ビニール傘に隠れて


(あ…雨だ)

私は学校の昇降口で深い深いため息をついた。

(今日の天気予報、見とけばよかった…)

家路につくほかの生徒たちが当たり前のように傘をさしているのを見て、再度ため息。
本当に見ておけばよかった。数時間前の自分を呪う。

現在時刻は夕方5時。
なんでこんな中途半端な時間に私が帰ろうとしているかというと、原因は全て鞄の中にある。

「結局、渡せなかったなあ…」

今朝ちょっとだけ早起きして作ったクッキー。
今日こそは頑張って話しかけようと思っていたのだけれど。

(なんで、こんなにもヘタレなんだろうか)

ちょっとけだるそうに、だけど楽しそうにサッカーをする彼を好きになったのはここ最近の話ではない。入学した時からずっとずっと好きだった。クラスも違うし話したことはないけれど。
それでも練習試合をこっそり見に行ったり、彼と同じクラスの友達に会いに行って遠くから彼を眺めたりしていた。

彼が探偵業に専念するためにサッカー部を退部してからも、時々助っ人として練習試合に出る度に応援に行っていた。

…一切話せたことはないんだけど、さ。

それでも足らなくて。もっと彼に近づきたくて。今日の放課後、サッカー部の練習試合に彼が助っ人として参加するのを知って、何を思ったのか差し入れなんか作っちゃって。

(本当に情けない…)

サッカーボールを蹴り上げる彼はキラキラ輝いていて、とてもとてもかっこよかった。

かっこよくて、かっこよかった。

うまく日本語にできないけれど、そのくらいかっこよくて、まるでとてつもなく遠い人のように感じてしまった。
休憩中に、見学に来ていた美人な幼馴染とそのお友達が彼に話しかけた。途端にその周辺に集まる部員の人たち。その光景がテレビの向こうの映像みたいに見えてしまって、私は思わずスクールバッグを固く握りしめることしかできなかった。
「そういえば、うちのクラスの一番可愛い子が彼のこと好きだったっけ」とか考えて、「いやそもそも彼には毛利さんがいるじゃない」なんて更にネガティヴなことを思い出して。やっぱりいいや、と一人納得してグラウンドに背を向けてしまったんだ。

「…走るか」

もういいや、と鞄を胸に抱くと、しとしとと降りしきる雨の中に飛び込んだ。



△▽



(お、思ったより、激しい…)

小走りで雨の中を走りながら、だんだん雨が強くなってきたような気がする。
あーあ、これじゃクッキーまで濡れちゃう。まーいっか。どうせ誰にもあげないし。
そんなことをぼんやり考えて、不意に、唐突に、私の思考は止まった。

「…あ、みょうじ?」
「え、あ…工藤くん!?」

不意に、唐突に、後ろから声がした。
不意に、唐突に、彼の声が聞こえた。

「傘持ってねーの?」
「…え、あ、…うん。ていうか、わたしの名前…」
「知ってるけど。みょうじなまえだろ?…おっと、とりあえず入れよ」

ほら、と差し出される傘。
ぽかんと工藤くんを見上げると「変なカオ」と指摘された。酷い。でも、どうして。

震える声でお邪魔します…と言えばどーぞ、なんて言葉が返ってきた。

(やばい…かも)

わたしはたぶんまっかっかになっているであろう顔を見られないようにうつむく。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
なんでわたしの名前知っているの、とか。部活まだあるんじゃないの、とか。
聞きたいなんていっぱいあったけれど、今この状況が、好きな人と相合傘をしているという状況が幸せすぎて、私は逆上せそうだった。

「家どこ」
「えと…あっち」
「ふーん」
「工藤くん、は」
「俺もあっち」
「そっか…い、一緒の方向ですね」
「なんで敬語なんだよ?…ま、いいわ。ていうかさ、聞いていい?」
「…なんでしょう」

「サッカー部の誰を見に来てるワケ?」

工藤くんの言葉にぎくりとした。

「結構練習試合とか見に行ってるっしょ」
「え、そ、そうかな。人違いじゃ…」
「目立つから間違えねーって」

あれですか。オマエ目障りなんだよ的なあれですか。

「ごめんなさい。」
「ん?」
「試合の邪魔とかしたかったわけじゃないんです。あはは、目障りだったよ、ね。…ごめん」
「オマエ、何言って、」

ちょっと焦った工藤くんの声。
ああ、彼はこんな表情もするのか、とぼんやり思う。自分でも何を言っているのかわからないけれど、開いた口は止まらなくて。

「工藤くん、なんだ」
「へ?」
「わたしがずっと応援してたの、工藤くんなの」
「みょうじ、」
「サッカーする工藤くんがかっこよくて、応援したくて、だけど話しかける勇気がなくって、」
「……」
「今日、久しぶりに練習試合、出るって聞いたから…それで、」

