その2

屋上で手すりに凭れ掛かりながら空を見上げる。
下を向いたら涙がこぼれそうだったからだ。
でも上を向いていても涙は後から後から湧いてきて、空がぼやけて仕方がない。
エドのことを想い浮かべるたびに胸が痛くなって、どうしたって涙は止まらない。
その間翔はずっとオレの横で黙って側にいてくれた。
たまにハンカチを取り出してオレの涙を拭いてくれたり、背中を擦ってくれる。
翔の思いやりが心にしみて、オレはまた涙をこぼした。

「悪ぃ、翔・・・。迷惑掛けて・・・」
「いいんスよ、アニキ。悪いのはアニキを泣かしたエドっス」
「・・・エドは何であんなにオレに対してイジワルなんだろ・・・?」

オレの問いに翔はため息を吐き、尻餅をつくように座った。
そのまま立っているのも何だかなと思ってオレも同じように座る。

「翔?」
「アニキ・・・、やっぱりエドみたいな性格悪い男なんて忘れて新しい恋を見つけるべきっスよ。アニキにはもっとふさわしい人がいるよ」
「例えば・・・?」
「ボクのお兄さんとか真面目で性格も良くて完璧っスよ」
「カイザーか・・・」

カイザーは驕り高ぶらない、すごく強いデュエリストだ。
オレみたいなレッドにも優しくて、側にいて安心する。
でも、ドキドキはしない。
エドを見ている時のようなときめきはない。

「1人の人間としては好きだけど、異性としては見れないな・・・」
「そうっスか・・・。お兄さんかわいそう・・・」
「?翔、最後よく聞こえないぞ?」
「気にしなくて大丈夫だよ」

翔がニッコリ笑ってそう言うので、オレは気にしないことにした。
会話もなくなり、しばらく2人で空を見上げた。
ザワザワした気持ちも落ち着いてきて、涙はもう出なくなった。
それでもエドのことを考えると相変わらず胸は痛かったが。
そろそろレッド寮に帰ろうと立ち上がると屋上の階段を上がる足音が聞こえてきた。
生徒共通の靴の音じゃない。
これは・・・エドの革靴の音だ。
信じられなくてオレは固まってしまう。
足音が近くなり、そして息を荒く吐きながら人が現れた。
いつもキッチリ締めているネクタイを緩め、スーツの上着を脇に抱えたソイツは思った通りエドだった。

「エド・・・どうしてここに」
「十代・・・ボクはキミに・・・」

エドは息を整えつつオレの方へと近付いてくる。
呆然と見ることしかできないオレの前に翔が立ち、エドからオレを守るように腕を広げた。

「何しに来たんだ!アニキはもう傷付けさせないぞ!」
「ボクは・・・謝りに来たんだ。十代と2人にしてくれ」
「そんなの信用できない!どうせまたケンカになるにきまってる!」

オレは翔の肩を掴む。

「アニキ?」
「・・・ゴメン、翔。先に寮に帰ってくれ」

翔が目を見開いて、口を戦慄かせた。

「ア、アニキ・・・ダメだよ。また傷付いてもいいの?」
「今、目の前にいるエドはいつもの嫌みを言いそうな感じが全然ない。だから・・・大丈夫だ」

翔はオレの顔を見つめて、何か言おうと唸っていたけど、諦めたのか早く帰って来てねと小さく言って立ち去ってくれた。 あとで礼を言わないとな。
翔がいなくなったのを確認したオレはエドを見つめる。
エドもオレを見つめてきた。
こんな風に黙って見つめ合ったことがないなとふと気付く。
いつも目が合った瞬間にケンカばっかだったもんな・・・。
好きな人とケンカしかしていない事実にまた胸が痛くなった。
また涙がポロッとこぼれる。
その瞬間、エドに強く抱き締められた。

「エ、エド!?」

呼んでもエドは何も答えない。
いや・・・何か言おうと努力している気配が伝わってきた。
よくわからないけど、このまま黙っておこう。
エドの胸に凭れ掛かって頬を擦り寄せた。
何だかこうしていると恋人同士みたいだなと考えているとエドが口を開いた。

「悪かった・・・。本当はあんなこと言うつもりはなかったんだ・・・」
「・・・」
「いつもそうなんだ。キミを前にすると正反対のことを言ってしまう。本当はキミと仲良くしたいんだ」
「エド・・・」
「嫌いにならないで欲しい。キミに嫌われたくないんだ・・・」

こんな風に自分の気持ちをさらけ出すエド、始めて見た・・・。
エドがどうして正直になったのか全くわからなかったが、エドが仲良くしたいと言ってくれてオレは嬉しかった。
ギュウッとエドに抱き付く。
エドが何故か慌て始めたが、構わず抱き付く。

「良かった。仲良くしたいと思ってるのオレだけじゃなかったんだな」
「十代・・・」
「もう嫌み言うなよー?オレ、結構傷付いてたんだからな」
「2度と言わないよ。これからは絶対キミを傷付けないことを誓う」

エドはそう言うとオレの手を取って甲にキスをしてきた。
オレは真っ赤になってエドの側から急いで離れる。
エ、エドってこんなキザなことをする奴だっけ・・・!?
オレの慌てふためく様子にエドは口元に手を当てて笑う。
か・・・からかわれた・・・。
でも・・・まあ、嫌みを言われるよりはマシかな・・・?
この後、エドに何度もこんなことをされるようになり、恥ずかしい思いをすることになるとはまだオレは知る由もないのだった。


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