下からフィールドにせり上がってきた『十代』は眩しさに目を細めた。
目を細めた先にはクロノスが待ち構えていた。
「ボンジョールノ!」
「・・・遊城、十代だ」
「シニョール十代。ワタクシはクロノス・デ・メディチ。学園では実技担当最高責任者をやってるーノでーす」
「・・・」
(なんて無愛想な奴なノーネ。少しやりにくいーノ)
取巻と慕谷はクロノスが受験生とデュエルすることに気付き、驚きの声を上げる。
「クロノス教諭が直々になんて・・・」
「あの十代って相当大物なのか?」
万丈目は声に出さず、強く否定した。
(そんなはずはない!)
声に出せば動揺していることが取巻たちに伝わってしまうと思ったからである。
プライドの高い彼にはそれが許せなかったのだ。
「デュエルコート、オーン!」
芝居がかったふうに一風変わったデュエルディスクを起動するクロノス。
『十代』も同時に起動しカードを5枚引く。
「クロノス教諭ってホントあのデュエルコート好きだよな」
「成績優秀者はもらえるって言うけど、あんな悪趣味なのクロノス教諭ぐらいしか着ないぜ」
クロノスはそんなことを言われているとは知らず、いつも好んで着ている。
「「デュエル!!」」
先攻は受験生である『十代』から。
「オレのターン」
引いたカードは通常モンスターのフェザーマン。
手札には『死者蘇生』『ドレインシールド』『ヒーロー・シグナル』『融合』『戦士の生還』があった。
『十代』はフェザーマンを守備表示で場に召喚し、カードを一枚伏せてターンエンドした。
「ワタクシのターンでーす」
ディスクから自動的にドローされたカードと手札の5枚を合わせ見、クロノスは少し思案する。
引いたカードは罠カードである『黄金の邪神像』。
手札にはエメス・ザ・インフィニティ、『押収』『大嵐』『黄金の邪神像』そしてクロノスのキーカードであるモンスターがあった。
(ヒーローデッキねェ・・・。さしずめどこかーのスモールタウンーのヒーローだったーのでしょーねェ)
「世界の広さをワタクシが教えてあげるーノです。手札より魔法カード『押収』発動!」
『押収』と聞き、『十代』は不愉快そうに眉をひそめた。
「1000ポイントーのライフを払い、相手ーの手札を見て、その中からカードを1枚選んで墓地に捨てることができるーノ」
『十代』の手札の映像がクロノスの前に現れる。
「フフン。やはりドロップアウトボーイのデッキでーすネ」
その言葉を聞いた『十代』は目をギラリと光らせた。
(十代の命のデッキを侮辱する気か)
『十代』の怒りに気付かず、クロノスは手札の中にあった『死者蘇生』を選択し墓地に捨てさせ、満足気に笑った。
そしてカードを2枚伏せる。
「さらに魔法カード『大嵐』を手札から発動。このカードは全フィールド場の魔法、罠カードをすべて破壊するーノでーす」
突風が巻き起こり、『十代』の伏せていたドレインシールドが舞い上がり破壊される。
同じようにクロノスが伏せたカードも破壊される。
『十代』が呟く。
「破壊されることにより、効果が発動するカードか」
「その通りなノーネ!特殊召喚、邪神トークン!」
フィールドに2体の禍々しい黄金の邪神が奇声を上げ、現れる。
そのコンボに観客が驚きの声を上げた。
だが背の低い少年には何故モンスターが2体も召喚できたのか理解できないようだった。
「何がどうなってるのかさっぱり・・・」
そんな背の低い少年の為に三沢が説明する。
「『黄金の邪神像』は破壊されるとトークンを生み出す特殊な罠だ。クロノス教諭はその効果を利用する為に自らの黄金像を壊したんだ」
「へ〜」
クロノスのデッキを始めて見た観客たちはコンボの凄さに驚いていたが、アカデミアから来た生徒たちはクロノスが試験用のデッキを使ってないことに気付き、ざわめいていた。
「アレは入試用のデッキじゃない!クロノス教諭自身の、暗黒の中世デッキ!」
「自分のコンボを成立させると同時に、110番の罠も封じてしまった・・・」
「あのデッキに勝てる受験生なんて」
「いないよな〜」
万丈目もその事実に気付き、せせら笑った。
「フン。あの受験生は特別なのかと思っていたが、とんだ勘違いだった。クロノス教諭はドロップアウトボーイのはかない夢を徹底的に叩き潰すつもりなんだ」
会場の上の方で手すりにもたれかかってデュエルを見ていた金髪の美少女は同情していた。
「あの子、かわいそう。クロノスのお気に召さなかったようね・・・」
「見物だぞ」
「?」
横で共に見ていた美青年の言葉に美少女は顔を向ける。
「暗黒の中世デッキ・・・。110番のおかげで伝説のレアカードが拝めるかも知れない」
観客たちの驚きの声に気分が盛り上がってきたクロノスは、いささか芝居がかったようにふるまった。
「まだワタクシのターンは続くーノでーす。さらに邪神トークン2体を生贄にしテー、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを召カーン!」
邪神トークンが生贄に捧げられ、クロノスの周りに光があふれる。
そしてその中から機械仕掛けの巨人が現れた。
観客がその巨大さに息を呑む。
「いきなり8つ星モンスターなんて!」
背の低い少年は驚き、手すりから身を乗り出した。
「これが・・・伝説のレアカード!?」
金髪の美少女は目を見開いた。
「クロノス・デ・メディチがこのカードを召喚して負けたことは無い。あの受験生に先生を本気にさせる力があるとは思えないが・・・」
「クロノス教諭は気まぐれだから・・・。気の毒に。アカデミアの鉄の扉が閉じる音が私には聞こえたわ」
