天使に会ってしまった





「あれー?ナマコちゃん今からお風呂?」
「…フロイドくん」

寮に戻ってから、さてシャワーでも浴びようかと寮に併設されているオクタヴィネル寮専用のバスルームに向かう途中、同じ寮のフロイドくんに話しかけられた。

ナマコちゃん、というのは彼がつけたわたしのあだ名だ。
彼は人のことを海洋生物に例えて呼ぶのが好きらしい。
何でナマコなの という質問に「だって弱くてフニフニしててすぐ握り潰せちゃいそうだから」と答えられ 微妙な気持ちになったのは記憶に新しい。

彼は相変わらず何を考えているのか分からない顔で「オレも一緒に入ろうかなー?」なんて言った。

「指名?」
「んー…いや、それはいーや。気分じゃないし」
「そう」

今日久しぶりにバスケしたら汗かいちゃったんだよね。ソレ流したいだけだからエッチはまた今度。
独特の口調でふわふわ喋る彼に相槌を打って、バスルームの入口に【使用中】の立て札をたてた。

この立て札は「わたしが入っている」と他の寮生に伝えるメッセージだ。
以前このメッセージを無視して乱入してきた寮生が何人かいたけれど 彼らの姿はそれ以降見ていない。
「あなたは知らなくていいんですよ」と含み笑いをするアズールくんに無理矢理納得せざるを得なかったけれど、あの人たちはどうなったんだろう。

「あー、アノ子たちね オレ達で二度と悪さ出来ないようにしたんだよねー」
「な、なにをしたの」
「…ホントに知りたいのー?」

にやり。悪い笑みを浮かべたフロイドくんに 背筋が震えた。
そんなわたしを見て「そーそー。ナマコちゃんは何も知らなくていいんだよ。アズールも言ってたけど」なんてフロイドくんは満足そうに笑った。

「…ていうかさー、」

先程も思ったけれど、フロイドくんは本当に何を考えているのかわからない。
気分屋で 自由で 5分ごとに目的地が変わる飛行機に乗っているみたいな。
つまり、わたしは知らぬ間に 彼の地雷を踏んでしまうことがよくあるのだ。

「これ、誰に付けられたのー?」

ぞわり、背中が粟立つ感覚。
脱衣場でカッターシャツを脱いで 露わになった首筋。
フロイドくんに指摘されたソコを鏡で確認すると 恐らくケイト先輩が付けたであろう赤い華が咲いていた。

ねえ、オレの前では 他の雄の気配出すなって言ったよね。
スゥ、とその跡を撫でられて再びぞわりと身震いする。

「ご…ごめんな、さい」
「ナマコちゃんって オレのこと怒らせたいの?」
「そんな、こと、ない…い゛ッ!?」

ガリ、と首筋を噛まれた。
フロイドくんのギザギザの歯が首筋に食い込む。
そのまま強く吸われ、ジクジクした痛みに思わず顔を歪めた。

「だれと、シたの」
「…ケイト・ダイヤモンド先輩…」
「……あー、ハナダイくん、かぁ」

わたしの首から顔を上げたフロイドくんと目が合う。
彼の唇は僅かに赤くなっていて、わたしの首筋からの出血だと理解した。
テラテラと光る其れをぺろりと舐めとったフロイドくんは「…ナマコちゃんの血ぃ」とへらりと笑った。

「ねー、ナマコちゃん」
「…はい」
「オレ勃っちゃった」

だから今から指名ね。
わたしの耳元で囁いた後、フロイドくんは再び首筋に噛み付くのだった。



△▽



「ナマコちゃん、今日オレで何人め?」
「…ふ、たりめ、ッ!!」

バスルームの鏡に手をつかされて。
後ろからガツガツと攻めてくるフロイドくんに、ひたすら声をあげることしかできない。

ねえ、ハナダイくんの時もこんな声を出したの。なんて質問に イヤイヤと頭を振って答える。

「こえ、出して、ないぃ…ッ!」
「…ふーん、なんで?」
「だって、きょ、しつ、で、シたんだも、ひぁッ!!」
「…へーえ。ハナダイくんとは教室でシたんだー?オレの時はダメだったのにー?」

言った後、しまったと口を噤んでも後の祭り。

確かに以前フロイドくんから彼の教室で誘われたことがあった。
ただその時は隣のクラスに人が居ることを知っていたから断ったのであって、今日のケイト先輩の場合とは状況が違う。
…ただ、今フロイドくんに弁明する時間はなさそうだった。

「ごめ、別に、ケイト先輩だから、許した、わけじゃッ…!」
「んー、もーいいよ言い訳なんて聞きたくないし。
ていうかオレとエッチしてんのに他の雄の名前出すのやめてくんない」
「ご、ごめ、ん、なさい」
「ハナダイくんと オレの どっちがいい?」
「フロイドくん…ッ!フロイドくんのがイイのぉ、ッ!だから、ゆ、るして、」
「あー、ナマコちゃんホントかわいー」

