花は君に根をはる | ナノ
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 08



夢をみた。それはとっても不思議なもので、石で絵を描く夢だ

チョークの変わりになるような石で、真っ黒な板に誰かを描いていた気がする。石が作り出す色はどうしてかとても綺麗な水色だったけれど、でも一つだけ今思えば不思議だなぁと思うのが板の色だ。

どうして白ではなく黒なのだろう。絵を描くなら画用紙でもなんでもよかったではないか。ただのA4コピー用紙みたいなものだって構わない。なのに描く土台は黒だった


まず、何か、妖精のようなものがいた

丸いものに羽が生えている生き物だ。恐らくそれらの類に分類されるものだろうと思う。妖精は発光しているように描かれていて、そのすぐ傍に顔のある樹が描かれた。それから色んなお面のようなものがあちらこちらに、そのお面の真ん中に佇むように一人の少年が描かれている。

パッと見それは乱雑なものだった。いくら絵が上手かろうとこんな描き方をしては何を伝えたいのかわからないものだっただろう。けれど私の涙腺は確かに緩んでいた気がするのだ。目の前がかすんで見えなくなったのを今でも覚えているのだ

私の感受性はいったいどうしてしまっているのだろうと瞬きをすれば涙がほろりと零れ、唇にあたる。そうすることでクリアになった視界にはやはり黒板があった。するとお面たちは消えてしまっていて、次に描かれていたのは一人の青年。夢の中の私は黒板を手にとってただひたすらに涙を流して声をあげて何かを叫んでいた

とても悲しい夢だ。

とっても寂しい夢だった。

今じゃあなんとも思わない夢なのに、意味のわからない夢なのに泣いていたのはどうやら本当のようで、朝起きた私の頬や目元は涙が流れたあとが残っている。酷く気分が沈んでしまっていて薄暗い空を見上げた。ゆっくと昇っている太陽が様々なものに与える光はとても柔らかく、優しいものだ

見るとリンクはまだ寝ていた。一緒に旅をしていて知ったことだが、リンクは相当な寝坊助のようで、この前起こすのは気が引けるからと起こさなかったら起きたのはなんと昼前だったことがある。あのときは正直びっくりした。リンクも思わず自分に苦笑していたほどだった。

そんなリンクを起こしにかかろうとしたところでふと、思いとどまる。そういえば私はまだ顔を洗っていなかった。泣いたあとなのだからせめて顔は洗ってから起こしたほうがいいだろう。リンクという人間はとても優しい人だから心配をかけてしまうかもしれないし、もし心配されなくともなんだか泣いたあとの顔を人に見せるというのは私が嫌だ。よし洗おう。そうしよう。

近くにある川でバシャバシャと顔に水をかけると、またそこでふと思い出す。しまった。タオル寝てるところに置きっぱなしじゃないか。濡れたまんま動くのか・・・・うへぇ嫌だなぁ勘弁してよ本当


「・・・・う〜ん・・・・・」

「お、?」


なんとか手で水を拭えやしないかと実践してみたがあえなくそれは無駄に終わり、仕方ないので顔を濡らしたままタオルを取りに行こうと水を最後顔にかけた。するとほぼ同じタイミングでリンクの唸り声が少し遠くから聞こえる。起きたのだろうか

私はタオルを取りに戻ると同時にリンクのことを確認するためにもしゃがんでいた体制から立ち上がる。そしてまた自分が寝ていた場所で膝を折ると、リンクはパッチリと目を開けた。少しびっくりして「うわ」といえば、リンクの青い瞳がこちらに向けられて、それからみるみるうちに目が見開かれる

な、なに。何があった。私の顔がそんなに酷いものなのか?寝起きにお前の顔なんか見たくねぇよって?そんなの今更じゃないか・・・・あ、もしかして顔が濡れてるからびっくりしたのかな。泣いていたのはもうわからないだろうし、鏡で確認したとき目は赤くなっていなかったから恐らくそうだろうと思いたい。

あまりにも私の顔がブスだからってそんな寝起きに反応されては悲しいものがある。ブスだからっておもむろにそういう反応は良くないと思います!いじめ駄目ぜったい!

リンクだから違うとは本当に思うんだけども

しかし食い入るように私を見てくるものだから、数秒間リンクの視線に耐えていた私はとうとう沈黙を破った。あんまり見られたい顔ではないので、やめてください。特に美形は駄目です


「どうしたの?何かついてる?ってあ、タオルタオル」

「・・・・・・・・顔洗ってたの?」

「うん」

「なんで?」

「・・・・・・・・・・え?いや、なんで、って・・・・」


なんでって、まさかそんな返しが来るとは思わなんだ。今度はリンクではなく私が目を見開く。そして首をかしげた

「ムメイ」。なんだか寂しさが混じったような声色で名前を呼ばれたからリンクの傍に行くと、グローブをはずしている手が私の頬に触れた。びっくりして後ずさろうとするけれどリンクの瞳を見た途端、かなしばりにでもあったかのように動けなくなる

ここで、そういえば、と私は思い出すのだ

この青はつい最近、というかついさっき見たことがあるような色だと頭で何かが突っかかる。それはとても些細なものだったけれど、今の状況から私の気を逸らすには十分なものだった。


「やっぱり、寂しいんだね」

「?」

「ごめんムメイ」


泣いてるなんて全然気づかなかったや。

苦笑するリンクの手を咄嗟に握り締めて、離す。どうして知ってるんだと。顔を濡らしていた私が泣いていたなんて今わかるはずなんてないのになんでわかるんだと、リンクを見つめた。ゆらゆらと揺れる瞳はリンクを映してそこから離れない

リンクの手は温かかったけれど

とても安心するようなものだったけれど、違う。私はこの安心に、身を任せてはいけないと突発的に感じた。どうしてかはわからない。リンクは私が手を引き剥がした途端、今度は無理して笑うことなく悲しそうにした。


「あ、ごめ・・・・・」


リンクが悲しい顔をすればするほど、私の気持ちはまるで風を通しているかのようにスースーして寂しくなった。まだ辺りは薄暗い。だからか青い瞳は太陽をうつして光を宿しているように見えた


「いいんだ。謝るのは僕のほうだからさ。なんとなく、泣いてる気がしたんだ」

「私が?・・・・どうして?そんなに、落ち込んでた?」

「ううん。本当になんとなくそう思っただけ」


そうだ、おはよう、ムメイ

すっと目を細めたリンクの、まだ放していなかった手を握り締めて、今度こそリンクが本当に柔らかく微笑んだのを目で確認して、おはようリンク、と小さな声で返した。どうして、寂しいって、わかるの。私はそりゃあ自分の世界に帰りたいって思うけれど、リンクと一緒にいたらそれなりに楽しくて、今じゃあ寂しさが一瞬でも消えてくれるくらいには旅を満喫してるのに、リンクは私の何を感じたんだろう

何か汲み取られているような気がした。これはきっとたぶん、恐怖だ。リンクが感じているのは、私がこの世界に対して感じている恐怖を汲んでいるのかもしれない

汲んで、外に捨てる。彼は人の暗い気持ちをなくしてくれる不思議な力があるのかもなぁと、心配してくれてたんだと思ってリンクに「ありがとう」とだけ伝えておいた。リンクは何も言わなかった。何も言わなかったけれど、鋭い目つきを緩めて頷いてくれた。

でもきっと、誰にも知られずに涙を水で流してしまうより、誰かに気持ちを見つけられていたほうが私も、寂しくなかったのだ。気持ちは誰かに伝えておいたほうが後々楽だということを私は知っている