だが『十代』は無表情のままであり、何も驚いていないようだった。
そのことにクロノスは気付かず、上機嫌に高笑いをする。
「オーッホッホッホッ!行くーノですヨー!アールティメット・パウンド!」
古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの拳が唸り、フェザーマンの身体が軽々と飛ぶ。
その姿を見た背の低い少年は青ざめ、頭を振る。
「古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの攻撃力3000!フェザーマンの守備力1000!かないっこないよ!」
「それだけでは済まないさ。このモンスターの効果は守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が上まわっていれば、その差だけ相手にダメージを与えるんだ」
「そ、そんな・・・。掟破りモンスターじゃないか!」
『十代』のLPが4000から2000へと減少する。
「ホッホホホホホゥ!早くも戦意喪失ですノ?」
その時、クロノスは気付いた。
『十代』が何の感情も浮かべずに立っていることに。
クロノスは『十代』の金の瞳がまるで獲物を狙う猛獣のように鋭い目に見えた。
(な、何なノーネ?この受験生は一体何なノーネ!?)
自分がこのカードを召喚して負けたことは一度もないし、今だって相手のLPを減らし追い詰めている。
それなのにクロノスはまるで自分の方が危険な状態であるように思えてきた。
この時になって、クロノスは目の前にいる受験生が、普通のデュエリストとはかけ離れた存在だとやっとわかったのだ。
「オレのターン」
『十代』のターンに代わり、デッキからカードを引く。
その瞬間、カードから人ならざる声が『十代』を呼ぶのが聴こえた。
そのカードは決闘王が『十代』に渡したハネクリボーだった。
(ハネクリボーよ、またお前がオレの運命を導くと言うのか・・・)
ハネクリボーは頷く代わりに、ウインクで応える。
(ならば、お前を信じよう)
「手札より『ハネクリボー』を守備表示で召喚」
愛らしい鳴き声と共にハネクリボーが場に現れる。
「さらにカードを一枚伏せ、ターンエンドだ」
クロノスは場に現れたハネクリボーと言う弱小モンスターを見ても、まだ不安がしこりのように残っているのを感じた。 その不安を吹き飛ばすため、クロノスはことさら大きな声で笑う。
「羽の生えたクリボー?珍しいカードを持っているーですネ。しかし所詮は低級モンスターでしょう?守備表示で出したところで、古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの貫通効果を防ぐことはできませーんノ。雑魚には雑魚モンスターがお似合いですーネ!」
クロノスの背中を冷たい汗がつたう。不安は吹き飛ばなかったようだ。
「ワタクシのターンですーネ」
自動的にドローされたカードを受け取り、クロノスは目の前にいる不安の対象を取り除こうと攻撃宣言する。
「古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレム!ハネクリボーにアルティメット・パウンド!」
小さなハネクリボーに古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムは拳を振り下ろした。
ハネクリボーは悲鳴を上げ消し飛ぶ。
だが、『十代』のLPは全く減らない。
「ん”ぅ?何故ライフが減らなーいノです?」
「ハネクリボーが破壊されたターン、自分が受けるダメージは0」
「なぁッ!?」
その光景を見た金髪の美少女が驚いたように呟いた。
「クロノスが知らないカードが存在するなんて!」
「先生とて到達できないところがある。デュエルの世界は底が知れない・・・」
美青年のその言葉に金髪の美少女は微笑んだ。
「だから面白いのよ」
「フフッ。その雑魚モンスターの特殊能力でしたか」
「だが、お前が雑魚と呼ぶモンスターの効果により、お前はオレを倒せなかった」
「小賢しい!お前などすぐにでも倒せるーノでーす!」
クロノスの表情に焦燥の影が出始めた。クロノスは弱いデュエリストではない。 だからデュエルには予想外のことが起こるということも知っている。 そして今、クロノスはまさに自分の予想外の事態が起きようとしているのをヒシヒシと感じた。
「ハネクリボーの悲鳴はシグナルとなり、十代のデッキのモンスターを呼び覚ます。罠カード発動『ヒーロー・シグナル』」
カードから光が飛び出し、天井に『H』の文字が浮かび上がる。
その文字を見てクロノスは驚き、口をポカンと開けた。
「2体目のE・HERO、バーストレディをデッキから特殊召喚」
『十代』の場に炎が舞い上がり、中から苛烈な女戦士が勇ましい声を上げながら参上した。
「オレのターン」
引いたカードはフィールド魔法『スカイスクレイパー』。
「オレは魔法カード『戦士の生還』により、フェザーマンを墓地より手札に戻し召喚する」
フェザーマンも雄雄しい声を上げ、バーストレディの横に並び立つ。
これで終わるはずが無い・・・。
そう思いつつもクロノスは虚勢を張るために、わざとバカにしたような口調で話しだす。
「フン。ペラペラのコミックスーのヒーローに何ができまーす?ノーマルモンスターにすぎませーん」
「魔法カード『融合』発動」
「!」
「2体のモンスターが融合し、新たなモンスターとなる。E・HEROフレイム・ウィングマンを融合召喚」
