兄が疱瘡を患ったらしい。それを聞いて「そうか」とただ一言返した俺に、知らせを持って来た青年は隠すこともなく怪訝気に眉を顰めた。何故そんな顔をするのかとも思ったが、思い当たるものがあったので誤魔化すように声のトーンを落としいかにも悲しんでますの表情をつくる。

「小十郎、と言ったかな。兄上に、早の快方を心よりお祈りしておりますと伝えておいてくれ」
「……見舞わずともよろしいので?」
「今私が行けば要らぬ気を使わせてしまうだろうからね。…それに、兄上も見られたくはないと思うし」

そのまま本音でもありただの建前でもあるもっともらしい理由を述べれば、青年、もとい小十郎は疑うこともなく成る程と頷いた。そして必ずやお伝えしますと頭を下げたあと、足早に去って行った。恐らく、その足で兄の元へと向かうのだろう。あれの姉から聞いていたとおり、顔は怖いが真面目な男のようだ。

小十郎の来訪で中断していた手習いを再開するために持った筆の尻を顎にあてて、これからのことを考える。自分でも薄情だと思うが、兄のことはそこまで心配していない。周りはうるさいだろうが小十郎がそばにいるだろうし、何より兄が死なないことを俺は知っている。まあ、知っていたからこその「そうか」だったんだけど。次期当主候補が患ったってのにあれはないよな。あの反応するくらいならまだ喜ぶ方がマシだと思う。だって兄が死ぬってことは俺が最有力候補になれるってことだし。家督継ぐ気とかさらっさらないけどさ。

脱線したけど、そんなことより今後だよ今後。兄は気にしなくても良いけど、問題はその兄を溺愛している母だ。俺も可愛がられてはいるけど、母の兄へ対する愛情はもはや異常と言っても差し支えないレベル。父も頭を抱えるほどの愛情が患ったことで精神的にも弱っていくだろう兄を支えるなら何も問題はない。けれど、良くも悪くも武家の姫である母はきっと兄を支えはしない。それはひとえに、母の愛は子へ向ける愛ではなく世継ぎへ向ける愛だからだ。兄を見離した母は、それまで兄へ注いでいた愛情を俺へと注ぐだろう。不治と謂われる病を患うだけでなく母からの愛をも失うかもしれない兄の顔を思い出しながら、俺は筆先を紙面に滑らせる。

俺の願いは昔からただひとつ。病を乗り越えいずれ伊達の当主となる兄と対立しないでのんべんだらりと平穏な日々を過ごすことなのに、これから忙しくなるんだろうな。ああ嫌だ、できるなら逃げ出したい。浸けすぎた墨が筆先から垂れて黒く滲んだのを見て、まるで俺の心情を表しているようだと思った。







伊達政道(小次郎)
自己保身型の猫被り。一人称は俺、人前では私。


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