「よう、ティーチ。こんな時間に来るとか珍しいな」

煙草を吹かしながら迎え入れた訪問者は、おれの問い掛けに答えることなく大きな巨体に見合った唇をにたりと嫌らしく歪めた。

ティーチが来る前と同じようにベッドに腰掛けて、長話なら椅子に座るようすすめたが、予想通りこのままで良いと素っ気ない返事が返って来た。隠す気がないのか探し物に夢中なのか、ティーチは忙しなく部屋を見回している。部屋の主は無視かよ。早々に暇になってしまったおれは煙で輪をつくってから、棚の上にある布の塊を指差した。

「昼間のアレなら、その赤い布の下だぜ」

声にようやくおれの存在を思い出したのか、ティーチは驚愕に目を見開いた。お前は昔からそうだよなァ、何かに夢中になると他を疎かにしやがる。最近はマシになったと思っていたが、そうでもなかったらしい。それでもティーチは幾つもの戦場を潜り抜けてきた男。一秒経たずに冷静を取り戻しおれが指した布を床に落として、包まれていた薄汚れた宝箱を手に取った。

「…ゼハハハハ、ようやく、ようやく手に入れたぞ」

震える手が、宝箱を開ける。中から出てきたのは渦巻き模様のある毒々しい色合いの実。それは今朝上陸した無人島に流れ着いていた廃船を調べてた時におれが見つけた、悪魔の実だ。

「悪ぃなあ、サッチ」

唐突な謝罪とともに、薄暗い部屋の中、鈍く光った鋼色。ごぷりとどこから出てきたのかと思うほどの血が食道を駆け上がって口から零れ出る。ああクソ不味い、せっかくの煙草が台無しじゃねぇか。赤く塗れた煙草を枕元の灰皿に押し付けて、ゆるりとティーチを見上げる。片手には悪魔の実を、そしてもう片手には十年近く前から愛用している刀の柄をそれぞれ手におさめて、ティーチは笑っていた。この刀は確か、今日研いでいたっけか。職人とまではいかずとも、長年やってきたからか良く研がれている。身をもって体感しながら、ずるりと抜かれていく刃におれはまた血を吐いた。煙草と同じように、しかしそれ以上に赤に塗れた刀が体から遠ざかる。続くであろう衝撃を待ち構えていたおれは、切っ先が床へと向けられたのを見て首を傾げた。

「………サッチ、」
「あ…?」
「おめぇ、なんで。ーーーなんで、避けなかった」

コレを抜くところも、刺すところも、ずっと見てただろ。

たった今おれを殺そうとした奴の台詞とは思えなくて、思わず笑った俺にティーチは巨体をびくりと震わせる。それがまた可笑しくて、笑いが止まらなかった。

「なんでって言われても、避ける気がなかったとしか答えらんねーよ」
「んなことはおめぇの顔を見りゃわかる。理由を聞いてんだ」
「理由、理由なァ……知ってたから、かねぇ?」

あ、おれそろそろ限界かも。血を流し過ぎたせいかふっと体の力が抜けて、踏ん張る力もなくベッドに仰向けに倒れる。心なしか指先も痺れてきた気がする。この体勢からはティーチの顔は見えないが、動揺しているのが気配でわかった。そりゃそうだ、隠し続けてきた野心を見抜かれていたと知れば誰だって動揺するよな。仕方ねぇ奴だと、濁る視界の中ティーチがいる方へと手を伸ばす。

「ティーチ、」
「……ぁあ?どうしたよ、サッチ」

そうっと、戸惑いがちに手が握られる。おれはコイツの目的を知っていたし、こうなることも昔から知っていた。おれはこのまま死ぬだろう。そしてコイツはもっと先へと進まなければいけない。だから今おれに見せている弱い部分は、ここで捨てさせなければいけないんだ。それがおれの、親友としての最後の仕事だろう。

「このおれを越えて行くっからには途中で止まんじゃねーぞ。悔いなんて残すな、お前はお前の夢を絶対掴め」
「…良いのか?おれはオヤジの敵になるんだぜ?」
「家族としては良くねーけど、親友を応援すんのは当たり前だろ?」
「相変わらずオヤサシイ男だな、サッチは。……後悔なんざしねぇさ、裏切ることも、おめぇを殺すこともな」
「おう、それで良い。わかったならとっとと行けよ、薄鈍。おれも流石に眠くなってきた」

実際のところ、こんなすらすらと喋れてなんていないわけで。むしろ呼吸音の方が多くて聞き取りづらいだろうに、ティーチが間違えることも聞き返すこともなく理解してくれたことには驚きだった。それに免じて、はやく寝ちまえと頭を叩いたことは許してやろう。

「じゃあな、親友。頑張って逃げろよ」
「あァ。お前ぇは良い夢でも見てろ。…おやすみ、親友」

聞き慣れた声音に見送られて目を閉じるその瞬間、手に落ちた温い水滴におれはひとり、わらった。


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