グレート・セブンの端っこで





「…あ、間違えた」

ゴトリと缶の落ちる音を聞きながら呟いた。テスト前の勉強に疲れてちょっと休憩、と自販機に飲み物を買いに来たものの、押すボタンを間違えてしまった。わたしの手の中にあるものは飲みたかったコーヒーではなく、それよりかは幾分か甘い――、

「げ、ココア売り切れてんじゃん」
「エースくん?」
「ああ、ナマエじゃん。おつかれー」

軽快な口調でへらりと笑う彼――エースくんは「ナマエもテスト勉強の休憩?」と笑った。寮の勉強会辛いわ寮長マジ鬼畜と言う彼の笑顔は少し曇り気味で疲労が伺えた。

「あ、あの、エースくん」
「ん?」
「もしよかったら、ココアいる?」
「え、いいの?」
「コーヒー買うつもりが間違えてココアのボタン押しちゃったんだよね」

ちょうどよかった。途端に目をキラキラと輝かせたエースくんは「んじゃあコーヒー買ってやるよ」とチャリンと小銭を入れるとコーヒーのボタンを押した。ああ、好きなのそのメーカーじゃないんだけど。そんなことは口には出せず、まあいいやと言葉を飲み込んだ。クラスメイトの好意を受け取ろうじゃないか。

「ん」
「ありがと」
「あー戻りたくねー。一緒にサボらねえ?…あ、タンマ サボったら寮長にもデュースにも殺される。…あーでも勉強したくねええ」
「ぷ、ふふ。お互い頑張ろうね」

悶々と頭を抱えるクラスメイトに頬が緩む。「10分だけ。いや5分だけここで休憩しよ」と死にそうな顔でブツブツ呟くエースくんに笑いながら、わたしはお先に、とその場を後にしたのだった。


△▽


「…はあ」

青空の下で飲むコーヒーって最高。わたしはお気に入りのサボりスポットであるグレート・セブン像の横に座りながら、ぼんやりと空を眺めた。
雲一つない青空。ああ、外はいいな、なんて考えて「寮に戻らなきゃ…」と無意識のうちに呟いてしまう。オクタヴィネル寮は綺麗だけれど少し薄暗い。もう少し。もう少しだけ太陽の光を浴びていたかった。

「何してんの。サボり?」
「…フロイド先輩」

今一番聞きたくない声に、わたしはくしゃりと顔を歪める。眉を下げるフロイド先輩が今から言うことなんて簡単に想像がつく。

「ちゃんと勉強してますもん」
「ふうん。ま、いいんじゃない」
「…なんか最近、フロイド先輩変ですよ」

予想に反して、フロイド先輩の口から飛び出たのは意地悪な台詞ではなかった。よいしょ、なんて掛け声とともにドカリとわたしの隣に腰をおろす。
あの、ジェイド先輩の件があってから、フロイド先輩の様子がおかしい。なんというか、変に優しくなったというか…今まで否定はされたことはあっても、肯定なんてされたこと、なかったのに。
そうでもないよ。といつもと同じトーンで言うフロイド先輩に、わたしは?マークを浮かべて戸惑うことしかできない。

「…なんか意外にライバル多いみたいだしねー」
「はぁ…」

ライバル?多い?何の話ですか。増えていく?マークに「ナマコちゃんは分かんなくていーの」とフロイド先輩は相変わらず何を考えているか分からない表情をする。

「あれー、そのコーヒー、なんで好きじゃないのに飲んでるの」
「…よく覚えてますね」
「だって前ソレ飲んで甘いから嫌いってうるさかったじゃない」
「…うるさくて悪かったですね」

エースくんから貰った加糖コーヒーは、甘ったるくわたしの口内を刺激している。ココアよりはマシか、なんて考えながらフロイド先輩に事の顛末を話す。

「…ということがあって。エースくんのご好意で買ってもらったものなので…」
「…ふうん。カニちゃんと仲良いんだ」
「クラスメイトなので。よくお昼ご飯食べるんですよ。デュースくんと監督生くんとグリムくんも」
「…へえ」
「フロイド先輩?」

ぐり、と石畳を靴で踏み躙ったフロイド先輩は「面白くなーい」と呟いた。何の話?小さく首を傾げるわたしを見るフロイド先輩の目は冷え切っていて、「あ、怒ってる」と瞬時に理解した。

「ご、ごめんなさい、わたし、なにかしちゃいましたか」
「んー?だいじょうぶだよ…もうじっくり正攻法、とかオレらしくないね」
「正攻法?」
「のんびり攻めるの飽きちゃった」
「へ?…ん!?」

突然ぐいっと腕を掴まれた。何事。そう思った時には既に唇はフロイド先輩によって塞がれていた。え、待って。どういうこと。慌ててフロイド先輩の意外に厚い胸板を押すけれど、後頭部をガチリと抑え込まれて身動きが取れない。

「ん、んぅ…ふ、ンぁ…っ!」
「…は…ッ、」

ぬるり。息を吸おうと小さく開けた口からフロイド先輩の舌が入り込んでくる。あ、あ、苦しい、死んじゃう。そんなわたしの気持ちなんてお構いなしだといわんばかりにフロイド先輩の舌はわたしの口内を暴れまわる。
はじめての其れに、わたしの抵抗する力はどんどん弱くなっていく。やばい、何これ、ファーストキスがこんなに激しい。なんて。

「ん…んぁ…ちょ、ふろい、ど、せんぱ…」
「…、なーに」
「な、なんでこんなこと、す、るんですか…!?」

漸く離れた唇に抗議しようとフロイド先輩を睨みつけると「そんな目で睨まれてもねえ」と鼻で笑われた。

「だから言ったでしょ。のんびり攻めるの飽きちゃった」
「はあ!?え、待って、どういうこと」
「こんだけ言われてもわかんないの。つくづく馬鹿だよね」
「え、フロイド先輩わたしのこと好きなんですか!?」

素っ頓狂な声を上げると「うるさいなあ」と一喝されてしまった。いやいや、突然すぎるって。だって今までのフロイド先輩のわたしへの態度はどう考えても好きな人への其れじゃありません。

「…オレってお気に入りの子虐めたいみたいなんだよね」
「うわ、小学生みたいな動機ですね」
「うるさいなあ。犯していい?」
「お、おかっ!?何言ってるんですか!!」

よく平然と受け答えできてるな、とまるで他人事のように思う。ずっとずっと好きだった彼と両想いらしいことが分かったのだ。もう少しテンパってもいいような気がするのに。

「…初ちゅーは、ちゃんとしたかったです」
「ハジメテだったんだ?ラッキー」
「そうですか、よかったですね」
「拗ねてんのもかわいー」
「かわっ!?」
「もう一回していいよね」
「は…!?ん、ふぁ…ッ!」

再び降ってくる口づけに、わたしの体の力は徐々に抜けていく。ガクリ、腕の力が抜けて倒れそうになるのをフロイド先輩によって支えられる。

「なに、キスだけで感じちゃったの」
「…フロイド先輩のせいですから」
「嬉しいこと言ってくれんじゃん」

学園の敷地内でわたしたちは何をしているんだろう。誰かに見られたらどうするんですか。そんな文句は再び迫ってくる唇によってかき消された。

「抑えらんねー」
「何言ってるんですか。わたし、テスト勉強がまだ残って、」
「じゃあ今日オレの部屋来てよ」
「はあ!?」
「たくさんちゅーしようねえ」
「!!!」



(続く)

(back / top)

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -