「きっと、炭治郎は幸せになるよ」
「え?」
ふと、そう思った。
禰豆子ちゃんの髪の毛を梳いてあげながら、今までのことを思い出す。彼の身に降りかかった不幸や悲劇、試練、どれも軽いものではない。とてつもなくつらいし、下手したら彼でなければ乗り越えられなかったかもしれない境遇にばかりあっている。
私だったらまず家族がいなくなった時点で自殺決め込んでた。割とマジ。
平和な時代に生まれて、そこでぬくぬくと育った私にはこんな現実耐えられない。くそ、便利な機器にあふれかえった元の世界に帰りたい・・・・!
まあこの世界ではそんな弱音はいてる暇すらないんだけど。ホームシックにもなるよ20年以上あっちの世界で生きてたんだもの・・・まさか体縮んで別の世界に行くとか思わないじゃん・・・しかも物騒・・・
たまたま竈門家に拾われてなかったら私は死んでいただろうし、ましてやあの時、炭を売りに行くとき。炭治郎が同行の許可をだしてくれてなかったら、竈門家の人たちと共に息絶えていただろう。悲しきかな、別世界に飛ばされるというファンタジーを体験していながら、特別な力は私にはないようだ。普通最強設定とかあるくない?なんなの?
でも、彼と共に動いていたからこそ彼がぶち当たってきた壁を私も見てきた。炭治郎は幸せになるよ、と彼にむかって口にした後、嘲笑気味に笑いながら、そうなってほしいだけなのだと心の中でつぶやいた。
「禰豆子ちゃんは人間に戻るし、平和な時代になって、炭治郎はちゃんと幸せになる。もちろん禰豆子ちゃんも」
「急にどうしたんだ?・・・・・・・本当に」
「なんだろう。なんとなくだよ。二人には一等、幸せになってほしいなあって、最近思うようになってね。・・・・・・なんか、」
今、何もかもに理不尽さしか感じなくて。
そう伝えたら、彼は眉を下げた。私が元気がないと思っているのだろう。いや、別に元気はあるのだ。最近は簡単な任務にしか出ていないし、精神的にも肉体的にも追い詰められているわけではない。でも、なぜか、二人のことを考えるようになった。
それから、自分がいつかここから消えてしまうかもしれないということも。
突然この世界に来たのだから、突然前の世界に戻ってもおかしくはないのだ。その時彼らとちゃんとしたお別れはできないだろう。ほかの鬼滅隊の人たちともできないだろう。パッとお別れをしたときに私の心残りになるのは、正直に言うとこの二人だけだった。深くかかわったから。
近くにあった炭治郎の手のひらを握る。禰豆子ちゃんはもう寝てしまうようで、箱に入ってしまった。
いつもの光景だが、なぜか、酷く尊く、儚いものに感じた。もしかしたら直感的に離れ離れになることを、自分は察しているのかもしれない。
炭治郎の手はとてもあたたかくて、無性に泣きたくなった。
「きっと、幸福にあふれた毎日を送ってね」
「なんでそんな・・・ななしも一緒だろ?なんで泣きそうなんだ・・・・?なあ、」
「一緒だと、いいね」
「ずっと一緒に決まってる!」
「わかってるでしょ、炭治郎」
私はこの世界の人間じゃないんだから、帰る可能性があるかもしれないって。
涙声になりながら伝えた。今まで話題に出したことはなかった。別の世界の人間だということは、一番最初に伝えていたから、それ以降、機会がなかったというのもあるけれど話をすることはなかったのだ。
彼は目を見開く。忘れていたわけではないのだろうが、不意を突かれたような顔をしている。
「炭治郎」
「・・・・・・今さら、帰ることなんて、」
「あり得るかもしれない。私は元の世界ですでに数十年過ごしていて、そして突然こっちに来たんだよ?体も縮んで。もしかしたら、こっちでまた20年くらい生きて、元の世界に帰るかもしれない」
「嫌だ・・・」
「炭治郎」
「ダメだ」
「・・・・・え?」
「ダメだ、そんなこと。もしかして帰る方法を探してるのか?帰りたい?それとももうすでに」
帰る目処がついてるのか?
そう問いかけてきた炭治郎は、冷静なようでいて私の腕を強くつかんでくる。それこそ骨でも折るつもりなのではないかと思うくらい、強く。
炭治郎・・・・?小さく名前を呼んでみても、彼の手は離れず。
「絶対に駄目だ。そんなこと、許せることじゃない」
「でも」
「絶対にななしは帰さない・・・!」
ギチッとまた一段と強く腕を圧迫される。もはや掴んでいるというより潰しにかかってきているのでは?と思うほど。
痛い、離して!そう強めに訴えると、今度は床に勢いよく押し倒された。肩を強く押されてしまえばバランスなどすぐに崩れてしまうもので、背中を強く打ち付けてしまった。一瞬だけ、呼吸が詰まる。
けれども呻き声をあげた私など気にも留めずに、さらに彼は私の顔をがっしりと掴んで、目をそらすことも許してはくれない。
「離れないでくれ!逃げないで・・・・!帰りたいなんて言わないでくれ!!」
「た、たんじろ、帰り、」
取り乱しはじめた彼を落ち着かせようにも、力で彼にはかなわない。かといって、何か言葉で伝えようにも彼に顔の鼻から下を掴まれているため、もごもごとした声になってしまう。
フーッフーッと息が荒くなり、感情的になっているであろう炭治郎の目には、ついに涙まで浮かんで、
「っ、ご、めん・・・・ごめん、ごめんなあななし」
もし君から一度でも「帰りたい」なんて言葉を聞いてしまった日には、怒りと不安で狂ってしまうんだろうな。
「絶対に逃がさない。俺を、許して」