フロイドくんは容赦なくわたしの一番奥を攻め立てる。
鏡に映るのはだらしなくヨがる自分自身。
「恥ずかしーねナマコちゃん。こんなヨがって、何回もイッちゃって」とフロイドくんが満足そうに笑う。

「あ、ああまた、イッ、ちゃう、」
「オレのチンポでだらしなくイくとこ、ちゃんと見てなよ、ほら、ッ!!」
「ッ、! あ、あああぁっ!」
「、───ッ!」

フロイドくんのがナカでびくりと震えるのを感じながら、わたしはその場に崩れ落ちた。



△▽



「…ぁ、もう、こんな時間」

枕元の時計は、既に起床時間を過ぎていることを物語っていた。
起き上がろうとして ずくり、と痛む腰に思わず顔を歪める。

昨日のフロイドくんからの指名≠ナかなり無理をしてしまったらしい。
流石に申し訳ないと思ったのか5万マドルくれたけれど。

「…今日は、誰からも指名 とらないでおこう」

よし、と決意をして いい加減登校時間が迫ってきている と痛む腰に鞭を打って起き上がった。



「…おはよう」
「ああ、おはようございます。、!?」

始業時間ギリギリに登校してきたナマエに笑いかけたクラスメイト、アズール・アーシェングロットは 彼女の疲弊しきった顔を見て動揺を隠せなかった。

「ど、どうしたんですか」
「あぁ、昨日…フロイドくんが…」

あの馬鹿ウツボめ。
アズールは内心舌打ちをする。
彼には口酸っぱく「彼女を大切に」と伝えているのだが、如何せん自由人の彼のこと 毎度生返事しか返ってこないのだ。
寮長として平身低頭で謝るものの、「アズールくんは、悪くないから」と逆に彼女を困らせてしまった。

「(ああ、そんな顔をさせたい訳ではないのに)」

困り顔と澄ました顔しか見せたことの無い彼女と出会ったのは一年と少し前。

初めてナマエを見た時 雷が落ちたような衝撃を受けた。
美しい という言葉が誰よりも似合う少女だった。
ただ、その美しさに見合わぬ真っ黒な闇を 瞳の中に灯していた。

彼女の遠縁の親戚である と名乗った教師のデイヴィス・クルーウェルから「お前だけには彼女のことを伝えておく」と 彼女の暗い事情 及び特例での入学の話を聞いた。
最後に「頼む…ナマエを守ってくれ」と頭を下げられ あの<vライドの高いと評判の教師が と吃驚したのは記憶に新しい。

クルーウェルからの依頼からか それとも個人的な感情からか この一年間彼女の為に色々と手を尽くしてきた。
彼女を襲おうと画策し 入浴時に乱入した愚かな生徒や 寝込みを襲おうとした馬鹿な寮生たちは速やかに処理をしてきたし、彼女を「何日でオトせるか」を競っていたクラスメイトたちを裏から貶めてきたのだ。

こんなに彼女を想い行動しているのに 未だに彼女の笑顔すら見ることが出来ない。
その現実が少し歯痒くて、思わず自嘲した。

「…そろそろ 報われてもいいと 思うんですがねえ」
「なにが?」
「いえ、こちらの話です」

また笑った。



△▽



「失礼します」

昨日の疲れが抜けない。
わたしはいい加減限界を迎えた腰の痛みと眠気に白旗を上げ、授業を途中で抜け出すことにした。

幸い 授業担当のクルーウェル先生は「気分が悪いので保健室に行ってもいいですか」と手を挙げたわたしの顔を見て全てを悟ったらしく、深いため息と共に「仕方の無い子だ」と送り出してくれたのだった。

やっとの思いで辿り着いた保健室は幸運なことに無人だった。
するりと清潔なベッドの中に潜り込み、徐々に下がる瞼に抵抗をやめたのだった。



「(マジありえねー。こんなクソ寒いのに飛行術の授業とか苦行なんだが?
そもそも瞬間移動魔法を会得してる拙者にとって飛行術を履修する必要とは?学園側にはカリキュラムの見直しを早急に行ってもらいたいものですなぁ…。
ていうかマジで体調悪い…寝てないからね ねえおばあさんイデアくんはどうして寝てないの?ああ赤ずきんそれはね昨日トンデモないモノを見ちゃったから、ッ…、え!?!?!?)」

寝不足に耐えられずフラフラの身体を引きずって逃げてきた保健室。
さあ漸く寝るかと意気揚々とベッドのカーテンを開けたイデア・シュラウドは 先客の存在に心の中で大声をあげた。

昨夜から頭を悩ませている寝不足の原因の張本人が 能天気にすぅすぅ寝息を立てて寝ていたからである。

「(なんでなんでなんでなんや工藤ー!拙者何か悪いことでもしたでござるか!?
ただ日陰で生きてるだけなのに何たる苦行何たる不幸ああもうだめだこんな姿他人に見られたらまるで寝込みの美女を襲うクソ陰キャ キモ野郎として生きていくしかない運命…アーメン…)」
「ん……」
「ヒィッ!!」

