*残夏

夏。夏といえば学生にとっては夏休み。
夏休みは良い。学校にも行かず、琉依を家から出さずに済む。
できることならこのままずっと琉依を外に出さずに閉じ込めておきたいが、8月ももう終盤。
すぐに夏休みは終わってしまう。
部屋の壁に掛かるカレンダーを見て、綺依はため息をついた。
綺依は琉依に対して、双子の弟という以上の感情を抱いている。
直截に言うと、一人の人間として愛している。
綺依の性格からして琉依にベタベタと愛を示すことは無いが、必要最低限には伝えていると綺依は思う。
しかし琉依はそのことを理解しているのかいないのか、綺依のことが「好き」だと言うがその「好き」は兄弟愛なのか恋愛感情なのか綺依にははっきりとは分からない。
些か乱暴にされても綺依を受け入れることを拒まないため、琉依も満更ではないのだろうと綺依は考えているのだが、あまりに無防備すぎる上に交友関係もそれなりに広い。
この夏休みに入ってから琉依に何度知り合いからの誘いを断らせたことか。

『琉依は俺のことをただの双子の兄だとしか思っていないのでは?』

というのが、綺依のもっぱらの疑問であった。


そんなこととは露知らず、琉依は友人からのメールに目を通していた。
隣の地区に住むその友人によると、地区の祭りをやるが人手が足りないから手伝ってほしいということだった。
琉依は祭りが好きである。
綺依も誘えばなんだかんだ言いながらもついてきてくれるから嫌いではないのだろう。
そのため、今回も綺依を誘って祭りを手伝いに行こうと思い、自室に綺依を呼びに行った。

「おにぃ、お祭り行こ!」
「……は?」

琉依が部屋を覗いたとき、試験の過去問を時間を計って解こうとタイマーをセットしていた綺依は、ボタンを進める手を止めて琉依を凝視した。
こんな8月の終わりに祭りなんかやっていただろうか。

「隣の地区のお祭り、人手が足りなくて困ってるんだって。
だから手伝いに来てほしいって」
「手伝いに来てほしいってって、何」

琉依の言葉に顔をしかめた綺依には答えず

「おにぃも行くよね! ねっ!」

と彼は笑顔で誘う。
祭りだけならともかく、手伝いに行くなんて嫌だ。
しかし、琉依に手伝いに来てと言った奴のことは気になる。恐らく琉依の知り合いだろうが、名前を言わないということは綺依が知らない人物である可能性は高い。
そんなどこの馬の骨とも分からない奴のところに琉依を1人で行かせるのも嫌だった。
しかし琉依はどう見ても行く気満々である。とすれば、綺依も琉依についていくしかない。
ーー綺依は渋々了承した。

「……うるさい。分かった」
「やったぁ!」


祭りの会場は、隣の地区にある公園の広場だった。どうやら自治会の祭りらしく、イベントスペースといくつかの屋台があるだけの小さいものだ。
2人を出迎えたのは、去年琉依のクラスメートだった男子。彼は綺依も来たことに驚いたようで、緊張というより若干怯えながら2人に事情を説明する。

「実はイベントの司会進行をやってもらいたくて。
やる予定だった人が体調を崩して出られなくなったんだけど、他の大人は屋台とかで手が空いてなくてさ。
琉依だったら、祭り好きって言ってたし盛り上げてくれそうかなと」

司会進行、と聞いて綺依の顔は引きつったが、彼が何かを言う前に琉依が二つ返事で引き受けた。

「すごく楽しそう! やるやる!」
「ありがとう、助かった。お礼に今度何か奢るわ」

せめて琉依だけが司会進行を、という綺依の思いも虚しく、2人揃って務めることに。
イベントは地元のダンス教室や伝統芸能のクラブのステージ、それからビンゴ大会だった。
台本通りにイベントを進め、ビンゴ大会では参加者の大多数を占める子供たちのガヤに時折言葉を返しつつ番号をコールする。
確かに場を盛り上げることに関しては琉依が優れていた。時に盛り上がりすぎて脱線しかけることもあったが、これを正すことが綺依の仕事であった。
その息のあった司会と進行のおかげで、イベントをつつがなく終えることが出来たのだった。

