「ん"っ、ふ、…ッ、う"んっ……」


マスクの下でなまめかしい息が上がる。
誤魔化されてくれるだろうか。平日の昼間、あまりにガランとした電車内は静かで小さな吐息すら目立ってしまう。こちらを子供づれがチラリとみた。瞬間スッと体温が下がる。あまりの緊張に心臓がうるさい。いや、神経質になりすぎているのかも。さっきの親子も窓を見ていただけかもしれない。それでも体のこわばりが解けることはなかった。

名前に押し切られるように電車に乗り込んだのは二、三十分前のこと。愛くるしい笑みでとんでもないことを言い出す男だ。嫌だダメだと言っても聞かず、ほんの少しの愛撫でほぐれた秘部にころりと放り込まれたローター。どうしてこんなことになったのか。思わず天井を扇ぐと忘れるなとでも言うように刺激が強くなる。


「ッヒぃ"っ!?……っく、ゥ"…」


手すりを握る手に力がこもる
足がふらつく。腕の力で体を支えていないと車内に倒れ混んでしまいそうだった。だらしなく歪んだ顔を隠すためにつけたマスクが苦しい。目の前の座席に座った名前の視線がコートの下で腫れ上がった股間をなぞる。


「っぐ、ッ、……っふーッ!!」


ヴヴヴヴヴ…と腹の奥から全身に響く
音が漏れているような気がしてきゅうと尻に力を込めた。こちゅり、と開発され切った前立腺にローターが乗りあげる。かひゅっと喉の奥が引き攣った。ジクジクと熟れきった肉体に電流が走る。恨めしげな視線を物ともせずにこやかに笑いかけた名前に悪態が漏れた。


「…く、そ、ーーーーッツ!!」

「ん?どうしたの」


ガタンッと揺れた電車に肩が跳ねる。
急に強くなった振動に手すりにすがりつくしかなかった。カチカチとスイッチを強められ、ローターが蠕動する腸内で転がる。散々名前に躾けられ過敏にされた肉壁が刺激を求めて悲鳴をあげる。

…………足りない。

これでは物足りない。
こんなに気持ちがいいのに。前立腺をいたぶられて、こんな場所で名前のおもちゃにされて、羞恥は身を焦がすようで、ジンジンと全身を覆うように広がる快感はとろけるようで。それなのにほんのちょっとも絶頂できない!


「ッ、ハァ…っふ、う"ぅう…」

「顔が赤いけどどうしたの?風邪?」


何を白々しい!!
ここまで人の体を変えたのはこいつなのに!獣のように組み伏せて犯して、結腸の奥の奥まで名前の熱に暴かれながら、尿道の熱く狭い粘膜をかき混ぜないと達しきれないのに!これっぽっちの刺激では、これだけじゃあ、


「……ひっどい顔」


くずおれ名前に承太郎が降ってきた
普段より2、3度上がった体温の身体を支える。欲に湿ったなまめかしい声が名前の鼓膜を揺らす。


「……もっと」


















ーーーーーーーーーーーーーーーー



月光
深々とした森林の切れ目を縫うように白光が刺す。
あまりに冷え冷えとした空気に木々も硬直する。そんな空気を裂くように絶対的な刃がきらめいた。ぬらりと血潮を滴らせた氷刃は身のほど知らずの女にその切っ先を向ける。


「…女、よくその程度でこのカーズの前に立てたものだなァ…? いったいどうやってここを見つけた? 吐け。素直になれば…命だけは見逃してやろう」


あまりに冷酷で冷ややかな声色
脅迫するまでもなくただ純粋に『言わねば殺す』と事実を述べただけの威圧感は心身を凍りつかせるのに十分すぎる力を持っていた。それでもなお愚かな少女は毅然と睨みつける。


「言うわけないでしょ…バッカじゃないの?」

「ほォ……?」


支配者がぺろりと唇を舐めた。
獲物を目の前にした蛇のような眼差しに名前の体が震える。足の健が斬られ今尚止まらない流血が雪を濡らす。この体では何もできない。愛おしい彼を手にかけたバケモノ。命を落としても一矢報いてやろう、この手で殺してやろうと先走った結果がこれだ。波紋を練ったとしてもこの出血ではダメージがあるかどうか。徐々に冷えていく体を抱きしめ悪鬼を見上げる。