白いベッドの上で寝ている能天気が寝返りを打った。
真っ白の肌に少し赤らんだ頬に目が離せなくなる。

「(…綺麗な顔…って何コレ何コレ拙者キモっ!!何だよ綺麗な顔でござるニチャア…ってキッショ!!)」

アタフタと慌ててみてもふたつの双眸は彼女から視線を離せない。
長い睫毛に縁取られた瞼も スっと通った綺麗な鼻筋も その小さな赤いくちびるも。
眠っている彼女はまるで小さな頃に読んだ御伽噺の眠り姫のようだと感じた。

ミス・プリンセス と誰かが彼女のことを呼んでいたのを思い出す。
その言葉通りの容姿だとイデアは思った。
王子様のキスで目覚めることを今か今かと待っているように眠りこける彼女に イデアは無意識のうちに手を伸ばしていた。

その手が彼女に触れる直前。

「…あ、れ…?」
「ヒィッ、あ、ッ、!」

長い睫毛が鳥の羽ばたきのように震え、ゆっくりと瞼に隠されていた両目がその姿を現した。
ぼんやりと開かれたその双眸は 自分の頬の近くにある手の存在に気づき 持ち主であるイデアの顔を捉えた。
咄嗟に手を引っ込めても時既に遅し。
彼女はゆっくりと瞬きをしてから 小鳥の囀りのような小さな声でイデア・シュラウドせんぱい…?と問うた。

「ス、スマセ…あ、の、何も、なにもしてな、い、で、す…」

冷や汗が止まらない。
この言い訳はマズイ。
まるで今から何かしようとしていた人間≠フ様な台詞を吐いてしまったとパニックになる。

「(ヤバイヤバイどうする!?逃げる!?逃げていい!?ああでも拙者の名前を姫殿はご存知でいらっしゃる!!
ここで逃げても指名手配?拙者指名手配犯!?人生オワタ\(^0^)/)」
「あの、」
「ヒッ、あ、ハイ」
「ご心配なさらなくても大丈夫ですよ。
シュラウド先輩が何かしようとしてたなんて、思ってませんから」

冷や汗が止まらず目線をウロつかせるイデアを見て 彼女は安心させるようにそう告げた。

今朝、学校に行っても 全く自分の悪い噂が流れている気配はなく、昨日鉢合わせしてしまったイグニハイド寮の寮長は約束通り口を噤んでくれているのだと知った。
後に、アズールに彼がイデア・シュラウドという名前だと聞き、いつか黙ってくれていたお礼を何らかの形で返さなくては と考えていた所だったのだ。

「昨日」
「はひ、」
「昨日は、とんでもない場面をお見せしてしまってすみませんでした。
そして、黙っていてくれて ありがとうございました。」

ゆっくりと起き上がって彼女は頭を下げた。
てっきり「昨日はよくも見やがったな殺してやる」くらい言われるものだとばかり思っていたイデアは 若干拍子抜けしながらも イヤイヤと頭を振った。

「せ、拙者…いえ、僕こそ、ホント、スマセン、でした」
「あら、どうしてシュラウド先輩が謝るんですか」
「イエ、その、」

唇が震えて上手く言葉が出ない。
学内唯一の女子生徒 しかもミス・プリンセスと囁かれる彼女と喋るのは イデアにとって何よりも緊張するものだった。
夏にやった星送りの儀式の数倍 数十倍バクバクと鳴る心臓に イデアは目をちかちかさせた。

「ふふ」

そんなイデアを見て 彼女は、笑顔を見せないと噂の彼女は ふわりと笑った。
まるで可憐な花が咲いたようなその笑顔は イデアの心を捉えるには十分だったようで。

「シュラウド先輩って 面白い方ですね」

普段だったら「(それどういう意味!?do yu imi!?オタクくんってホントキモーイ!ウケるー!って言う意味ですかね こちとら貴様らパンピを喜ばせる為に生きてませんけど)」と卑屈になる所をすんなり「ど、ども…」と受け入れさせる力があった。

それどころか「(彼女と もっと話したい)」なんて思ってしまったイデアは 何か話題を と視線を再びウロウロさせた。
そんなイデアを彼女は首を傾げながら見つめる。
サラリ 艶やかな髪が揺れた。

しかし現実はそう甘くはなく 授業を終わらせるチャイムが この二人の空気も終わらせてしまう結果となる。

「あ、すみません。わたし 戻らないと」
「アッ、ハイ」
「では、失礼します」

ベッドから降りた彼女はいつもの澄ました顔に戻っていた。
その澄ました顔でイデアに向かって軽く頭を下げて 軽やかに保健室を出ていってしまったのだった。

残されたのは イデアと彼女の甘い残り香だけ。

「天使に会ってしまった…」

昨日とは別の理由で イデアは今日も眠れなさそうだな と悟った。



prev / back / next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -