人の視線に気がつかないふりをしながら歩くのは意外と難しい。辺りの雰囲気を感じとり人の視線から真意や目的を探るのは、もはや癖になっている。所謂、職業病なのだ。あなた宛ではないので、と心のなかで返事をしてみた。
またひとつ、視線を感じたが、まるで気にしないというように空を仰いだ。その人は例のバレンタインデーの日に菓子をくれた人だった。なにかの気配を感じたが、やはりそれも人の視線だった。アカデミーの校舎からこちらを視ている。ああ、面倒くさいな。放っておいてくれたらいいのに。

さて、この宛のひとには、先月のバレンタインデーで、まるで意識していませんというような銀杏の実をいただいたわけだが、それを対して何も返さないのも面白くない。貰いっぱなしも好きじゃない。だから返すだけ。
そう何度も自分の心の中で言い訳を復唱しながら、彼女までの道のりを目指す。

夕刻が近づいている。里の商店街には、買い物袋を持った人がたくさんいた。繁盛している店の軒先には大皿に山盛りの惣菜が飾られていて、次から次へと飛ぶように売れていた。照明の加減もあり、てらてらと光る酢豚がやけに目についた。

ナマエは店番でもしているのだろうか。
自分の格好に不釣り合いな手提げ袋。
誰かの視線を感じる。こんな可愛らしい袋を持っているオレが浮いていて、みんなこちらを見ているのかもしれない。
早く渡したい、と思うのは少なからずその反応を期待していて、貰いっぱなしは悪いから、と言い訳を重ねた。

すると偶然にも、人混みの先に目当ての彼女の後頭部がある。自然と足が急いでしまう。
声をかけようと大きな歩幅で近づくと、ぎりぎりのところで、彼女に声をかける男が現れた。

「わ、おどろいた」
「ごめん、やっと見つけたから、つい」

オレが言いたかったことを、オレよりも先に言う男。同世代と思われるそいつは、彼女やオレよりもわずかに背が高く、それが妙に苛ついた。

「ちょっとナマエに聞きたいことがあって」

照れたように笑うそいつに、彼女も応えるように頷いた。なにそれ。なんだそれ。
別に盗み聞きをするつもりもなければ、2人のあとを追いかけたいわけでもないのに、自然とそのようになってしまう。
人混みに紛れてしまえば、ナマエたちからこちらに気がつくことはないだろう。里の中心から家路に向かうものは大勢いて、オレたちもその一部なのだ。

やたらと頬を赤くさせながら話す男が、癇にさわる。救われたのは、ナマエの方が淡々と接していることだった。

盗み聞きはよくないでしょ―――...。

いつかの自分の言葉を思い出して、歩幅を狭めた。そうすれば、自然と彼女たちは離れていく。研ぎ澄ましていた聴覚も、少し気を抜けば、雑踏に紛れていき彼女たちの会話はわからなくなった。





****





「カカシくん、なにかあったの」

お買い上げありがとうございました、と添えて、小銭を受けとりながら、あっけらかんとナマエが言う。渡された弁当と豚汁を受け取り、オレは眉を寄せた。

「別に」
「機嫌悪いね」
「そんなこともないけど」

オレの真意など当然伝わるはずもなく、誰のせいだと思ってるの、なんてオレは言わない。当然彼女は気がつかないだろう。
こんな不釣り合いな手提げ袋持ってるのだから、わかってくれてもいいものを。彼女から聞いてくれたら、オレも流れで簡単に渡せるのに。

居心地の悪い空気が流れると、ナマエは唐突に話し出した。
アカデミーの担任が結婚したとか、相手が里の中忍らしいだとか、美人で有名な人らしいとか、当たり障りない話だった。普段ならまるで興味のない話だったが、それをきっかけにオレは取っ掛かりを探していた。

「結婚っていえばさ、今日もそういう日だし...教室も賑やかだったんじゃないの」

オレ、顔赤いかも。

話し出してみたら、全く器用に話を誘導できなかった。あまりに下手な話の運びに顔から火が出そうだ。マスクをしているので顔は隠れてるし、辺りも暗いけれど、彼女にはどのくらい見えているだろう―。

「だから、つまり、これ。この間のお礼」

1日中持ち歩いた不釣り合いな手提げ袋。
いつどこで会えるかわからなかったので、なかなか手放すことができなかった。ただの待機任務に不釣り合いな手提げ袋は持っているだけでとにかく目立つ。黒っぽい服装の自分には明るすぎる、花が散りばめられた柄の手提げ袋は。

「...私にくれるの?」

その問いに頷く。ナマエは遠慮がちに手を伸ばしている。申し訳ないと思っているのか、受け取っていいものか迷っているようだった。彼女の指先から追ってその顔を見れば、彼女も頬を高潮させているので、オレも余計に顔が熱くなった。もどかしいやりとりが恥ずかしくなって、オレはその手を掴み、袋の紐を握らせた。オレの手は少し汗ばんでいたかもしれない。

「そっちにいくね」

カウンターから店先に出てきたナマエは大事そうに袋を抱き抱えていた。オレが持つよりも、ずっと似合っている。
2人で並んで花壇の隅に腰かけると、すっかり夜になっているというのに、ここだけわずかに明るく光っているように感じた。彼女は膝の上に袋を乗せて、開けてもいいか?と聞くので、勿論と答える。彼女は、まるでとても大事なものを扱うときのように、丁寧に包み紙を開いた。

包み紙の先には小箱があり、開くと、甘いかおりが香る。決していやなものではなく、わずかに。

白地の小箱いっぱいに花畑のような、繊細な菓子が並んでいる。

「わぁモモの花だね。砂糖菓子?」
「和三盆らしいよ」
「和三盆大好き!可愛いね、それにキレイ」

ナマエはキラキラとした目で菓子を見つめていた。胸の中がかゆいような、くすぐったいような、とにかくそわそわと落ち着かない気持ちだ。
彼女の輝く瞳に、ただただ喜んでくれてよかったと思う。

任務帰りに立ち寄った菓子職人が多いという街。とある店のガラスのケースには、菓子とは思えないほど一枚一枚の花びらが美しく飾られていて、きっとこれならナマエが嬉しそうに笑ってくれると思った―――というのは、オレだけ知っていればいいので口にはしない。

菓子を眺めてはキレイと呟くナマエ。

「.....食べないの?」
「どうしよう、もったいなくて...とても食べたいですが」
「菓子は食べてこそでしょうよ」
「うん、いただきます」

モモの花。たまに人の家の庭などで見かける気はするけど、今までは意識したこともなかった。これからは見かける度に今日のことを思い出すかもしれない。
彼女の指先に咲くモモの花を見ていると、忘れられそうにない。

「おいしい〜、いえ、美味しゅうございます」
「言い方がおかしい」
「そう言いたくなるような味なの。カカシくんもお食べ」

促されたまま口にすると、ほろほろと崩れる甘い繊細な菓子だった。きちんと和三盆というものを食べたのは初めてかもしれない。

ナマエがキラキラと期待した顔でこちらを見てくる。嬉しそうに、幸せそうにするので、たしかに、これはやみつきになる。

「....美味しゅうございます」
「言いたくなるよね」

悪戯っ子のように笑う彼女の隣で、いつかまた。



20190705

花言葉:わたしはあなたのとりこ




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