流れ落ちる、その前に





私は、星を見るのが好きだ。

特に何を考える訳でもなく、ぼんやりと夜空を見上げるのが好き。季節ごとに移り変わる星空が好き。夜空を見上げながら星座の神話を考えるのも、好き。

そして今日も、

「で、今夜はペルセウス座流星群ってのがあんのか?」
「はい。とっても綺麗なんですよ」


今日がピークを迎える流星群を見たい、と静雄さんに駄々をこねて池袋から電車で数時間の場所にやってきた。せっかくのペルセウス座流星群だもの、一人で見るより大切な人と見る方が綺麗に決まってますよね?


「それにしても、綺麗な空だな」
「そうですね」

そんな他愛もない会話をぽつりぽつりとする。早くこないかな流星群。まだ見えないのかな流星群。少しもどかしくなって静雄さんの服の裾をぎゅうっと握る。静雄さんはそんな私の行動に微笑むと、「ちょっとなんか飲みモン買ってくるわ」と立ち上がった。

「行ってらっしゃいです」
「おー」

スタスタと立ち去る静雄さんを見送って、私は再び空を見上げた。



「あれがデネブ、アルタイル、ベガです」

「夏の大三角形ってヤツか?」

「はい、七夕に出てくる織姫と彦星はベガとアルタイルのことなんですよ」



先程静雄さんと指で繋いだ三角形をもう一度繋ごうとした。・・・のだけれども、



(あれ・・・彦星がいない)

アルタイルだけ薄い雲に隠れて見えなくなってしまっていた。
少しだけ、私の心が締め付けられる。これじゃ、まるで・・・(織姫が一人ぼっちじゃないですか)


「織姫と彦星・・・か」

ぼやりと夜空を見ながら、私は少しだけ切ない気持ちになる。星を見るのは好き。だけど、切ない。・・・それはたぶん、星空があまりにも綺麗すぎるからだろうか。

この星の並びは、きっと私が歳をとっても変わらない。『永遠なんてこの世の中にはない』なんてよく言うけど、人の一生という短い括りで見れば、この星の並びがまさに『永遠』なんだろう。
きっと私はこの先も、こうやって星を見上げている。・・・でも、その時に私の隣には誰かいるのか。織姫と彦星のように寄り添える人がいるのだろうか。それとも、(今見えてる彦星のように、雲に隠されてしまうのだろうか)

「・・・静雄さん」

無意識にそう呟いて、心臓が握り潰されるように切なくなる。願わくば未来の私の隣には静雄さん、貴方がいて欲しいんです。


「なまえ?」
「し、ずおさん・・・」
「飲みモン買ってきたけどよ。お前・・・泣いてんのか?」
「・・・あ、」

心配そうな目をした静雄さんに顔を覗きこまれ、私は初めて自分の頬の雫を拭った。やだ、私なに泣いてんだろ・・・ばかみたい。

だけど拭っても拭っても、雫は溢れて止まらない。なに感傷的になってんだ私。ううう、と俯いて本格的に泣いてしまった私を見て、静雄さんは困ったように私の頭を撫でた。

「理由は聞かねえよ・・・泣きたい時は思いっきり泣けばいい」
「す、みませ、」

私が嗚咽まじりにそう言うと、「謝んな」と一言言われて更に頭を撫でられる。


「俺は、ずっとお前の隣にいるからよ」
「・・・え?」
「だから、その・・・泣くなら俺の隣で泣け。笑うのも泣くのも怒るのも、俺の隣にいる時だけにしてくれ」

頼む、と消え入りそうな声。くしゃりと撫でられる髪の毛。驚きで顔を上げると、今にも泣き出しそうな静雄さんの顔。・・・もしかして、(私と同じ、気持ちだったんですか?)

もう一度頼む、と呟くと今度は強く引き寄せられた。あ、と思った時には既に私は静雄さんの腕に包まれていて。

「し、静雄さん、あの、」
「消えたりしねェよ」
「・・・え、」
「だから、なまえも頼むから俺の前から消えてくれるなよ」

再びぎゅう、と抱きしめられる。ほんのりと香る煙草と静雄さんの優しい匂いに、私は目を閉じてゆっくりと静雄さんの背中に手を回した。


「たぶんよォ、」

静雄さんがぼそりと呟く。「え?」私が聞き返すと、静雄さんはゆっくりと空を見上げた。私もつられるように上を向く。二人きり、満天の星空を仰いだ。

「たぶんよォ、星は知ってるんだろうな」
「?」
「世界が、俺が、そしてお前が、これからどんな運命に立ち向かっていくかってことを」
「運命・・・」

私が呟くと静雄さんは照れたように笑ってから、ぐっ、と私の腰を引き寄せた。こつんと触れ合う肩と頭。首すじにかかる金髪が少しだけくすぐったくて、私は身じろいだ。そんな私を見てまた笑うと、静雄さんは再び空を仰ぐ。

「俺の運命の中にお前がいるんだとしたら、未来の俺の隣にはなまえがいるんだろ・・・そうなればいいと、思う」
「・・・私も、」

未来の私の隣にいるのは静雄さんがいい。静雄さんじゃなきゃ、嫌なんです。小さくそう呟いて、私は静雄さんの肩に顔を埋めた。優しく頭を撫でられて、「すきだ」耳元で聞こえた声は甘くて切なくて、ただひたすらに甘かった。


「すき」

そう呟いて不意にまたじんわり涙が込み上げてくるのを感じた。すき。すき。すきなの。ただひたすらに好きで、大切で、あいしてるの。そんな想いが、私を切なくさせる。


何分くらいそうしていただろうか。「あ、おい、なまえ、」どこか慌てたような、それでいて嬉しそうな静雄さんの声に顔をあげて、「あ、」私は目を見開いた。

「流星群が、」

きらり。きらり。満天の星空を時折横切る光の矢。ペルセウス座流星群。エチオピアの王女アンドロメダを救った勇者さまが、夜空を通る。

「綺麗・・・」
「そうだな・・・けどよ、なまえ」
「?どうしました静雄さ、」

言葉を最後まで言い切る前に唇を塞がれた。もちろん、静雄さんに。驚いて身を引こうとすると、逆に後頭部を押さえつけられて深く口づけられる。深く。深く。息が続かなくなって弱々しく静雄さんの洋服を掴むと名残惜しそうに離れる唇。銀色の糸が、間を伝う。

「し、静雄さん・・・一体なに、を・・・」
「お前の方が綺麗だ・・・なんて、な」
「・・・ばか、」

小さくそう呟いて、だけど少しだけ笑う。「もう一回、」そういいながらゆっくりと顔を近づけてくる静雄さんの肩越しに、きらりと光るアルタイルが確かに見えた。

(織姫・・・これで一人ぼっちじゃないね)

頭の中でそんなことをぼんやりと考えながら私は目を閉じる。ゆっくりと重なる唇。重なる体温。全てに酔いしれながら私は静雄さんの背中に手を回す。


(来年も再来年も、そのまた次の年も、)

私は目を閉じたまま、夜空を流れる流星群に祈った。願わくばずっと、

(ずっと、静雄さんと)


(20110828)
(20220817 加筆修正)
10年以上前の自分の文章を唇噛みちぎりながら加筆修正しました。
これ以外にもdr!はたくさん書いてましたが載せられる代物じゃなかった。勘弁して。マジで。

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