出来ない自分が情けなく思えてきた。今までにも何度か同じ頼まれごとをされた経験があるからなんだけれど。

「だって絶対可愛いと思うんですよ!霧野先輩なんてもう看板メイドさん間違いなしですって!そのままでも十分いけるし!水鳥さんがウェイターで来てくれるんで美男美女っていうか」

瀬戸も男装を強いられているのかと思うとこいつのマネジメント力は如何程なのかと首を捻ってしまう。というか、話の流れで行くと男子も女子も同じことをするのか。
ふうん、とわざとらしく話を聞いてるふりをして、彼女に一歩近付いてみる。

「じゃあ代わりにお前は何をしてくれるんだ」

まさか聞かれるとは思っていなかったのだろう。私ですか?なんて小首を傾げる。

「普通ギブアンドテイクだろ。お前が男装でもして女の一人や二人引っかけてこれんなら話は別だけどな」

お前の場合靴紐踏んですっ転んで色々ぶちまけそうだけどな。と付け加えると、かちんときたのだろうそんなことないです!と声を荒げる。

「いいですよ。男装でも何でもしてあげます。どっちが多く指名取れるかですね」

本当に口が塞がらない奴だと思う。交渉成立だとばかりに口角をあげて、目線より少し下にある頭に掌を乗せる。

「言ったな」
「霧野先輩ってときどき悪党面するから嫌いです」
「俺はその不服そうな顔好きだけどな」

むくれ顔の頭を撫でると一層眉間に皺が寄ったので、じゃあ後でなと踵を返す。

「絶対ですよ!絶対メイドさんですよ!絶対領域の!」

うしろで可愛いクソ生意気な後輩の熱い要望が聞こえるので、とりあえず手を振っておこう。
とんでもない約束を取り付けてしまったとは知らずに部室へ行くと、間違った噂話を聞きつけた瀬戸から質問攻めにあったのは言うまでもない。



不等価交換



お前ら性転換するってほんとなのか?!



end...?
2013.11/21

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