さて、イベント終了から祭り終了までの束の間。琉依がどうしてもと言って、景品が無くなりかけのくじ引きをやりたがった。
どう見たってもう一番下の5等しか無いのに、景品だってお子様ランチに付いてくるようなおもちゃしか無いのに、何故そんなにやりたがるのか綺依は不思議で仕方がない。
5等しか残っていないからと半額で引かせてくれたそのくじの結果は、やはり5等。琉依が選んだ景品は、青いプラスチックの宝石がついたおもちゃの指輪だった。
屋台の店主からの「彼女にあげるのか?」という冷やかしにはにかみながら、琉依は綺依の腕をそっと引く。そのまま公園の外れへ。

「……琉依、何?」

怪訝な顔で綺依が訊く。琉依は黙って綺依の左手を取った。
その薬指におもちゃの指輪をはめようとする。だが男子高校生の指に子供用の指輪が入るわけもなく。

「あれー、全然入んないや」

辛うじて入った小指の先に指輪をはめたが、琉依は不満そうに頬を膨らませる。

「せっかく僕もおにぃに指輪あげようと思ったのに」
「……入らないのは分かってただろ」
「でもおにぃ細いし、もしかしたら入るかもって! 残念……」

綺依は小指から指輪を抜き、それを弄びながら琉依に尋ねた。

「そんなにこれを、左手の薬指にはめたかった?」

左手の薬指の指輪が何を意味するか、綺依にはもちろん分かっているし、琉依も分かっていてやったのだろう。
が、琉依の「好き」を疑っている綺依としては、いい加減はっきりさせたかった。
琉依が自分で判別できていないようなら分からせればいいし、どっちの「好き」であったとしても、綺依には彼を手放すつもりはない。

「はめたかった。だって、好きだもん」
「結婚したいほど?」
「うん」

まだ少しふてくされながらも答える琉依に、綺依はワントーン声を落として質問を重ねた。

「琉依は俺のことを"どう"好きなの」
「え、どういうこと?」
「家族として好き、兄弟として好き、一人の人間として好き、恋人として好き、キスしたい、ヤりたい、ずっと一緒にいたい……琉依はどれ」

少しの沈黙を置き、綺依の言葉ひとつひとつを咀嚼した琉依は、左目から涙を一筋こぼれさせた。

「おにぃ、僕のこと……えっと……疑ってるの……?
おにぃは、僕がおにぃ対して思ってる気持ちを、恋愛感情と間違えてると思ってるの?」

まさしくその通りであった。何も言わない綺依に、琉依は更にポロポロと涙を流す。

「僕、ほんとにおにぃのこと好きなのに。
おにぃみたいに頭は良くないけど、自分がどう思ってるかぐらいはちゃんと分かるもん。
おにぃは僕のお兄ちゃんだし、そうじゃなくても同じ性別だし、でも、それでもおにぃが好きで。
恋人として好きで、ずっと一緒にいたくて、キスもしたいし……抱いてもらいたいし、結婚だって出来たらしたい。
これじゃダメなの?」

涙交じりの声だが、しかしはっきりと琉依は綺依に伝える。
それが本心からの言葉であると分からない綺依では無かった。
琉依に答えようとして色々と言葉を頭の中で巡らすが、どれも自分にはふさわしくない。
やっと一言だけ、絞り出した。

「……ダメじゃない」

彼にとっての精一杯。その言葉と、裏にある綺依の思いを琉依は正しく理解できた。

「おにぃ、好きだよ。だーいすき」
「あぁ……」

少しだけ背伸びをして、琉依から綺依の頬に口付ける。
それから微笑んだ琉依の涙の跡は、夏の夜風に吹かれていつの間にか乾いていた。


しばらくして広場に戻ってきた2人は、自治会の役員をはじめ祭りの運営をしていた人たちに口々に感謝を述べられ、謝礼にといくらかお金も貰い、途中まで見送りもしてもらった。
イベントの司会進行が好評だったらしく、手伝いを頼んできた琉依の友人からはまた来年も頼みたいと冗談か本気か分からないことを言われ、綺依の苦笑いをよそに琉依は大喜びだった。

「おにぃ行ってよかったでしょ?」
「まぁ……悪くはなかったかもしれない」

琉依から指輪を貰え、払拭できなかった疑惑の答えを知れたから。口には出さないけれど、綺依はそう心の中で付け加えた。
昔から琉依は交友関係が広いし、今更それが変わるわけではないだろう。けれど、今までよりは琉依のことを信じられるようになったはずだ。綺依は自分に言い聞かせ、小指の先の指輪にそっと触れた。

<終>

三題噺でした。お題は「蒸発する涙」「拭えない想い」「小さな祭り」。
これ去年の9月に書いたやつですが、丸一年後に上げたことで季節感は保てたかなと(苦笑)


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