酔いしれる


真田は混乱していた。目の前で繰り広げられる、薄い画面の中でしか見たことがない濃厚な口付けにあげそうになる声を必死に押さえた。
真田は今、ロッカーの中から出られなくなっていた。

切っ掛けはなんだったのだろう、真田はただマネージャーとしてレギュラーたちがしなければならないこれからの練習メニューを確認しにきただけなのだ。
何故か部室に人が入ってくる気配がして、本当に、本当に何故かロッカーの中に入ってしまったのだ。
バタンと音がして扉がしまる。声からして同学年のマネージャーと、唯一の二年レギュラー、切原の声だと真田は直感した。

「切原君、あのね、」

「前言ってた話ならお断りしますよ」

「な、なんで?!」

「テニスに集中してたいんすよ。それに」

「それに・・・?」

「俺、好きな人いるから」

ずきり、と胸が痛む。あいつにも、そんな人がいるのかと思った。切原の声は真剣そのもので、心の何処かで、格好いいと思う自分が居た。突然マネージャーの女が声をあげ切原につかみかかった。喧嘩かと思い、出ようとすると自分の入っていたロッカーに赤也の背が当たりガシャンと大きな音をたてた。中に居た真田はビクリと体を震わし、次の瞬間思考が停止した。

マネージャーと、切原がキスをしてる。

(ひ、ひぃぃいぃ??!)

あげそうになる悲鳴を両手で抑え、ロッカーの隙間から二人を見る。
切原は背を向けていて表情はわからないが女の方は気持ち良さそうに眼を閉じている。クチュクチュと響く水の音、何をどうしているのだろう。混乱する真田を他所に二人のキスはどんどん深まっていく。

(し、神聖な部室でなんたることを!!た、たるんどるっっっっ!!)

泣き出しそうになるのを堪えながら真田はそう心の中で叫ぶ。ぐるぐると迷走している間に濃厚なディープキスが終わったのか扉が開き、しまる音がした。

「・・・なんだよあのクソマネージャー。気持ちワリィ」

ガシャンと真田が中に入ってるロッカーに背をぶつけられ、真田はビクリとまた体を震わせ、反射でロッカーの扉を蹴ってしまった。沈黙が流れる。だらだらと汗を流す真田を他所に切原は声を潜めながらロッカーに話しかける。

「だれか、居るんすか?」

(俺はなにも言わない・・・!!)

真田は口を閉じロッカーを開けないでくれと願った。がそんな願い叶うわけもなく切原は躊躇もなくロッカーを開けた。

「真田、せんぱい・・・?」

「私は真田ではない。この立海テニス部のロッカーに住む妖精だ」

「真田先輩なにいってるんすか」

誤魔化しは効かぬか、と小さく呟き、観念してロッカーからでる。
とても気まずくて真田は眼をそらした。

「・・・どっから聞いてたんすか・・・といっても初めからですよね。」

コクりと頷くと切原はガシガシと頭を掻く。この空気が嫌で真田は震える声で切原の名前を呼んだ

「あか、や」

「なんすか真田先輩」

「さっきのは、ダメだ」

「さっき?」

「気持ち悪い」

切原は本当の事でしょうとため息混じりに言われ、真田は顔をしかめてでも、と言葉を発しようとした。

「真田先輩だって、俺にキスされたら嫌でしょう?」

「は?」

「好きでもない奴にキスされんの、屈辱だと思いますよ」

ぐいっ、と腕を引かれ顔を近づけられる。さっきのマネージャーとしていたような顔の距離に真田は眼を見開いた。

「あか」

「嫌でしょ?こんなの」

切原の顔が近い。嫌でしょと言う彼の目は何故か悲しそうで、真田は何故か眼を反らせなかった。どんどん体が熱くなる。苦しくて苦しくて苦しくて、嫌だなんて、言わないで欲しくて。

「いや、じゃない」

「は?」

「赤也だから、嫌じゃ、ない」

そう言うと切原は突然顔をもっと近づけ真田に触れるだけのキスをする。ちゅっ、ちゅっと触れるだけのキスを何回かして、切原は真田の唇に己の唇を重ねながら口を開いた。

「真田先輩、口開けて、舌出して」

真田は言われた通りに口を開け、舌を出した。切原は真田の舌を自分の舌に絡め、吸う。息が出来なくて、苦しいのだがそれでも切原から離れたくなくて真田は自分の腕を切原の首に回わした。

「んっ・・・あ・・・」

自分から漏れる声と水音が嫌で真田は目をつぶる。顔を反らそうとすれば、それを封じるように切原の手が自分の顔を掴む。

「ふ・・・あか、や・・・む、ふぁ・・」

「さなだ、せんぱい」

いつのまにか膝が崩れ地面に座ってしまっていた。腰を引き寄せられ、もっと深くに舌が入ってきている。真田は切原についていくように、すがるように彼に舌を絡ませていた。


随分と長いキスだった気がする。完全に腰の抜けた真田を切原は支えながらすいませんと謝った

「あかや・・・?」

「すいません真田先輩」

無理矢理、して。自分から嫌ではないと言ったのに彼はこうして謝る。真田は切原にもう一度腕を回し、彼の口に触れるだけのキスをした。

「真田先輩?」

「嫌では、なかった」

むしろ気持ちよかった。そう呟き恥ずかしくなり真田は切原の首に自分の顔を埋めた。こんな姿、まるで恋人のようだ。

「さなだせんぱ」

「むしろ」

「?」

「お前が、あのマネージャーとキスをしている時の方が、嫌だった」

こう言うのは恋人の女性が言うのだろうなと顔を埋めながらおもう。流石にもう離れようと名残惜しいが体を動かせば切原は強く真田を抱き締めた。真田は慌てたように体をよじる。赤也と声を出せば耳元で何かを囁かれた。くすぐったくて真田は少し身をよじり切原を見つめた。切原は真田の目を見つめはっきりと聞こえる声で真田に言う。

「真田さん、好きです」

言葉を理解するのに、少し時間がかかった。先輩としてなのか、それとも、そう言う意味なのか。真田は怖くて切原から眼を反らしそうになった。それでも、切原の眼を見つめ口を開く

「・・・恋の、相手として、か?」

「あのマネージャーとの話を聞いてたんすよね・・・。俺の好きな人。」

「俺で、いいのか・・・?」

「先輩じゃなきゃ、ダメなんです。真田先輩、一年の時から、好きでした。だから」

「・・・だから?」

「俺と、付き合ってください。」


ぎゅっと胸を締め付けられる。それはあの時と一緒で苦しいのだが、体が熱くなりはじめる。真田は切原の首に自分の顔をもう一度埋めこちらこそお願いしますと口を開いたのだった。



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