兄を追いかけていたはずが、なぜかくるりと突然私のほうを向いた兄がこちらへと素早く近づいてきて、それから足払いされたかと思えば落とし穴に落とされるという、心臓に悪い夢なんだか兄恋しさに見た夢なんだかよくわからないものを見てしまった。なんだこの夢!
でもこうやって思い出してみると、私が小さいときから兄は容赦がなかった。夢の中での出来事もあながちまったくされていない出来事ではなさそうだ。
朝からしかめっ面でリビングに行けば、母に笑われた。なんて顔してるのよと言いながらも納豆や白ご飯を準備してくれる。
「今日はヒーロー本部のほうに呼び出されてるから、行ってくるね」
「あら、お弁当はいるの?」
「あったらうれしい」
「じゃあすぐに作るわね」
このときの私は、まさかあんな人に会うとは思ってもいなかった。
◆◇
「ふおう」
「?どうしたシルヴィ」
「いや。アマイマスクさんがいたから、ちょっとびっくりして変な声が出た」
なんかタイミングよくジェノス君も本部に呼ばれてたみたいで、二人で一緒に出向いた。私は面接があるらしいよと言えば、ジェノス君はおそらくB級になるかならないかの話だろうって言っていた。
ならんっつってんのにしつこいやつらだな。
しばしジェノス君とはお別れで、手を振ってばいばいすると面接があるであろう場所へと移動する。面接時間の15分前には面接室の前にある椅子に腰かけた。やっぱりこういうのはきちんとしなきゃね!ただでさえ普段がだらしないんだから。
しかし15分も前に来てしまったはいいものの、何もすることがない。サイタマさんか誰かに電話か何かしてやろうかと思いながらも、通販サイトをなんとなく見ているとふいに影がかかった。
なんだ?と思って顔をあげれば、そこには思いもしない人物がいた。
「っお、え!?びっくりした・・・・」
「ふふ、そんなに驚くことないだろう?」
「いや驚きますよ」
だってまさか、あの、アマイマスクさんが目の前にいるなんて思わないだろう。確かに本部にいるのは見かけたが、私の目の前になんて。
アマイマスクさんは何を思ったのか、はじめまして、と挨拶をすると私の隣に座った。おいおいおい、何座ってんだこいつ。なんか座ったぞこいつ。
鼻につくほどではないが、あまり好きではない類の匂いがする。くさい。いや、女性受けはよさそうだけど私、柑橘系の匂いしか駄目なタイプなんで!
まぁ、だからといって、アマイマスクに面と向かって「くせぇぞお前」とは言えないので、お口チャックを徹底した。しばらく無言が続いたものの、アマイマスクが声を出す。
「君は実力としてはA級、しかも上位にくいこむほどの人物だと聞いているよ」
「はあ、そうですか」
「次々と賞金首を狩っているようじゃないか。どうしてこちらまで来ないんだ?」
こちら、とは。A級のことだろうか。
いやそれだったら、緊急招集がめんどうくさいとか、そもそもそこまで大きい仕事がほしいわけじゃないしとか、理由はいろいろとあるのだけれども。こんなこと言ったところで、正義に執着しているらしい(ジェノス談)アマイマスクさんの気にふれるだけだろう。
ううん、と考えて、まぁそれなりの理由を絞り出す。
「どうして、と言われましても・・・・そもそも私は、そこまで強くないんですよ」
「いや、君は強い」
「いえいえ。確かに能力的には強いかもしれませんけど。私自身はさほどないのです。耐久力は少しだけならありますけど、それも通常の人間より骨が強いとか、そういったレベルなんですよ。素手で戦えと言われたらそこらへんにいる女の子たちと、なんら強さは変わらないんです」
「それはタツマキだって同じようなものだろう?A級にならない理由としては、不十分だ」
そう返されて、少しむう、と考え込む。
どうしてそこまで私のランクを上にあげたがるのかがわからない。私なんぞC級で十分だと、なんで気づいてくれないのだろうか?
おかめの面の内側で顔を顰めては、アマイマスクさんの顔を見た。
「私個人の理由が他にはある。けれど、アマイマスクさんに話すつもりはないです」
「ほう」
「それに、アマイマスクさんが思っている絶対的正義と、私の正義とではあまりにも違いすぎる。私がいざA級に上がったとて、幻滅しかしないと思います」
そういいながら立ち上がった。面接の前に喉でも潤しておこう。
では、と頭を下げてアマイマスクさんと別れようとする。頭を上げてみた彼の顔は、まるで気に食わないものを見るようなそれだってので、やはり性格は悪いんだなぁとしみじみと思った。
私はA級になんかならない。
ましてやB級にだってなりたくもない。
「その仮面を外して、素顔を世間にでもさらしたら、諦めてA級になってくれるのかい?」
「・・・・・・・・・・・」
「それとも、君がA級になるとうなずくまで、ジェノス君が再起不能になるくらい彼を殴り続けたら、諦めるのか?」
「!・・・・そんなこと出来るわけがない!」
少し焦って大きめの声を出す。アマイマスクは嫌な笑みを浮かべた。
「どうだろうな。できないとは限らない、だろう」
「・・・・・・・〜っ!」
喉に空気が詰まる。つい頭にきて怒鳴ってやろうかとも思ったが、そこで彼を怒らせてしまえば私なんて一瞬で死んでしまうだろう。それはわかっていた。
それがわかっていたから、少し考えて怯んで、けれども出来もしないことを口にした。
「わたしが、っそんなことさせない!!ジェノス君に、そんなこと!」
やはり、嫌なやつだと歯噛みして、私の声に慌てて駆け付けた本部の人たちに連れられながら、今あったことは忘れるに限ると頭を軽く振った。