3




「プハァァア・・・。とんでもない目に遭ってしまいましたーノ。まったく、何て事ーネ」

今まで騒ぎが治まるまで湖に潜っていたクロノスがようやく水上に顔を出した。
目線をさ迷わせると自分の位置から少し離れた所にボートが二艘ある。

「ん?アレはドロップアウトボーイ」

寮内でデュエルを行うと寮生の睡眠の邪魔になるので場所を検討した結果、湖の上で行う事になったのだ。
二艘のボートの上では明日香と十代は対峙している。
ジュンコとももえは明日香のボートに、翔は縛られたまま十代のボートに乗らされていた。

「・・・何だかおもしろーい事になってきましたーネ」

そんな事を知らないクロノスはとにかく十代がコテンパンにされる展開になりそうな予感にシメシメとほくそ笑んだ。
その時十代はクロノスが見てるとは知らず、翔と会話していた。

「翔ー。これ、落ちたらオレ死ぬかも」
「え!?」
「だってオレ泳いだ事ねぇし。それにこんな寒い時に冷たい水に入ったりなんかしたらヤバいぜ」
「そ、そんな!やっぱりこんな危険なトコでするのはやめて陸でしようって頼んでみようよ、アニキ!」
「んー、無理だろ。アイツ、もうやる気まんまんだし。落ちたら助けてくれよな、翔!」
「そ、それこそ無理だよ〜・・・。ボク縛られてるし・・・」

無理無理と首を振って出来ないと言う翔に十代はそれもそうだなと簡単に諦める。
そのあまりの諦めの早さに驚いて翔は目を見開いた。

「良いんスか、アニキ!?」
「死ぬ時は死ぬんだぜ、翔。オレはこんな風にしぶとく生きてるけどさ」

いつだって死ぬ覚悟は出来てると笑って言う十代に翔はドクンと心臓が跳ねた。
顔を真っ赤にさせて翔が自分を見つめてるとは知らずに十代は明日香に話し掛ける。

「そう言えば、お前の名前何て言うんだ?」
「え?」
「アンタ知らないで今まで話してたの!?」
「オベリスク・ブルーの女王、天上院明日香さまですわ!一度は聞いた事あるでしょうに」
「聞いた事ねぇんだから知ってる訳ないだろ」

不思議そうにこちらを見る十代を見て明日香は確信した。

(昨日翔君が言っていた通り、覇王と十代は同じ人だけど同じじゃない。だから覇王の時の記憶がないんだわ)

「明日香って言うんだな。じゃあ明日香、デュエル始めるか!」
「ええ!いくわよ!」
「おう、こい!」
「「デュエル!!」

ライフはお互い4000。
先行は明日香から始まった。

「私のターン。ドロー!」

手札には『レアゴールド・アーマー』『融合』『フュージョン・ゲート』、マインド・オン・エア、エトワール・サイバー。
そして今ドローした『ドゥーブルパッセ』。

「エトワール・サイバー!召喚!」

高らかに召喚モンスターの名前を言うと、クルクルと回転しながらエトワール・サイバーが現れた。
攻撃力は1200。

「さらにリバースカードを一枚セットし、ターンエンドよ」

明日香のターンが終わり、十代へと移る。

「次はオレのターンだ。ドロー!」

引いたカードはレベル4の通常モンスター、E・HEROスパークマンだ。

「よし。E・HEROスパークマン召喚!」

稲光を放つヒーローが水上に降り立つ。
攻撃力は1600。
明日香のモンスターより攻撃力が上だ。

「スパークマンでエトワール・サイバーを攻撃だぁ!」

スパークマンの手から電気が迸り、エトワール・サイバーに向かっていく。
攻撃宣言を聞いた明日香が悔しげに十代を睨みつけた。

(私のリバースカードなんか、眼中にないって言うの!?)

