夢よりもはかなき世の中を
昔の人はなんて節操が無いのだろう。そう思い、琉依は眉をひそめた。
恋多き女性として有名な、和泉式部。彼女の日記である「和泉式部日記」には、彼女と敦道(あつみち)親王の恋が書かれている。
ここまではいいのだ。
彼女は敦道親王と付き合う前に、為尊(ためたか)親王と恋仲にあった。この為尊親王というのが、敦道親王のお兄さんである。しかし彼は若くして亡くなり、和泉式部は恋人を失った哀しみを抱えて一人暮らしていた。
そんな彼女の元に、為尊親王に仕えていた小舎人童がやってくる。
今は敦道親王に仕えているという彼は、敦道親王から渡された橘の花を携えていた。それを差し出された和泉式部は、橘の花で有名な和歌を思い出して「昔の人の」と呟いてしまう。
童が敦道親王にどう伝えましょう、と尋ねたので、彼女は和歌を詠むことにした。
古典常識として、男女の間で送られる和歌というのは恋文の役割があるのだが、敦道親王には女性関係の噂は無い。だから和歌を送っても大丈夫だろうと。
その和歌の内容を簡単に言えば、敦道親王と為尊親王の声は同じなのか聞きたい、という、ものであった。
縁側で様子を窺っていた敦道親王はその和歌を読み、兄弟の声は同じですという返歌を詠んだ。
そして世間体を気にして、童に口止めをするのだ。
和泉式部はこの歌に返事をしなかったが、その後敦道親王は歌を送る。
そうして二人は、恋人同士へと発展していくのだ。
結局、和泉式部は彼とも死別することになるけれど。
琉依は古文の授業でこの話を習った時、亡くなった兄の彼女に手を出す弟と、そのことを堂々と日記に書く彼女という二人がどうしても受け容れられなかった。
もし綺依に彼女が居て、この話と同じ状況になったら。そう琉依は考えてみる。
彼女に同情するかもしれないが、ちょっかいをかけようだなんて気持ちは絶対に起こらないはずだ。だってそれは、綺依に失礼だから。
やっぱり、この二人は好きじゃない。琉依は首を振って、そっと教科書を閉じた。
共感はできない。けれど、文章は好き。綺依は思い巡らす。
特に冒頭の「夢よりもはかなき世の中を」という部分が。
夢よりも儚く終わってしまった、二人の仲。それはきっと楽しくて、幸せで、そして切なく寂しいものだったのだろう。死んだ恋人の面影を片時も忘れることなく、嘆きながら暮らしていた和泉式部。
もしかしたら、彼女は敦道親王に為尊親王を重ねて見ていたのかもしれない。いわば敦道親王は兄の身代わりといったところか。
その敦道親王との仲も儚く終わってしまう。それは、死んだ兄の次に弟を選んだ彼女への天罰なのか?
何にせよ、和泉式部は一途な女性だったように思える。そしてそれは、自分も同じだ。
ある暑い夏の昼下がり。綺依と琉依は古文の宿題に取り組んでいた。
何種類かある話の中から一つを選び、それを現代語訳して問題を解いて最後に感想文を書くというものだった。
奇しくも二人が選んだ話は同じ「夢よりもはかなき世の中を」。和泉式部日記に収録されている話である。
亡くなった恋人の弟と恋仲になろうという筆者に抱いた感想は、それぞれ異なるものだった。
作業を進めていく間に、琉依の顔はどんどん険しくなっていく。内容が気に食わなかったからである。
それに気付いた綺依は、顔を上げて正面の琉依を見た。
「どうかした?」
綺依の問いかけに、琉依は口を尖らせて答えた。
「だって、この話イヤなんだもん」
「選んだお前が悪い」
呆れたような表情で綺依が返すと、ますます口を尖らせる。
確かに題名を見ただけで選んだ自分が悪かったとは思う。でも、こんなことを本に書く筆者だって悪い。あまり褒められるようなことじゃないし、自慢にも取れるから。
