▼ *Apple with Pumkin.
キッチンからは、甘く香ばしい匂いが漂ってきていた。
リビングの机の上では、目と口が彫られたオレンジ色のカボチャが睨みをきかせている。
そして、そのカボチャをつんつんとつつく白い物体が1つ。
「……何やってんの、お前」
キッチンから首だけ出した綺依は、モゾモゾと動く白い塊に呆れたように問いかけた。
するとそれはすっくと立ち上がり、綺依の元へ駆け寄る。
「うぅらぁめぇしぃやぁ」
絞り出すように低い声を発したそれを見て、綺依は何も言わずにキッチンへ引っ込んだ。
「えぇー、おにぃ酷い!」
白い物体は拗ねたように跳ね回る。
その正体は、頭からシーツを被った琉依だった。
今日はハロウィン。
だから仮装をしようと思った琉依が選んだものは、シーツ一枚で簡単にできるオバケだった。
「琉依くん、それはセリフが違うよ」
キッチンで綺依の横に並んで立っていた亮さんが、失笑しながら琉依に声をかける。
ハロウィンのオバケは「うらめしや」なんて言わないだろう。
ハロウィンの日に言うべきセリフはそれではなく。
「Trick or treat.」
流麗な英語が、キッチンから聞こえてきた。
声の主はもちろん、綺依。
それに対して琉依は、頬をふくらませて抗議する。
「し、知ってるもん! 今のはわざとだもん!」
そしてシーツをはためかせながらキッチンへ入り、甘酸っぱい匂いをさせているオーブンを覗いた。
どうやら今焼いているのはパイらしい。
「ねーねー、今年は何のパイなの?」
ハロウィンといえばカボチャ。綺依が毎年この日に作るお菓子にもカボチャは入っている。
だが匂いからして、これはカボチャのパイではなさそうだ。
「リンゴとカボチャ」
「えーっ、何その組み合わせ」
綺依の答えに、琉依は少し顔をしかめた。
リンゴとカボチャのコンビネーションなんて、初めて聞いたのだ。
「嫌なら食うな」
綺依はぴしゃりと言い放つと、琉依の肩を掴んでリビングへと押し戻す。
その言葉が含む苛立ちを感じ取り、琉依は兄に尋ねた。
「おにぃ、怒った?」
「……」
問いには答えず、黙々と作業を続ける綺依。
しばらくその状態が続いたが、彼に返事をする意思が無いと分かると、琉依の瞳が涙の膜で覆われ始めた。
綺依はこちらを向くそぶりすら見せない。徹底的に無視を決め込んでいる。
「ごめんなさい……」
おずおずとシーツを脱いだ琉依は、綺依の隣に並んだ。
か細い声でそう告げると、彼は目だけを琉依に向けた。
鋭く睨みつけ、低い声で琉依を諭す。
「料理を作った人の前で、その料理を貶したり否定するな」
琉依は深く頷く。
先程の台詞は単に驚いたから出てしまっただけなのだけれど、綺依には貶したように聞こえたのかもしれない。
眉間にシワを寄せたのも悪かったのだろう。
思慮が足らなかったというわけだ。
「これからは気を付けます」
今度ははっきりと伝えると、綺依は琉依の頭をくしゃっと撫でた。
「分かればいい」
そう言って、空いている手でまな板の上の角切りにされたリンゴをひとかけ手に取る。
それを真一文字に結ばれた琉依の唇に押し当てると、彼は素直に口を開けて咀嚼した。
「しゅっぱい……」
いつも食べているリンゴよりも酸味が強い。
まだ熟しきっていないものなのかと思い、不思議そうな顔で綺依を見上げる。
すると彼は、たった一言こう言った。
「パイに使うなら、リンゴは紅玉に限る」
「……?」
程なくしてパイが焼き上がり、人数分に切り分けられて食卓に並んだ。
白磁のカップに注がれた琥珀からは、仄かにリンゴの匂いが香る。
「美味しそうに焼けてるわね」
微笑んでパイを口に運ぶ母親を見倣って、琉依もそっとかじってみた。
リンゴとカボチャの、未知数な組み合わせ。
一体どんな味がするのかと身構えていたが、
「おいしいっ!」
それは予想に反してとても美味しかった。
カボチャのホクホクとした甘さにリンゴの甘酸っぱさがアクセントとなっており、2つを組み合わせて初めて味わえる味だった。
アップルパイだけでも、パンプキンパイだけでもこの美味しさは出せない。
食欲を刺激するシナモンの香りも相まって、パイを食べる手が止まらなかった。
「ふぁぁー、おいしかったぁ」
満足げに呟いて、琉依はフォークを置く。
まだ30分も経っていないというのに、パイは綺麗に平らげられていた。
すっかり満腹になった彼は、食器を片付けるのもそこそこにウトウトとし始める。
リビングの机に頭を乗せて目を閉じていると、片付けを終えた綺依が寄ってきた。
琉依の耳にぴったりと唇をつけると、彼だけに聞こえるように囁く。
「琉依、お菓子より悪戯させて」
「ぅん……」
琉依はその言葉に、くすぐったそうに身を捩っただけだった。
ハロウィンの一日前ですが、何とか書き上げれました。
題名のApple with Pumpkin.ですが、作中のパイの中身を表すと同時に、リンゴ=綺依とカボチャ=琉依というのも表しています。
リンゴは知恵・叡智の象徴であり、カボチャは愚鈍の象徴。
カボチャに関しては言葉は悪いですが(笑)2人に合っていると思ったので。
それと、ハロウィンといえばカボチャとリンゴですからね!
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以上、2013年ハロウィンSSでした!
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