ホストのフロイドさんとコンカフェ嬢


●2022.06.12 【not監督生Webオンリー】My Another Story2-マイアナスト-にて展示した作品です。



「ね、おねーさん、火ちょーだい」
「え?…あ、どうぞ」

 夜の新宿駅東口喫煙所。
週末ということもあり、新宿駅周辺は沢山の人で溢れかえっている。
勿論それはこの喫煙所内も例外ではなく、周囲の人間の火に当たらないように気をつけながらニコチンを摂取していた。

 目線はシガレットが短くなっていくのを横目にスマホの画面と睨めっこ。
所詮吸い終わるまでの暇つぶしなので適当にウェブニュースを斜め読み。あ、あの芸能人結婚したんだ。逃げたヘビまだ捕まらないんだ。

 そんなわたしの意識は、いきなり聞こえたソプラノの声に急に現実に引き戻された。

 茶髪ツインテール。ヒラヒラの襟つきワンピ。ニーハイソックス。厚底のレースアップパンプス。
所謂ザ・量産型地雷ファッションに身を包んだ女の子がにこにこと立っていた。

 わたしからライターを受け取った地雷ちゃんは「ありがとぉ」とアイラインで大袈裟に描かれたタレ目を細めて笑った。
 グリッターで彩られたぷっくり涙袋がきらきらと輝く。

「…なぁに?」
「いや、かわいいなって」
「え! 嬉し〜! きゃぱい」
「何て?」
「アゲってこと」
「何て??」

 聞いたことのない単語を並びたてる彼女は「え、おねーさん超時代遅れじゃん化石か」とけらけら笑った。

「今どきの女子高生の流行り言葉なんてわかんないよ」
「え、ルナJKじゃないよ。ハタチ」
「…わたしと二個しか変わらないじゃん」
「おねーさん二十二なの? 見えなぁい!」

 そりゃあ就活中ですから。そう言うと彼女──ルナちゃんは「大変なんだねえ」とピンク色のツヤツヤ唇から煙を吐き出した。

 そりゃあ大変よ。だって全く就職先決まらないんだもの。
 周りの友達は早々に就活を終えて髪を明るくしたり旅行に行ったりと自由に振る舞っているのに、未だ内定ゼロのわたしは今日も今日とて面接に行ってきたのだ。だから真っ黒なリクルートスーツがいつまでたっても脱げないし、地味な黒髪を一つに括った髪型から逃れることは出来ないのだ。

 初対面にも関わらずそんな愚痴を零してしまう。そんなわたしの話をふんふん頷きながら聞いていたルナちゃんは突然「じゃホストでも行っちゃう?」と突拍子もないことを言ってきた。

「え? ホスト?」
「おねーさん疲れてるでしょ? 疲れた時にはイケメンだよ」
「いや、意味がわからないし」
「それにルナ先週担当と喧嘩しちゃってぇ、誰かと一緒に行きたかったんだよね。アイバンしよーよ」
「ごめんマジで意味がわからないんだけど!」
「忙しいの?」
「いや、もう帰るだけだけど…ていうかお金もないし!」

