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しかも、近頃はすっかり呼ばれなくなった旧姓を彼女は使った。はい、とだけ答え返事を待つ。

「……高校で宗真綺依くんと琉依くんの担任をしている大津と言います。先ほど2人のお母さまに電話をかけたのですが出られなかったので、4月に書いてもらった連絡先の2番目に書かれていたこちらにお電話したのですが……」

亮さんが首をひねる一方で、電話の向こうでは双子を担任する女性が、2人の情報が書かれた書類に目を落としながら頭を抱えていた。
緊急連絡先は母親の携帯の番号になっている。勤務先の番号もある(できればかけないでほしい、というお願いが琉依の方には添えられているが)。問題は、2番目に書かれた番号である。綺依と琉依で記載の仕方が違うのだ。
なぜ今になってこれに気付いたのかは、忙しさを理由に確認を怠った担任のミスではあるが。

「できるだけお家の人に書いてもらってきてと伝えたのに……」

ついうっかり、小さく愚痴をこぼしてしまう。

「2人がどうかしましたか?」

不思議そうな声が電話の向こうから聞こえ、彼女はあわてて用件を伝えた。

「実は2人のことでお家の方にご相談があるのですが……。その前に2つほど確認したいことがあります」

確認したいこと、は綺依が書いただろう書類と琉依が書いただろう書類の違いだった。綺依が連絡先の2番目に書いたのが

伊村 亮 [電話番号] 続柄[空欄]

であったのに対し、琉依は

宗真 亮 [電話番号] 続柄 父

と書いてあり、一致しているのは下の名前と電話番号だけという状況だったのだ。

「綺依くんと琉依くんで連絡先の欄に書いてあることが違っていて。名字は伊村さんか宗真さん、どちらが正しいのでしょうか?」
「ああ! 今は宗真です。2人のお母さんと結婚して僕が名字を変えたので、伊村は旧姓なんです。」

携帯を握りしめながら、双子が何か怒られるようなことでもしたのではないかとびくびくしていた亮さんは、ホッと胸を撫で下ろして答えた。

「では、お父さまということでよろしいんですね?」
「そうですそうです。4月だとまだ入籍してからそんなに時間が経ってなかったので、書くときに間違えちゃったんですね。2人に言っておきます」

亮さんはそう言って安心しかけたが、双子について相談があるとも言っていたことを思い出し、おそるおそる

「それで、相談とは?」

と尋ねる。はたしてその内容は、2人の進路相談のことであった。
2人が同じ学校に行きたがっているが2人の成績に開きがあること、綺依は国公立大が良いというが具体的な学校は2人ともまだ何も考えていないということ。

「来月には三者面談があって、お家の方を交えてお話しすることになるので、ご家庭でも話し合って進路について共有しておいていただきたいと思って。
それに、もう3年生ですし、ある程度志望校を絞り込んでおいてほしいんです」
「……わかりました。家族で話し合いますね。お手数おかけしてすみませんでした」
「お願いします」

電話を切り、亮さんは困ったなと呟く。確かに2人は今年度で高校を卒業する。その後とどうするのか2人は何も言っていないし、自分はそんな立場ではないと思って考えたことがなかった。
綺依はしっかりしているから何か考えているだろうかと思っていたのだが、ほとんど決まっていなかったようだ。

「僕から言うのは嫌がるんじゃないかな……。でもお母さんから言われるのは綺依くんが反発しそうか……。どうしたらいいんだろう」

自分には荷が重いなと頬を掻きながら、でも2人の父親としての役割を与えられたようでもあり、彼は苦笑いして職場をあとにした。

-続く-

亮さん日常生活でも小さい苦悩いっぱいありそう、あの家。


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