「お生憎様。アンタの場所はもうとっくに割れてるの。私を殺したところで無駄。あの世で死に様を笑ってやるわ!」


嘲笑が響く。
虚勢だろう。声は震えうわずっている。しかしその眼差しは焼けるように熱い。仲間を信じているのだろう。人間の力を、その輝きを知っている。未来を祈っている。死を目前にして後世に全て託せる。完全なる生命、不朽の肉体を求めたカーズには理解しえないものだ。意味のないものだと思ってきた。だが、妙にこの瞳にそそられた。儚い生命の戯言。そう一蹴するには惜しいと心のどこかが叫んでいる。


「……なによ」


不審に見上げる女。
その側まで近寄る。血の気が引いた肌は青白く月光を反射している。放っておけば一時間もしないうちに死ぬだろう。それだけの傷をこの手でつけた。必死に抑えるもすくむ体は隠せていない。怯えを奥にちらつかせながらも気丈に視線を結ぶ。

ただ、惜しいと思った


「………きさま、生きたくないのか?」

「…アンタが言うの?」


確かにその通りだろう。
この手で屠った。今まで立ちはだかった波紋戦士と同じように。父や母、一族のように。ただ邪魔者は排除する。それだけのはずだ。しかしこのまま流すことはできない。このまま忘れることなど、見なかったことになどできない。ホロリと溢れた言葉は誘い水だった。ながれるように流れだす。


「愛する男を殺されたのだろう? 仇も取れず仲間も救えず無駄死にか? ン? 惨めだなァ女、かすり傷すらつけれず犬死にとは…さぞかしきさまの師も鼻が高かろう。あの世で恋人も笑って、」

「ッうるさい!!アンタがッツ!!言うんじゃあないッ!!!」


臓腑を抉るような絶叫
ぼたりと血痕が散る。ぎちりと歯が鳴った。手元の雪を掻き集めて投げつける。抑えきれぬ激情。死の恐怖を上回る怒り、憎悪。噴出した感情はとどまるところを知らず湧き上がる。全部この化け物のせいだと言うのに。名前の恋人が死んだのも、両親の死ですらこいつが関わっていた。それだと言うのにこの言い草。未来を託す、その一心で押さえつけた感情が嵐のように吹き荒れる。こいつを殺せるのならばどうなってもいい。何をしてでも殺してやりたい!!


「その手でッ!あの人を殺しておいて!!どの口がァッ、」

「生かしてやろう」

「ッ、は、ぁ?!」


水を差され怒りが薄まった一瞬
息を飲んだ名前を気にすることなくカーズは続けた。朗々と歌うように、強者の傲慢を滲ませながら。


「吸血鬼になってさえしまえばその程度の傷は癒えよう。このカーズと共に永遠を生きるがいい。この背を狙うのもよかろう。…さて、どうする?」


くい、と顎を持ち上げられる。
無理やり視線を合わされ怒りのあまり涙が滲んだ。波紋戦士が吸血鬼にだと? そんなことは論外だ。こいつと生きるなんて虫酸が走る。想像しただけで反吐が出る。…でも、頷けばいつかこの手で殺せるかもしれない。いやしかし約束を守る道理はない。

逡巡が目に現れたのかカーズが口を開いた。


「安心するがいい。約束は違えん。なんなら今くれば里は襲わないでおいてやろう」


つまり頷かなければ襲う、と言うことか
腹の底を見透かされたようで不愉快だ。しかし続けた波紋戦士の里の場所に肝が冷える。あっている。つまりいつでもこいつらは里を襲えるということだ。今死ねばそれを伝達することはできない。ついていけばひとまずは止められるだろう、仇も討てるかもしれない。掌を返し殺されてもどうせ死に体だ。悲しいまでに名前は合理主義者だった。


「…どうしろと」


その言葉に笑み深くする
切望していたものが手に落ちてきた満足げな表情。そっと頬に手を添え微笑した。先ほどまで肉を切り裂いた親指が唇を撫ぜる。つぷり、と熱い口内に指を差し込まれた。


「舐めろ。アイスキャンデーにするようにな」


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