「リバースカード、オープン!『ドゥーブルパッセ』発動!」

明日香が伏せたカードを発動した瞬間、エトワール・サイバーに当たる筈だった攻撃が明日香自身に襲い掛かった。
明日香のライフが2400となる。

「何?」
「『ドゥーブルパッセ』は相手の攻撃をプレイヤーへのダイレクトアタックに切り替える。そして、攻撃対象となったモンスターは、相手にダイレクトアタックが出来る!」
「え・・・」
「エトワール・サイバーの特殊効果、ダイレクトアタックの時、攻撃力が600アップ!」

優雅に舞う攻撃力が1800になったエトワール・サイバーが十代を蹴りつけ、ライフが2200となった。
十代は蹴られた腕を押さえ、痛みに蹲る。

「アニキ・・・」
「なんて奴だ。自分のダメージも構わず、こんな罠を仕掛けてくるなんて・・・」
「どうしたの?もう終わり?」
「うぅ、ターン終了だ・・・」

(身体が弱いのに無理しちゃって・・・。でもまだ始まったばかり。ここで終わらせたくないわ)

「それじゃ、遠慮なくやらせてもらうわ。私のターン、ドロー!」

引いたカードはブレード・スケーター。
明日香がそのカードを召喚すると、ブレードを両腕に付けた女性モンスターがエトワール・サイバーの横に並び立った。

「そして、魔法カード『融合』!エトワール・サイバーとブレード・スケーターを融合し、サイバー・ブレイダーを召喚する!」

融合の発動により攻撃力2100、レベル6の融合モンスター、サイバー・ブレイダーが特殊召喚された。

「っ!」
「いくわよ!サイバー・ブレイダーで、スパークマンを攻撃!」

素早く回るサイバー・ブレイダーの足技がスパークマンを粉砕し、十代のライフを1700まで削る。

「くそっ、やられた」

痛みからか膝をついたまま動かない十代の様子にジュンコとももえが明日香に向かって称賛の声を上げた。

「さすが明日香さま。素晴らしい」
「その調子であんな男みたいな女なんかケチョンケチョンになさってー」
「負けるなアニキ!がんばって!」

明日香を応援する二人に負けじと翔も十代に励ましの言葉を出すが、それを聞き咎めた二人が翔を責め始めた。

「アンタ良い度胸してるじゃない」
「わ、いや、その」
「裸で湖を泳いでみますぅ?」
「セクハラだー!」
「何言ってんのよ!覗き男にそんな事言う権利ないわよ!」
「覗いてないってば!」

三人が口喧嘩を始め、明日香は呆れたようにため息を吐いたが、十代は気にせず体勢を持ち直してもう一度構え直す。

「まだまだこんなモンじゃないぜ・・・!オレのターン、ドロー!」

ドローしたカードは『フュージョン・ゲート』。

(よし、コイツで!)

「フィールド魔法『フュージョン・ゲート』発動!これは『融合』カードなしで融合モンスターを召喚出来るんだ。フェザーマンとバーストレディを融合して、フレイム・ウィングマンを召喚!」
「さすがね。私が融合モンスターを召喚したと見るや、すかさず融合モンスターで迎え撃つなんて」
「ん」
「でも、お互い同じ攻撃力。これじゃ、相討ちじゃない」
「へへっ。そいつが違うんだな。さらに永続魔法『騎士道精神』発動!これでオレのモンスターは攻撃力の同じモンスターでは破壊されない!それだけじゃない。フレイム・ウィングマンがサイバー・ブレイダーを破壊したら特殊効果でサイバー・ブレイダーの攻撃力と同じ2100ポイントのダメージがお前に与えられるんだ」
「んぅ・・・っ」
「いけぇ!フレイム・ウィングマン!サイバー・ブレイダーを攻撃!」

フレイム・ウィングマンが水飛沫を立てながら滑空し、サイバー・ブレイダーに向かっていく。
しかし、その様を眺める明日香の表情には不敵な笑みが浮かんでいた。

(甘いのはあなたの方だわ)