そう琉依が反論すると、ため息をつかれた。
「だってこれ、日記だもん。誰かに読んでもらおうと思って書いたんじゃないだろ。
日記に何を書こうが、個人の勝手だ」
「うぅー……」
少し潤んだ目で綺依を見つめるが、彼はもう琉依を見てはいなかった。
もし綺依だったらどうするだろう。
想像できないけど、自分に彼女が居て。彼女を残して死んでしまったら、綺依はその子と付き合うのだろうか。
琉依はそう考えてはみたものの、現実味に欠けているとしか思えなかった。でも、残された彼女と綺依が付き合うことに嫌悪感は覚えなかった。
だって、自分の代わりに綺依が愛してくれそうな気がしたから。
――そうか。敦道親王は為尊親王の身代わりなんだ。
そして僕たちも、お互いの身代わり。
「ねぇ、おにぃ。もし僕が死んだら、おにぃは僕の代わりに生きてくれる?」
「……はぁ?」
いきなりふざけたことを言い出した。そう思って見た琉依の顔は、予想とは裏腹にとても真面目だった。
「僕が為尊親王でおにぃが敦道親王だったとしたら、おにぃもきっと敦道親王みたいに和泉式部と恋人になる気がする」
瞬き一つせずに綺依を見据え、彼は言い切った。唖然とする綺依に、返す言葉は無い。
軽口を叩ける雰囲気ではないし、安易なことも言えなかった。それほど、琉依は真剣だった。
「……っ」
一瞬顔を苦痛に歪め、沈黙を破るように綺依は立ち上がった。つかつかと琉依に歩み寄ると、その腕を引っ張って立たせる。
「おにぃ、何するの!?」
痛がる琉依を無視して、後ろにあるベッドへ押し倒した。
「動くな」
低い声でそう命じ、綺依はベッドを離れた。そしてドアの近くにかけてあった二人の制服からネクタイを抜き取ると、それを持って琉依の元へ戻る。
怯えた目で見上げる彼に昏(くら)い笑みを見せると、手に持っていたネクタイの一本で琉依の両手首を縛った。
「やめっ、おにぃ!」
「うるさい」
ちっと舌打ちをすると、琉依の太ももに乗り上げて今度はもう一本のネクタイを使って猿轡をかませる。
琉依は身を捩って抵抗しようとするが、強い力で押さえつけられて身動きが取れず、声を上げることも出来ない。そんな姿を見て、綺依はさらに薄っすらと笑みを浮かべた。
彼のTシャツを胸まで捲り上げると、外気に晒された乳首がツンと勃ち上がる。そこに手を伸ばして、強めに摘んだ。
「んーっ!」
びくっと身体を震わせ、琉依は目を見開く。
くにくにと弄られて、だんだん硬くしこっていくのが自分でも分かった。拘束されていて嫌なはずなのに、反応してしまう自分が浅ましい。
両目いっぱいに涙を溜めて綺依の攻めに耐える彼を、綺依は無言で見下ろしていた。
片方の乳首を親指と中指で摘み、人差し指で擦る。そしてもう片方に顔を近づけて、舌を這わせた。
「んぅっ……ぅ……」
狭い室内には、琉依のくぐもった喘ぎと唾液の跳ねる音だけが響いている。
いやいやするように琉依が頭を振るたび、溢れ出した涙が飛び散ってきらきらと光った。
嬲られ続けた胸の尖りは真っ赤に色付き、白い肌と相まってひどく扇情的である。
満足気に唇を歪めると、綺依は少し後ろへずり下がった。その視線の先には、膨らみかけた股間が。さわっと撫で上げると、耳許に口を寄せて琉依に囁く。
「縛られながら乳首弄られて、それで感じるとかどれだけ淫乱なんだよ?」
「うぅっ、んっ……ん……」
琉依は首を振って否定するが、綺依は構わず彼のズボンのファスナーを下ろす。下着の奥へ手を入れると、ひっそりと勃ち上がったペニスに指を絡めた。そのまま上下に扱いてやると、すぐに蜜を滴らせて綺依の手を濡らす。