 慌てふためくわたしに「初回は三千円だから大丈夫だよぉ」と緩く言ったルナちゃんはシガレットを灰皿に投げ込むとピンク色のスマホをぺたぺたと触りだした。

「あ、担当ぴから返信きた! 今からいけるって」

 こうして、わたしは半ば強制的に初対面の女の子によって人生初ホストに連行されることになってしまったのだ。



△▽



「ね、やっぱ緊張するんだけど…」
「もう、そんな怖い顔してたらぴえんだよ」

 連れてこられたのは歌舞伎町の少し奥まったところにある雑居ビルの六階。

 エレベーターを降りて重たい扉を開けると、そこは現実と隔離された別世界だった。
薄暗い室内をギラギラの照明が照らす。聞いたこともない洋楽と大勢の話し声。

「いらっしゃいませ。ご指名は──?」
「え、えと…あの…」

 出迎えてくれたのはスーツの男の人。フリーズするわたしを横目に「私はフロイドさん指名で、この子は初回」とルナちゃんが言う。

「かしこまりました。お席にご案内します」

 恭しく頭を下げたスーツの男の人に連れられて店内のソファーに座らされた。

「まずお名前とドリンクをお伺いしても?初回でお出しできるのはジャスミン茶割りか紅茶割りかウーロン茶割りになります」
「あ、えっと…────」

 名前とドリンクを伝えると次は初回の流れを説明される。時間は九十分。数分置きに色んな人が来てくれる。最後に一人だけ送り指名が出来る。云々。

 わたしは流れるようなルール説明にカクカクと頷くことしか出来ない。



「また来たの、小魚ちゃん」

 暫くお待ちください、とスーツの人が去っていくのと入れ違いに、わたしとルナちゃんが座るテーブルに一人の男の人が近づいてきた。

「フロイド…!!」

 ルナちゃんのかわいいソプラノが黄色く響く。

 ──ああ、この人がルナちゃんの担当ぴ≠ゥ。
百九十を優に超えるであろう身長をダボッとしたパーカーが包んでいる。青緑の髪の毛がさらりと揺れた。

 モデルさんみたい…と口を開けて見ていたわたしの視線に気付いたフロイドさんは「小魚ちゃん、友達連れてきたのー?」と緩く笑った。

「えらいねぇ」
「えへへ」

 ルナちゃんの横にドカリと腰掛けたフロイドさんはそのままルナちゃんの頭を優しく撫でた。…わ、ルナちゃん顔真っ赤。かわいいな。
 そんなルナちゃんを満足そうに眺めたフロイドさんは、そのままわたしの方に視線を向けてへらりと笑う。

「楽しんでってねぇ」
「…ありがとうございます」

 フロイドさんの、金と褐色の二色の双眸から、何故だか目が離せなくなった。



△▽



「楽しかったねー!」
「う、うん…初めての経験だった…」

 時刻は二十二時を少し回ったところ。九十分の非日常体験を終えたわたしは「もーちょっと話そ?」というルナちゃんの提案に頷いてトー横前の花壇に座っていた。

「ていうかまさかジェイドを送り指名すると思わなかった! 好み似てるんだが!」
「う、うん…かっこいいなって」
「わかりみー! ほんとリーチ兄弟かっこよすぎてきゃぱい」

 そう。なんとわたしは送り指名で、フロイドさんの双子の兄弟、ジェイドさんを選んでしまったのだ。

 今日の初回で沢山のホストの人たちとお話をした。みんなかっこよくって話上手で素敵だなと思ったのだけれど、最後の送り指名を選ぶ時に殆ど迷うことなく彼を選んだ。
 きっと其れは、ジェイドさんが素敵だったことはもちろんだけど、それよりも一番最初にわたしの目に映った金と褐色の二色の双眸が脳裏に焼き付いてしまったからだと、そう思う。

「ね、これからお店通おうよ!」
「でもお金ないんだって…」
「ルナのバイト先紹介しよっか? 稼げるよ」
「………ほんと?」

 わたしの言葉にルナちゃんはツヤツヤの唇をにんまりと緩めた。

 結われた茶髪に夜のネオンがきらきらと反射する。かわいいな、と改めて思った。
対するわたしはくたびれた黒いリクルートスーツに一つに括っただけの髪の毛。
羨ましいな。妬ましいな。狡いな。
そんな汚い感情がわたしの中を渦巻いた。

かわいくて、自由で、非日常を生きるルナちゃん。
毎日つまらなくて、服装も髪型も不自由なわたし。
──ああ、なんてわたしは不自由なんだろう。

「ルナちゃん、わたしでもあのお店に通えるくらい稼げるかな」

 当たり前でしょ。ルナちゃんは笑った。



△▽



「いらっしゃいませ! あ、また来てくれたんですねぇ🤍うれしい🤍」

 垂れ気味のアイライン、ぷっくり涙袋、目尻の赤アイシャドウ、うるうるの唇。そして耳の高さで括ったくるくるツインテール。

 あれから数ヶ月。わたしは漸く理想の自分になれたのだ。

 毎晩、わたしは歌舞伎町に通っている。ルナちゃんに教えてもらったこのコンセプトカフェで働くようになったからだ。
まだ就活は騙し騙し続けてはいるけれど、もう辞めちゃってもいいかなとすら思えてきた。

 だって今、面白いくらいに稼げているのだから。



「チェキ撮っちゃおっかな」
「やった🤍 沢山撮りましょう!」
「あ、俺オリシャン一つ」
「嬉しい🤍」

 ちなみにルナちゃんはここの稼ぎではホストの支払いが出来なくなってきたらしく、数週間前にこのお店を辞めて違うお店で働くようになった。
たまにこの店に遊びに来てはくれるけれど、いつも疲れてるしピリピリしてるから、きっと新しいお店はたぶんエッチなことをするお店なんじゃないかなって思っている。

「いつかジェイドにもっと貢ぎたいって思った時は相談のるからね」って言ってくれたけれど、イマイチわたしはジェイドさんに沢山お金を払う気にはなれていなかった。

 何回かお店に通ってジェイドさんを指名してはいるけれど、目線はいつもジェイドさんに似ているもう一人を探してしまっているのだ。
 ──でも、彼はルナちゃんの担当だから。ルナちゃんとの仲を壊してまで指名替えをしようとは思わない。

 そんなことを考えていたわたしは、カランと鳴った扉の音に急に現実に引き戻されて──そして固まることになった。



「入れる? あ、オレ一人ね」
「……フロイドさん」

 まさかまさか。店に入ってきたのは青緑の髪に黒メッシュの彼だったのだ。「え、」とか「どうして」と呟くわたしにフロイドさんは「えーっと、誰だっけ」と緩く呟いた。

「あー、ジェイドの指名客」
「そ、そうです…」

 大して興味なさげに「ふうん」と言ったフロイドさんはそのままドカリと席に座ってから「オレね、今日店サボってきてんの」とカウンターに肘をついた。

「だから、ジェイドにはヒミツね」

 そう言って上目遣いにその綺麗な金と褐色を向けるものだから。わたしはカクカクと頷くことしか出来なかったのだ。



△▽



「え、チェキ撮れんの? 撮ろーよ」
「オリシャンあんじゃん。頼んでいい?」
「小魚ちゃんも飲みなって」

 フロイドさんがお店に来てから数十分。わたしはふわふわとした夢のような時間を過ごしていた。

 フロイドさんとジェイドさんは双子だけれど、喋り方や笑い方や雰囲気がやっぱり全然違う。そのどれもがきゅんとわたしの心臓を掴んで離さない。
きっとわたしはフロイドさんが好きなんだ。漸く自覚したその気持ちに更に心臓が疼いた。

「てかこの店って指名できんのー?」
「で、できます」
「あっそ、じゃオマエ指名ね」

 さらりと言ってのけたフロイドさんに喉がヒュウと変な音をたてた。
そんなわたしを面白いものを見るような目で眺めたフロイドさんは「ていうかさぁ…」とまた大きな爆弾を放り込むのだった。

「小魚ちゃんオレのこと好きだよねぇ?」
「えっ!!」
「ウルセーな」
「…ご、ごめんなさい」

 フロイドさんはその長くて綺麗な指でシガレットに火をつけた。甘いベリーの匂いがふわりと香る。

「図星じゃん。何でジェイド指名してんの」
「…ルナちゃんが、フロイドさん指名だから」
「ルナ…? あー、あの小魚ちゃんね」

 じゃあ、アイツと指名被らないようにオレに似てるジェイド指名してんの。フロイドさんの言葉に、わたしは唇を噛んで頷いた。

「アハッ、かわいー🤍」
「え、」

 フロイドさんがシガレットを灰皿にぐりりと押し付けてへらりと笑う。金と褐色が蕩けるように優しく細められた。

「オレに指名替えしてよ」
「で、でも…」
「そろそろルナのこと切ろうと思ってたんだよね。ちょうどいーでしょ?」

 アイツ最近店外ばっか強要するからヤなんだよね。
 そう続けたフロイドさんは身を乗り出してわたしの耳元で甘く囁く。

「もしオレに指名替えしてくれるなら、今日ホテル行ってあげてもいーよぉ🤍」

 耳から入った甘言は毒のようにジワジワとわたしの身体を蝕む。
心臓が絡め取られたように疼く。身体が沸騰したかのように熱くなって、それでも指先だけは氷のように冷たい。

「…ね、オレとイケナイことしよ」

 追い討ちのその台詞に、とうとうわたしは深く頷いてしまったのだった。



 ──ルナちゃん、ごめんね。




 妄想が止まりませんでした!! だってホストのフロイドくんとか最of高すぎません? わたし絶対指名するし毎回シャンパン入れたい。オールコール入れてマイクで「ありがとねぇ🤍」って言われたい人生でした。あ〜ホスト行きたい。
 専門用語多発でごめんなさい。地域や店ごとに用語の使い方が違う場合があります。わたしが今まで通っていたお店で学んだ知識のため、自分の通ってる店では違う! わたしの知ってる使い方じゃない! などありましたら申し訳ありませんが生暖かい目で流してくださいな🤍

最後に。
ホスト最高🤍

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