ほんの少しの間、おれの話をしよう。おれは元々普通の社会人だった。普通の家庭に生まれて、普通の学生時代を過ごして、普通の友達をつくって、普通に就職した、これといって人に語るような人生ではない、どこにでもいる普通の一人の人間だった。
ただ、ひとつを除いて。

確かあれは会社から帰る途中だった。何度も通ることで変わるタイミングを覚えてしまった信号。もうすぐ帰ると家に来ている幼なじみにメールを送ってから視線をあげればちょうどその信号が青になって、ポケットに携帯を直しながらおれはいつものように渡ろうとして、轢かれた。ブレーキの音なんて聞こえなかったから運転手は寝ていたんだろう。おれを轢いたのがバイクなら運が良ければ骨折で助かったかもしれないが、残念なことに相手はトラックだった。勢いのついたままのトラックに轢かれたおれは一瞬の強い衝撃を感じたあと、これまた一瞬で悟った。「あ、これ死んだな」と。おれは居眠り運転をしていたであろう運転手を一生恨む。なにせ今日の晩飯は焼き肉だったんだ。幼なじみと会うのも久しぶりだったし、仕事では昇進の話も出ていたし。

溜め息を吐けばいいのか、舌打ちすればいいのか、いっそ幽霊にでもなって運転手を呪ってしまえばいいのか。頭の中でそんなことがぐるぐると回っていたせいか、死ぬ間際に見るという走馬燈を見ることがおれはできなかったらしい。どうせ死ぬなら今までの思い出ぐらい見せてくれたっていいだろうに。ちくしょう。結局全てを込めた舌打ちを自分の中だけでしながら、おれは呆気なく死んだ。













……………ん、だけど。

目を開けたら赤ん坊になってましたとか。どういうことだ何があった走馬燈かこれ走馬燈ってのは赤ん坊時代から見ることになるのかそうなのか。走馬燈にしては可笑しいってことに気付いたのはたっぷり5分は固まった後だった。やけにリアルというか、おれ自身が赤ん坊になってる気がするというかなんというか。右手を挙げれば右手が挙がる。瞬きをすればそのつど視界も暗くなる。ためしに喋ろうとしたらあーだとかうーだとかの声がでる。ああ、なるほど。おれ赤ん坊になってるわ。走馬燈なんかじゃないわ。

おれの傍でおれを見ながらいちゃいちゃしてらっしゃる男女の姿についに本格的な現実逃避を始めながら、おれはまたしても舌打ちをした。もちろんさっきと同じで心の中で。赤ん坊が舌打ちとかどう考えても可笑しいからね。そこらへんはわかるよ。

ということで、享年26歳という若すぎる年齢で死んでしまったおれは、なぜか一瞬で生まれ変わったようです。


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