綺依の意識が下半身に集中していることを確認すると、琉依はそろそろと腕を上げた。手首は拘束されているが、ベッドに縛り付けられているわけではないので容易に動かすことが出来る。口元に手を持っていき、猿轡を外そうと指をかけた時。
「んっ・・・…!」
その動きは綺依の手によって封じられた。右手で琉依の両手首をまとめてベッドに押さえつけると、左手で彼の右頬を打つ。
「ベッドの柵に縛り付けときゃ良かったな。まさか俺の赦しも無く、口のを外そうとするとは思わなかった」
そう言いながら、右手に更に力を込める。血の流れが妨げられ、苦しくなってくる手をどうにかしようと、琉依は身体を左右に捻って抗った。
「んー、んーっ!」
けれど綺依は右手を離そうとしない。琉依を鋭く睨むと
「俺に逆らうな。酷くされたいのか? そうじゃなかったら、自分の過ちを反省してろ。
謝罪なら後で聞いてやる」
そう言って琉依の両手首を縛ったネクタイを少し解き、ベッドの柵に巻き付けて縛り直した。そして彼の脚からズボンと下着を引き抜くと、M字に開脚させる。奥まった場所でひくひくと開閉を繰り返す蕾を露わにすると、そこに尖らせた舌を沈めた。
「ぅん……、んっ……ぅ……」
熱くぬめったその感触に琉依は新しい涙を溢れさせる。もう何が何だか分からなかった。身体は火照り続け、萎えることを知らないペニスは腹に付きそうなくらい反り返っていた。
過ちを反省しろだの、謝罪だのと言われたが、琉依には何のことか理解できない。何が駄目だったのだろう? 溶けかけた頭で必死に考えるが、全く思いつかなかった。
諦めて快楽に身を任せてしまおう。そう思って、琉依は目を瞑る。
それまで苦しげに声を漏らしていた琉依が、急に静かになった。綺依は不審に思って顔を上げると、眉を寄せて目を閉じた弟の姿があった。ぎりっと奥歯を強く噛むと、彼に向かって吐き捨てる。
「何でここで堕ちるんだよ……っ! バカじゃねぇの?」
苛立ちを抑えきれない綺依は、自分のズボンと下着を脱ぎ捨てた。
充分に綻んだとはいえない入り口に、猛るペニスを押し付ける。そして一度に奥まで突き入れた。
「――ん゛っ!」
まだ硬く窄まったままの奥の腸壁が、ぎちぎちと侵入を拒む。そこを抉られて、琉依の身体を痛みが駆け抜けた。その痛みに引きずられるようにして我に返った彼は、激しく上半身をくねらせて抵抗する。
「大人しくしてろ」
綺依は琉依のペニスをぎゅっと掴み、腰を打ちつけた。肉と肉がぶつかる乾いた音と共に奥をめちゃくちゃに貫かれ、意識が朦朧としてくる。潤いが足りず、引きつるように痛い。
やっと琉依は、綺依がどれだけ腹を立てているのかを知った。相変わらず理由は分からないが、謝らなければいけない。
「んんー! んーっ!」
ネクタイに阻まれて喋ることは出来ないが、琉依は必死で声を上げようとした。
もしかしたら綺依が気付いて、ネクタイを解いてくれるかもしれない。
琉依の予想は果たして、現実のものとなった。それまでとは違う声の上げ方に、綺依が彼の口元のネクタイをずらす。ようやく喋れるようになった琉依は
「ごめんなさい! おにぃ、ごめんなさい!」
と涙混じりに叫んだ。綺依は一旦彼の中から自身を抜くと、琉依の頬を両手で包んで視線を合わせた。
「何が悪かったか、分かった?」
「うぅっ……」
視線を逸らそうとする琉依。綺依は彼の頬を掴み直した。
はあ、とため息をついて、少し和らいだ声で告げる。
「俺がお前の代わりに生きるわけ無いだろ」
「ふぇ? そんな……」
「お前に恋人が出来ようが結婚しようが、俺はずっと琉依だけを愛してるから。
だから俺はお前の代わりにはなれないし、そもそも琉依の代わりになれるやつは居ない」
「おに……ぃ……」
綺依に「愛してる」と言われ、琉依の頭は真っ白になった。そんなことを言われたのは久しぶりだった。
そうだ、彼は自分だけを愛してくれるんだった。だから、あんなことを聞いちゃいけなかったんだ。
「ごめんなさい……」
ちゃんと理解した上で、もう一度謝る。すると綺依は琉依の上から退いた。
「分かったなら、それでいい」
そう言って、ベッドから降りようとする。琉依は慌てて足をバタつかせると
「ダメっ! 何処行くの!?」
と、綺依を引き止めた。
「何? 何処って、宿題終わらせるんだよ」
さも当然だと言わんばかりに、ズボンを履きながら綺依は答える。
放置されたままのアヌスが綺依を求めて蠢いていた。欲しい。もう一回、綺依が。
羞恥に顔を染めつつ、琉依は口を開いた。
「続き、して……!」
それを聞いて綺依は、ニヤリと口の端を吊り上げた。せっかく履いたズボンを再び脱ぎ、琉依の手首を縛っていたネクタイも解く。そして彼の身を起こさせると、今度は自分が仰向けに横たわった。
「したいのなら、琉依が自分でしてよ」
かぁっと顔が熱くなる。それでももう、抗えなかった。
琉依は若干萎えかけた綺依のペニスに手を伸ばすと、指を絡めた。ぎこちない動きながらも、上下に扱くとそれはむくむくと形を変える。
「僕もずっと、おにぃのこと愛してる」
そう呟いて、琉依は綺依の腰を跨いだ。左手で彼のペニスを支え、ゆっくりと腰を落とす。やがて、先端が琉依の中に入った。ふぅっと息をつくと、いきなり腰を引き寄せられて貫かれた。
「んぁ……っ!」
その衝撃で、琉依は軽く達してしまう。
「もうイったの? 早すぎるだろ。ほら、自分で動け」
「んっ、ふぅ……」
綺依の腹に手をついて身体を支え、ベッドのスプリングを利用して上下に跳ねる。
突かれる度に腸壁は柔らかく変化し、たまらなく気持ちよかった。
快感に喘ぐ琉依の腹はひくひくと波打って、まるで一種の軟体動物のよう。
それを目前で見せつけられ、更に柔らかな媚肉にペニスを包まれ、綺依ももう限界が近かった。
「――ひゃっ!?」
視界がぐるっと反転したかと思うと、いつの間にかベッドに押し倒されていた。
「琉依、もう限界」
その言葉と共に、綺依の激しい攻めが始まる。熱く熟れた粘膜を抉られ、擦り上げられ、琉依の眼裏には無数の光が飛び散った。
「あ――っ、ぁ……ぁ……」
綺依の先端が彼の最奥を突いたとき、琉依は真っ赤にのぼせた矛先から白い蜜を噴き上げた。瞬間彼のアヌスは綺依を吸い上げるように蠕動する。堪え切れず、くぐもった呻き声を上げて綺依も琉依の中に精を放つ。どろどろと熱く溶けたそれは、渦巻くように対流していた。
「おにぃの……いっぱい……」
重くなったように感じる下腹部を撫でて、琉依は微笑んだ。そして綺依の首に抱きつくと、胸に顔を押し付けてこう囁いた。
「おにぃ、だーい好き」
綺依からの返事は返ってこない。その代わり、琉依の頬に軽い口付けが落とされた。
綺依を怒らせてしまったし、縛られたりもしたけど、琉依は幸せだった。
大好きな兄が自分のことを愛してくれていると、改めて知ることができたから。
やっぱり僕は、綺依以外の人と付き合うことなんてできない。そう琉依は思うのだった。
-Fin-
半日かかってこのざまかよおいぃぃぃぃぃぃ!(泣)
相変わらずなレベルの性描写ですみません……。
何も上達していないじゃないか……。
恥だけ捨てただけでした。はぁ……。
「夢よりもはかなき世の中を」は授業でやって、どうしても双子の話にぶっこみたかっただけという。
はぁ……。
←できれば感想はこちらに。