雄叫びを上げ竜の腕から炎を発するフレイム・ウィングマンの攻撃がサイバー・ブレイダーの腕によって止められ、何も起こらない。

「何ィ?何で破壊されないんだよ?」
「パ・ド・ドゥ」
「え?」
「サイバー・ブレイダーの特殊効果。相手のモンスターが一体の場合、戦闘で破壊されないの」
「何だって!?じゃあこのターンは!」
「そっ!お互いダメージなしって事ね」
「っ・・・!ターン終了だよ」
「まったく、詰めが甘いんだから。私のターン、ドロー」

引いたカードを見て明日香はフッと笑う。

「遊びは終わりね。装備魔法フュージョン・ウェポン!サイバー・ブレイダーに装着!」

サイバー・ブレイダーの腕が変形し、攻撃力が3600、守備力が2300に上昇する。
大幅のパワーアップに十代は目を輝かせ、翔は悲鳴を上げた。

「すっげー!一気に攻撃力3600かよ!」
「覚悟なさい!サイバー・ブレイダーでフレイム・ウィングマンを攻撃!」
「うぅぁああ・・・っ!」

変形した腕からレーザーが発射され、フレイム・ウィングマンが破壊される。
その攻撃により、十代の残りライフは200となった。

「ふん!クロノス先生を倒したからって良い気になって!所詮オシリス・レッドの連中が私たちオベリスク・ブルーに勝とうなんて思う事じたい、とんでもない思い上がりだわ!」
「お気の毒に。これで退学決定ね」

十代のライフが風前の灯火になった事でジュンコとももえが意地の悪い笑顔を見せて揶揄する。
もう勝ったつもりでいるのか、ジュンコは勝利のVサインまでしていた。
そんな二人を翔はキッと睨み付ける。

「ボクの事はどうでもいいんだ。だって、ボク、何も悪い事してないし。でも!ボクを助ける為に身体が弱いのにデュエルしてくれているアニキが馬鹿にされるなんて許せないよ!」

今まで十代の前では気弱な面しか見せていなかった翔が猛っているのを見て、油汗を浮かべつつも十代は楽しげに笑う。

「負けるなアニキ!」
「おう!当たり前だ」

痛みを堪えてまた立ち上がる十代を見て、明日香は不審に思った。

(残り僅か200ポイントで一体何が出来るって言うの?)

荒い息を吐きながらも十代は楽しげに瞳を輝かせる。
手札と場を見て次の手を考えるこの時がとても楽しくて仕方ないようだ。

(オレのフィールドにはモンスターはいない。あるのはフィールド魔法の『フュージョン・ゲート』だけだ・・・。だが、一つだけオレの勝つ手がある。チャンスは一回!次のドローで全てが決まるぜ!)

「オレのターン!ドロー!」

十代がドローしたカードは魔法カード。
それは絶望的な状況を変える、まさに魔法のカードだった。

「きたぁぁ!」
「?」
「いくぜ!E・HEROクレイマン、召喚!」

通常ヒーロー随一の守備力を持つ粘土の戦士が攻撃表示で場に現れる。

「そして魔法カード『死者蘇生』を発動!墓地からスパークマンを特殊召喚だ!」
「一体何のつもり?そんな攻撃力の低いモンスターを何体出したって、私のサイバー・ブレイダーを倒せないわ!」
「さらに、フィールド魔法『フュージョン・ゲート』の効果によりスパークマンとクレイマンを融合し、E・HEROサンダー・ジャイアントを召喚だ!」

二体のヒーローが混ざり合い、雷雲の中から雷光を胸に宿す巨人が誕生する。
その光景を見た翔は授業で当てられた時に答えられなかったフィールド魔法の説明が自然と口から出ていた。

「フィールド魔法・・・。フィールドに出ている間はずっと、フィールド全体に特殊効果を与えるマジックカード」

攻撃力2400の新たなヒーローが水面に降り立った衝撃で波が発生し、ボートにぶつかる。
ボートの上にいる全員が縁に掴まって驚きの声を出した。
だが、いち早くバランスを保つ事に成功した明日香が挑戦的に口を開く。

