ショコラと指輪

 綺依にとってクリスマスの午前中にする仕事はただ一つ。
それは、(琉依の為に)クリスマスケーキを作ること。
今年作るのは、琉依の希望通りフォンダンショコラ。

「チョコレート砕いておいたけど、これでいいかな?」

先にキッチンで準備をしていた亮さんが、綺依に声をかける。
綺依は頷いてチョコレートの入ったボウルを受け取ると、バターを加えて電子レンジにかけた。

リビングでは琉依が、サンタさんから貰ったカーディガンを羽織ってクルクルと回っている。
黒いテレビの画面を鏡代りにして、見た目を確かめているらしい。
中学生の頃から何かにつけて欲しがっていたベージュのカーディガン。
綺依に話す度に却下されてきたそれがやっと手に入った、という嬉しさが彼の中に溢(あふ)れていた。
その様子を遠目に見ながら、綺依はふっと息をついた。
それに気付いた亮さんは、砂糖と卵をボウルに入れながら綺依に尋ねる。

「琉依くんがどうかした?」

ハッとして亮さんを見返した彼は、気まずそうに視線を泳がせた。

「琉依がカーディガンを学校に着て行くなんて言うから……。
学ランには合わないのに」

ほんの少しだけ的外れな答えを返す。

「学ランにはどうか分からないけど、琉依くんには似合ってるよ」

ふふふと笑って、亮さんはなめらかに混ざった砂糖と卵を綺依に見せる。
綺依はそのボウルに溶けたチョコレートを流し入れた。
更に振るった小麦粉を加えたら、ひたすら混ぜる。

部屋に満ちたチョコレートの甘い香りに誘われ、琉依の足は自然とキッチンへ向かう。
カーディガンは丁寧に畳んでカーペットの上に置いておいた。
ひょこっとキッチンを覗くと、綺依が生地を混ぜていた。

「おにぃ、僕も混ぜる!」

ぴたっと隣に寄り添い、綺依を見上げる。
綺依は一瞬嫌そうな顔をしたが、素直に泡立て器を彼に渡した。

「やったぁ!」

作業台に身を乗り出し、ボウルを覗き込むようにして混ぜる。
その首元に、銀色に光るものを亮さんは見つけた。
どうやら指輪をペンダントにしたものらしい。

「ねぇ琉依くん。その指輪どうしたの?」
「今日の朝、おにぃに貰ったの!」

屈託のない笑みを浮かべて答える弟の傍らで、綺依は密かにため息をついていた。
なんで指輪をあげたのか、亮さんから追求されそうだから。

「へぇー、綺依くんが。
綺麗だね」

亮さんの言葉に同意するように、ぶんぶんと首を縦に振る琉依。

「うん! でも、大人になったらもっと良いのを……」
「琉依、口を動かしてないで手を動かせ。
不味いフォンダンショコラが出来ても知らねぇぞ」

声を低めて、琉依の言葉を遮る。

「ふぇぇ……ごめんなさい……」

おろそかになっていた手の動きを早め、一生懸命にかき混ぜる。
時折ちらちらと綺依の表情を伺いながら。
やっとのことで混ぜ終えた生地を型に流し込み、あらかじめ温めておいたオーブンでしばらく焼く。

少し余ったチョコレートをつまみながら、琉依は幸せそうに鼻歌を歌う。

「ところでその指輪、メビウスの輪だよね」

彼の指輪をしげしげと眺めていた亮さんが、2人に訊いた。

「メビウスの輪って何?」
「……」

首を傾げる琉依と、黙り込む綺依。
そんな2人に苦笑しながら、亮さんは近くにあったメモ用紙を割いて一本の細長い帯を作った。
それを一回だけねじり、端をテープで留める。

「これがメビウスの輪。一カ所だけ捻れてる輪っかのことだよ」

そしてハサミを取り出して、輪と平行になるように帯の真ん中を切り始めた。

「普通の輪っかだとこういう風に切っちゃったら2つに分かれるけど……」

そう良いながら、最後まで切ったメビウスの輪を広げると。

「1つの輪っかになってる!」

目をキラキラさせながら、琉依はそれを見つめる。
一回捻じっただけで分かれなくなるなんて、すごく不思議だ。

「ちなみにさっきは真ん中を切ったけど、およそ3分の1の所を切ると2つの絡まった輪っかができるんだよ」
「すごーい!」

はしゃぐ琉依とは対照的に、綺依は依然黙りこくったままである。
亮さんはムスっとした表情の彼に視線をやると、微笑んでこう言った。

「メビウスの輪を輪と平行に切ってもバラバラになることは無いんだよ。
ね、綺依くん」
「……そうですね」

呟くようにそう返し、綺依はその話題から逃げるようにオーブンを開けた。
竹串を刺して焼け具合を確かめると、完成したフォンダンショコラを取り出す。

「あっ、できたの?」

香ばしいチョコレートの香りをかいで、琉依が声をあげた。

「僕、お母さん呼んでくるね!」

小走りでキッチンを出て行った琉依を見送って、綺依と亮さんは飾り付けに取りかかる。
真っ白な皿に型から外したフォンダンショコラを乗せ、上からパウダーシュガーをかける。
ルビーのように紅いラズベリーのソースをその隣に垂らして、ミントを添えれば完成。


「お待たせしました」

既にテーブルについていた琉依と母親は、運ばれてきたフォンダンショコラを見て歓声をあげた。

「すっごい! 綺麗になってる!」
「お店で出されるものみたいね」

冷めないうちに早く、と促され、琉依は恐る恐るナイフを当てる。
心なしか厳かな雰囲気の中で、一切れの三角形を切り出した。
その切り口からは、とろとろとチョコレートが流れ出す。
綺依はほっと胸を撫で下ろした。
焼き加減は抜群、成功だ。

「喜んでもらえて良かったね」

美味しいと口々に言う家族を見て、亮さんが綺依に囁く。
フォンダンショコラを頬張る琉依へ視線をやったまま、綺依は一言言葉を返した。

「俺が琉依を喜ばせられない訳がないから」

-end-

フォンダンショコラ食べたい……。



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