攻撃力2100の融合モンスターの召喚に会場はざわめく。
背の低い少年がその姿を見て、思わず賞賛した。
「カッコいい!」
「フレイム・ウィングマンは融合召喚でしか召喚できない。戦闘によって破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手プレイヤーに与えることができる」
「でもさ、フレイム・ウィングマンの攻撃力は2100・・・。古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの攻撃力には届かないよ」
背の低い少年は心配そうに三沢に聞く。
「ああ。だがアイツは並のデュエリストにはない覇気がある。何とかするだろうさ」
「何でそんなことがわかるの?あの人110番だよ?」
クロノスは召喚されたモンスターが古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムより 攻撃力が低いので安堵した。
気が大きくなったクロノスは『十代』に教師らしく講義する。
「特別講義してあげーる。いいですカ?デュエルにくだらない御託はいらなーい。覚えておきなさーい。融合召喚したところでー、攻撃力2100。ワタクシの古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムには及びませーんノ」
「ならば教えてやろう。モノには条件を整えてやれば、持てる力以上の活躍ができるということを。フィールド魔法、『スカイスクレイパー』!」
フィールド魔法の発動で周りが夜となり、超高層ビルが建ち並ぶ。
フレイム・ウィングマンが満月を背に、ビルの屋上から古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを見下ろした。
「さあ、行けフレイム・ウィングマン。古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムに攻撃!」
その命令にフレイム・ウィングマンは古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを目指してビルから飛ぶ。
その信じられない行動にクロノスは嘲笑する。
「スカルツィ!冗談でしょう?フレイム・ウィングマンの攻撃力など古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの足元にも及ばないーネ!」
「『スカイスクレイパー』は自分よりも攻撃力の高いモンスターとヒーローが戦う場合に、その攻撃力を1000ポイント上昇させる効果を持つフィールド魔法」
「オーッ!?ディーオ!?」
「くらえ、スカイスクレイパーシュート!」
フレイム・ウィングマンの身体が炎に包まり、急降下する。
そしてその勢いを殺さずに古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの体に体当たりし、打ち砕いた。
クロノスはその光景に頭をかかえ、挙動不審になる。
「マンマミーア!?我が古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムがーッ!」
その時、クロノスの頭に古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの体の破片が 落ちてきた。
クロノスはハッと古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムを見上げる。
「フレイム・ウィングマンの効果により、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受けるがいい」
「何ィ!?」
古代の機械巨人アンティーク・ギアゴーレムの体を構成していた機械が、 クロノスの上に轟音を響かせながら崩れ落ちた。
LP3000が無くなりブザーが鳴る。
デュエルが終了し、周りのソリッドビジョンが消えた。
それと同時に、『十代』はもはや興味が無いとでも言うようにフィールドから出る。
「何故なーノ・・・?何故ワタクシがあんなドロップアウトボーイに・・・」
しかしクロノスは『十代』のことをそう言いつつも、心中では強いデュエリストであると認めざるを得なかった。
デュエル中に魂に刻まれた恐怖をクロノスは忘れることができなくて身を震わせた。
客席にいた観客たちは驚きに包まれた。
万丈目も信じられない様子で顔を強張らせた。
「信じられない・・・。クロノス教諭が受験生に敗れるなど!」
金髪の美少女は絶対に勝てないと思っていたデュエルを覆されたことで、『十代』に興味を持ったようだ。
「ちょっと・・・面白いんじゃない?あの子・・・」
同意を求めて横の美青年を見る。
しかし、何か気に入らないことでもあったのだろうか?
美青年は冷たくフィールドを見下ろし、立ち去る。
その後姿を見つめて、金髪の美少女はキョトンとした顔になった。
「いいぞー!110番!」
背の低い少年は声援を向けるべき相手がとうにいなくなっていたにも関わらず、大きな声で褒め称え続けた。
その声を耳に入れながら三沢は頭を回転させていた。
(このプレイング・・・。もしかして彼女は・・・『覇王』なのだろうか?)
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