震える手をぎゅっと握り締める。もう、言っちゃおっか。精一杯の笑顔で、私は工藤くんを見上げた。

「私は、工藤くんがすきなの」
「…っ!」
「試合とか練習の邪魔してごめん。もう行かないか、うぁ!?」

時が止まった。かと思った。
実際時なんて止まるわけないし、雨は相変わらず降り続けているのだ、けれど。

「く、工藤、くん?」
「んだよ」
「あの、この体勢って、その、」

悪ィか。と耳元で呟かれ、びくりと肩が震える。心臓なんて、どんどんどんどん早くなって。あ、あ、死んじゃう。

「いや、悪いとかそういうのじゃなくって、その、」
「なんだよ」
「なんで、こんなこと、するの」

あろうことか、わたしは工藤くんに抱きしめられてしまったのです。
工藤くんの肩ごしに見える景色を見て、ああまた雨ひどくなってきたなあとか現実逃避してみて、でも耳にかかる工藤くんの息遣いに心臓はもう限界寸前で。

「ずりぃだろ。先に言うなんて」
「え、あの、」
「俺も、すき、だから」

掠れるように、でもはっきりと聞こえたその言葉に、私の意識は再び飛びそうになった。



△▽



ヒトメボレ、だった。

高校入学して、サッカーは楽しかったけど、そもそもそれは探偵として運動神経をつけるためにやっていただけだし、いつかは辞めるからと惰性でやっている部分もあった。

だけど、時々クラスにくる彼女に、柄にもなく心を動かされた。園子に名前を聞いてしこたまからかわれたのはいい思い出だ。
練習試合の時に彼女の姿をギャラリーの中に見たとき、尋常じゃないくらいテンションが上がって監督に心配されたりもした。

だけど、センパイ方とか他のベンチの奴らが「彼女が誰目当てで来ているか」なんて話しているのがどうしても心に引っかかって、イライラを抑えきれなかった。目当てが誰か、なんて推理することが出来なかったわけじゃないと思うけど、もしそれが俺じゃなかったら…なんて考え出したらとてもそんなことはできなかった。



そして、今日。
たまたま参加した練習試合を見に来ていた彼女が途中で消えた。どうしても彼女に話しかけたくて、俺は監督やセンパイ方、見学に来ていた蘭や園子たちの静止を振り切り、彼女を追いかけてしまったんだ。

「ねえ工藤くん、あの子また来てるわよ」
「うううるせーよ園子!」
「でも新一、実際あの子が来てる時超張り切ってるじゃない」
「んなことねーって!ていうかオマエらもう帰れよ!」
「いやーでも工藤の気持ちわからんでもねーよ。あんな可愛い子が見に来ると部員の士気も高まるし」
「かわいいよなあ。誰目当てなんだろーな」
「お前ちょっとキモい鼻の下伸ばしすぎ」
「とか言ってセンパーイ、あの子に話しかけようとしてんの俺知ってますよ」


あ、と思った時にはもう走り出していた。おい工藤!とか新一!?とか後ろの方で声がするけど、俺は見向きもせずに校舎に戻って乱暴に制服に着替えると、鞄を引っ掴むのだった。

(あ、雨だ)

つまり、どっちにしろ試合は中止になっていただろう。よかった。おそらく今日途中でブッチしたのはお咎めなしになりそうだ。
傘立てから(おそらく後輩の)ビニール傘を拝借して再び走り出す。悪ィな、センパイに入れてもらってくれ。

さてと。彼女はどこにいるのだろう。
とにかく走って。走って。走って。正門から数分走ったところに、彼女はいた。



「すきだ」

小さくそう告げると耳まで真っ赤にしながらあたふたと慌てるみょうじ。かわいい、と呟けば「か、かわいくない!」と素っ頓狂な声をあげた。

「かわいいよ、なまえ」
「〜〜〜〜!」
「だからさ、俺と、付き合ってください」
「…はい」

何が「だから」なのか俺にもわからないけど、腕の中の彼女が頷いてくれたからもうどうでもいい。
向こうから、雨で部活中止になって帰路につくサッカー部の連中の声が聞こえる。センパイの傘に入れてもらえなかった後輩が同期の傘に頭だけ入れてもらっているのを横目で見ながら、俺は見せつけるようになまえの頬を撫でた。

「なまえ、目、つぶって」
「えっ、でもここ外…」
「いいから」

あー、やっぱり工藤先輩俺の傘持ってんじゃん!えっ待ってよあの子って。あーやっぱり工藤目当てだったか。そんな彼らの声と雨の音をBGMに交わしたキスの味は。

甘くて、甘くて、幸せの味がした。

ビニール傘に隠れて
(って、隠れてなーい!)



(20140528)
加筆修正(20180605)

4年前に実は工藤少年を一回書いていたことに気づき赤面()しながら直した巻

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