「だから何?私のサイバー・ブレイダーは攻撃力3600よ。分かってるのっ?」
「ああ。よーく分かってるぜ。サンダー・ジャイアントは元々の攻撃力が自分より低いモンスター一体を破壊する事が出来るんだ」
「元々の攻撃力・・・」
「サイバー・ブレイダーが装備魔法でパワーアップする前の攻撃力は・・・」
「2・・・2100ポイント。サンダー・ジャイアントより低い・・・」

呆然とした明日香に向かって十代が高らかに叫んだ。

「そーいう事!一気にいくぜ!サンダー・ジャイアントの特殊効果、発動!サイバー・ブレイダーを破壊!」

サンダー・ジャイアントの左手から雷が吹き出し、サイバー・ブレイダーが消滅する。

「そして相手プレイヤーにダイレクトアタックだ!ボルティック・サンダー!」
「ああぁぁぁああぁっっっ!!」

直接攻撃が決まり、明日香が崩れ落ちる。
明日香の残りLPは0となり、十代の勝利が決まった。

「明日香さん!」
「大丈夫でございますか?」

ジュンコとももえが心配げに声を掛けているのを尻目に、翔は大喜びで十代に抱き付く。
デュエルに集中しているかのように見せかけて、実は必死に縄を解いていたのだ。
さすがに勝負が着く前に解いたら怒られるだろうと思って今まで縛られたままのふりをしていたようだ。

「やったぁ!あ・・・」

無邪気に抱き付いた瞬間、翔は十代が女だった事を思い出す。
真っ赤になって抱き付いたまま動揺する翔。
それに気付かず、十代は嬉しそうに「ガッチャ!楽しいデュエルだったぜ」と決めポーズを決めていた。






勝負が終わり、ボートを挟んで見つめ合う十代と明日香。
ジュンコとももえはそれに微妙な表情をしていた。

「約束通り、翔君は突き出さない。今日の事は黙っておいてあげるわ」
「ふん、まぐれで勝ったからといって良い気にならない事ね」
「よして、ジュンコ」
「明日香さん・・・」
「負けは負けよ。見苦しい事はしないでね」
「いや、ソイツの言う通りかも知れないぜ」
「?」
「アンタ・・・強いよ」
「!」

十代のストレートな賛辞に明日香は目を瞬かせる。
それが嫌味ではなく、本心で言っている事が分かり、明日香はフフッと微笑んだ。

「あー!すっげーしんどい!」
「大丈夫っスか、アニキ?」
「無理。死にそう。なんか鮎川先生がもう遅いから私の部屋に泊まっていきなさいとか言ってたけど、面倒くさいから行きたくねぇ・・・」

話してる最中に突如糸が切れたかのように倒れる十代。
翔は慌てて支え、ボートの底に横たえる。
ジュンコとももえが驚いて心配げに見た。

「だ、大丈夫なのですか・・・?」
「ちょっとアンタ・・・、体調が悪かったの?」
「まぁな・・・。翔ー、レッド寮に帰りてぇ。運んでくれないか?」
「分かったっス!」

このままレッド寮に帰りたいと言う十代の言葉に翔は頷いて、大急ぎでオールを漕いで離れていく。
その時「じゃあな」と小さな声で十代が言うのが聞こえ、明日香は大きく頷いた。

(アイツ・・・、ますます面白いかも)

薄っすら微笑む明日香を見て、ジュンコはふと気付く。

(今日の明日香さん、いつもと違うわ・・・)

その横顔が今までにないぐらい本当に楽しげに見えて、ジュンコは驚くのであった。





その頃クロノスはというと・・・

「もぉー!遊城十代!今度こそあなたをギャフゥンとぉぉ・・・。でも今日は疲れたーノネ・・・」

湖に沈みそうになっていた。
デュエル中ずっと立ち泳ぎしたり、明日香への最後の攻撃が決まった時に走った電流が当たったりと地味にダメージが蓄積されて体力の限界だったのだ。
十代への恨み事を口に出しながらブクブクと沈んでいくクロノス。
明日、救助される事を祈るしかない。




<<[Textに戻る]|  










- ナノ -