恋だの愛だの

鏑木・T・虎徹という男は矛盾した人間である。
高校時代からの親友であるアントニオはその事実を一番理解していた。
ヒーローという職業を選んでいて、人助けをして日々テレビに出て活躍しているが、実は人が好きな訳ではないし目立つのが嫌いなのだ、あの男は。
一応人が困っているのを見たら助けてしまうおせっかいな面を持っているが、虎徹がどれだけ人と関わるのを億劫に思ってるか、アントニオ以外誰も知らない。
そしてみんなが皆、コミカルな動きと話し方をしているあの男を社交性の高い人間だと思っているが、あれはただの猫被りだ。
本当の虎徹はアントニオだけが知っている。














ワンマンヒーローな虎徹がコンビを組んでヒーロー活動する事になった時、アントニオは誰よりも心配していた。
人嫌いのお前がやっていけるのかと、知った瞬間いの一番に虎徹をヒーローバーに呼び出して大丈夫かと聞いたぐらいだ。
しかしなんだかんだと衝突し合いながらも、意外と上手く付き合えている二人を見て、安心した。
虎徹も成長したもんだと感慨深く思って早数ヶ月。
急に虎徹からアントニオへ飲みの誘いが来た。
基本、虎徹は自分から飲みには誘ってこない。
いつだってアントニオから誘わないとあの出不精は外に出て来ないのだ。
けれど、今回呼ばれた。
最後に呼ばれたのは虎徹の愛する者が亡くなった時だった。
虎徹が自分を呼ぶ時は相当まいってる時だと分かっているアントニオは急いでヒーローバーへと向かう。
バーへ着いたアントニオはカウンターの角の席を取り、酒を注文して虎徹が来るのを待つ。
酒を飲みながらソワソワと入口を確認していると、くたびれた様子の虎徹がやって来た。

「・・・よぉ」
「ん」

短い挨拶を交わした後、何も聞かず、ただグラスを渡してさっきまで自分が飲んでいた酒を注いでやる。
虎徹は手の中のグラスをゆらりと揺らし、何事かを考えている。
眉間に皺を寄せた虎徹は大きなため息を吐いてグイッと酒を口に含んだ。
その時の顔が何か苦いモノでも一緒に飲み込んだような表情で、かなりのストレスがキてる事が読み取れた。
酒を飲み干すと虎徹はもう一本同じ酒を頼み、アントニオの横のイスに腰掛ける。

「アントン・・・」

憂鬱そうな気落ちした声で呼ばれ、アントニオは久しぶりにその愛称を耳にしたなと思った。

「どうした」
「・・・・・・バニーが俺に恋してる」

『恋』という言葉を聞いてアントニオは自分の手の中にあったグラスを割りそうになった。
慌ててグラスから手を離し、動揺を治める。

「それは、事実か?」
「最近、バニーの言動の端々から感じるんだ」
「そうか・・・」

虎徹は鈍そうに見えて鈍くない。
恋情や愛情にとても鋭いのだ。
そして、その感情を向けられる事を虎徹は酷く嫌っていた。

「なんでだろうな。こんな冴えないおじさんだってのに」

ケッとでも言うように吐き捨てると虎徹は酒を煽った。
アントニオはそれを横目で見て、空になった虎徹のグラスに新たに酒を注ぐ。

「どうする、虎徹?」
「アイツ・・・、まだ無自覚だと思う。けど、それも時間の問題かなって」
「・・・遠ざけるか」
「それが良いかもな。・・・俺も、少しバニーから離れたいし」

グラスをカウンターに置いた虎徹はグシャリ・・・と髪を掻き混ぜる。
元々乱雑に流されただけの髪型だが、さらにクシャクシャになった。
昔の虎徹の髪は手入れがきちんとされていて艶々した黒髪だったが、今では痛んで茶色がかったパサついた髪になった。
それにしても今日は一段と酷い状態だとアントニオは思う。
先程、虎徹は冴えないおじさんだと自分を自称したが、とんでもない。
ちゃんとすれば10人中10人が振り返る顔と肢体を持っているくせに、虎徹は見事なまでに隠してしまっている。
こうなってしまったのには理由がある。
虎徹の最初で最後の愛し守り抜くと誓った妻を失ってしまった時、虎徹の心は壊れてしまったのだ。
高校時代、人嫌いで荒れていた虎徹を恐れず接し、おせっかいなまでに虎徹の行く先々についてきた少女。
虎徹とアントニオがNEXTを発動しての殴り合いの喧嘩の最中もどこにも逃げず、ひたすら見守ってきた。
NEXTを恐れない彼女の言葉だけは二人とも耳に入れるようになり、いつしか三人でいつも馬鹿をやるような間柄になった。
少女がいると笑うようになった虎徹。
そんな二人が恋をし、愛し合うのは必然だった。
アントニオは誰よりも祝福した。
人知れずやった三人だけの結婚式は拙いモノだったが、素晴らしい思い出となった。
恋ってすげーなと照れくさそうに言った虎徹のあの時の幸せそうな表情を今でもアントニオは忘れられない。
虎徹は容貌が整っているせいで知らない女や男が突然恋しただの愛してるだの言ってくる事がよくあり、付き纏われた経験がある。
しかし、虎徹がNEXTだと分かると散々詰るか怯えて逃げてしまった。
虎徹はその経験から恋や愛なんてそんなのいらないと嘆いていた。
けれど、少女が虎徹を真に愛し、尽くし、支えたから傷付いた心は癒された。
あの時の人を愛する事が出来た虎徹は一番輝いていたとアントニオは思う。

「恋だの愛だの・・・うんざりだ・・・っ」

グスッと鼻を啜る虎徹。
顔が腕の間に隠れていて見えないが、泣いてるのだろうか。
恋や愛は虎徹を弱くする。
少女がいたから虎徹はその感情を受け入れられた。
でも、もういないのだ。どこにも。
虎徹は恋する事も愛する事も出来ない。
失った大切なモノを思い出して恐怖に涙が止まらないのだ。
弱った姿を見せるのはもうアントニオだけ。
もうあの少女は虎徹を抱き締めてくれない。支えてくれない。
アントニオはそっと虎徹の背をその大きな手で撫でてやるのだった。

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