いきたいたにし



(自傷表現あります)
(暗いです)



今日は髪型が決まらなかった。だから死にたい。グリムがツナ缶をこっそり食べた。だから死にたい。紺ソックスに穴が空いた。だから死にたい。
アイツの中での死≠ニいう概念は所詮そんなモンで出来上がっている。

「えーす、」
「んー、どした?」

だからこんな夜遅くにコイツから電話がかかってくることにも随分と慣れてしまった。ぐずぐずと涙を啜りながら咽び泣くその声に、細心の注意を払いながら優しく言葉をかけることにも。

「あのね、エース、あのね、」
「落ち着いて話してみ?」
「め、いわく、じゃ、ない?」
「大丈夫だから」

大方嫌な夢でも見たのだろう。文脈なんてあってないような言葉の端々をなんとか繋ぎ合わせて返事をする。コイツが求めている言葉をぺらぺらと紡いで安心させなくてはいけない。なぜなら、ここで対応を誤ると大変なことになるからだ。
ナマエの言葉を優しく聞いてやりながらオレはちらりとスマホを持つ自分の腕を眺めた。真新しい引っ掻き傷と噛み跡が我ながら痛々しい。

アイツの異変に気がついたのはいつだったか。付き合う前からその片鱗は見えていたのかもしれないし、半年くらい経ってから知ったような気もする。共通の友人たちからの彼女のしっかりしている猛獣使い≠ニいうイメージを考える限り後者なのだろう。

「…落ち着いた?」
「うん…うん、ありがとぉ」

オレにブチまけて安心したのかナマエはほう、と息を吐いて笑った。──ああ、よかった。これで一先ず今日は乗り切れた。

ナマエは酷く不安定だ。表の顔とは違い、その脆すぎる内面は時には自分を傷つけてしまう。自嘲気味に笑いながら長袖の袖を捲くった彼女の腕の傷を見た時の衝撃は今でも忘れられない。

「寝れそ?」
「…うん」

だからオレはいつしかコイツの嘘を見分けられるようになってきた。沈黙は否定の合図。オレはすっかり覚醒した頭でまだ気怠さの残る身体を無理矢理動かして立ち上がった。

「ちょっと待ってろ」
「え?」
「今から行くから」
「…で、でも、めいわくじゃない?」
「オレが会いたいだけ。迷惑?」
「そんなこと、ない」

自分の行動が全て悪い、人に迷惑だと思われてる。そんなナマエをこれ以上傷つけないように、安心させるように。オレはぺらぺらと安心材料をバラ撒きながら笑った。



△▽



「…よう」
「ほんとに来たの」
「来ちゃ悪かった?」
「そんなことないよ」
「グリムは?」
「もう寝てるよ」

意外なことに、ナマエは気丈に笑いながらオレを出迎えた。
少しだけ拍子抜けしたオレだったが、部屋に入って背筋がスゥ、と冷えていくのを感じた。

「なんだ、…これ」
「…ごめんなさい」

粉々に砕け散った鏡。いつか出先で揃いで買ったマグカップ。切り刻まれたカーテンがひらひらと憎らしげに揺れる室内。オレは目を見開くことしかできなかった。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
壊れたレコーダーのようにその言葉だけを紡いで項垂れるナマエを一瞥する。

「…怪我は」
「し、してない」
「見して」
「あっ!、や、やめ、」

半ば無理やり腕を引っ張って部屋着の袖を捲り上げる。

ああ、やっぱり。

「ごめ、ごめんなさい!」
「………」

白い肌に走る無数の傷跡。
せっかく塞がりかけていた以前の傷も真新しい赤い線に上書きされていた。

──自分の身体を傷つけるなよ。オレは、お前の身体が傷つくところを見たくない。

ナマエが傷つくたびに言っていたオレの台詞。今回もそう言おうと口を開いて、だけどオレの口は違う言葉を紡ぎだした。

「…綺麗だな」
「え?」

口から滑り落ちたオレの言葉にナマエは驚いたようにオレを見上げた。
その泣きはらした顔と、白い肌と、手首の赤が、とてつもなく淫靡なものに見えてしょうがない。
まるで、熟れた果実のように見えて。オレは徐に傷口に顔を近づけた。

「、ひゃ、ぁ、ッ!」

べろりとそこを舐めあげると甘さとは程遠い鉄の味がした。
驚いて仰け反った白い喉も甘そうな気がしてすかさずそこに吸い付く。

「ぁあ、や、めて…」
「…いいな、コレ」

白い首筋に咲いた赤い華と、おそらくオレの唇からついたであろうナマエ自身の真っ赤な血液。

「なあ、どうしよう」
「えー、す?」
「オレ、お前のこと傷つけたくてしょうがねーみたいなんだけど」

涙の溜まったナマエの濁った目に映るオレの目は、いつしか同じ色を灯していた。
ああ、おかしい。こんなはずじゃなかったのに。
──オレはただ、お前を暗闇から救ってやりたかっただけだったのに。

でも、理性じゃどうにもならないほど、オレは。

「…いーよ。一緒に堕ちよ」

小さく嗤いながらオレの首に纏わりつく白い腕に導かれるように、オレはその暗い沼に足を滑らせた。

堕ちていく。堕ちていく。



(2022.06.01)
エースくん絶対メンヘラ女の扱い上手いよねって発想から書きました。

(back / top)

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -