15

下校のチャイムが鳴り、帰り支度を整えた綺依は教室を出る。
その後を、琉依は黙って追いかけた。
通学路を帰る途中も、家に着いてからも、琉依は一言も喋らなかった。
同じように、綺依も終始黙っていた。
道中、琉依が隣に並んでも、何の反応も見せず。
帰宅早々、綺依は通学鞄から宿題の問題集と教科書、ノートを取り出してリビングの机の上に広げた。
そしてようやく、少し遅れてリビングに入ってきた琉依を見て、彼は口を開いた。

「琉依。俺、家庭教師することにしたから」

突拍子のないセリフに、琉依は思わず綺依を凝視する。
どうして突然、家庭教師するなんて言い出すのだろう。
あれからずっと達幸に言われたことを考えていたはずが、琉依の意識はけろっと綺依の言葉に移る。
綺依の顔はいつもと変わらず感情が乏しく、その表情から言葉の意図を読み取ることは困難だった。

「んぇ? バイト?」

こてん、と首を横に倒した琉依は、綺依の横に座りながら尋ねる。
すると綺依は、琉依が床に置いた彼の鞄を自分の方に引き寄せ、

「いや、生徒はお前」

と無機質に答える。

「えぇ!?」
「えぇ!? じゃないだろ。
俺がわざわざ勉強を見てやるんだから、感謝しろ」

唇を尖らせる琉依をよそに、綺依は勝手に琉依の鞄を開けて問題集、ノートを取り出す。
その後しばらく鞄の中をガサゴソ探ったが、教科書が見当たらなかった。

「なあ、教科書は?」
「教科書? 学校だよ。
毎日持って行くの重いもん」
「……宿題あるときは持って帰れよ」

諦め口調で言う綺依に、琉依はえへへと照れ笑いをする。
その顔を見て、更に綺依はため息をついた。学校に置いてきてしまったものは仕方なく、教科書は綺依のものを見せることにした。
学校から帰ってきてすぐに宿題をすることに乗り気ではない琉依に、綺依は宿題として出されたページを示す。

「とりあえず、宿題から」

綺依の言い方に、琉依は引っ掛かりを覚えた。
とりあえず、ということはもしかして。

「それって、宿題が終わったら別のことをやるってこと?」
「そう」

もちろんだと言わんばかりに、綺依が頷く。

「これから平日はまず1時間くらいで宿題をやる。
そのあと夕ご飯とか挟みつつ、その日の授業の復習を中心に、各科目の復習と出来れば予習。
ちなみに土日祝は今まで高校で習ったことの復習して、問題集でもやろうかと思う」
「休みの日もやるの……」

綺依の学習計画を聞いた琉依は、泣きそうになっていた。
そんな彼の額を、シャープペンシルの尻で小突く。

「今まで勉強してなかったお前が悪い。
俺と同じ大学に行くんじゃねぇの?」
「そう……だけど……」

琉依は浮かない表情だ。

「俺は大学のレベルをなるべく落としたくない。
とすれば、琉依に上がってきてもらわないと困る」
「うん……」

勉強ができ、具体的に決めていなかったとはいえ、ある程度の偏差値の大学にアタリをつけていた綺依とは異なり、琉依はあまり大学のレベルに興味がなかった。
いや、そもそもよく分かっていなかった。
ピンからキリまで大学が存在する現代、どこかしら進学できるだろうと楽観視していた琉依だった。
上がってきてもらわないと困る、と言われ、達幸に言われた「綺依に縛られている」ということを思い出す。
綺依と同じ大学へ行きたいのは自分の意志で間違いないが、その為に綺依がお膳立てしようとしていることは、綺依に縛られているということなのだろうか。

「どうした?」

不意に黙り込んだ琉依を不思議に思い、綺依は彼の顔を覗き込んだ。
その綺依の瞳を見返し、琉依が訊いた。

「どこの大学にするかはまだ決めてないの?」

怪訝そうに片方の眉を下げ、綺依が答える。

「今のところ、まだ何も。
担任には三者面談までには決めておくって言ったから、そのうちに決めないといけないけど」
「そっか……ねぇそれ、僕も一緒に決めていい?」
「? そりゃお前も行くんだから、俺だけで決めるわけにはいかないだろ」
「そうだよね、そうだよね! やっぱりおにぃは優しいよ」

綺依の答えに、琉依は思わず彼に抱きついた。
彼の首元に顔を埋め、琉依はにっこり笑みをこぼす。
ちゃんと綺依は自分の意志も尊重してくれる。達幸は綺依を誤解している。
それが琉依にとって、ほんの少しだけわだかまりとなっていた。

>>続く


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