しとしとと雨が降る。乾燥した土が久しぶりに潤うなぁなどと花壇を眺めながら思う。花壇と言っても母が亡くなった後は何も植えられておらず、ただの土と雑草の茂みだ。まるで砂のように白く浮いていた土が、ようやく本来の色を取り戻していた。家の前の花壇なのであまりにみすぼらしいと目立つよなぁと窓からそれを眺めていると、銀色の髪をした彼がこちらに向かってくるのが見えた。

てっきり家で待っているのだろうと思っていたのに、帰ってくると無人だった。先ほど、来ると約束したのに。用事でもあったのだろうかと思い諦めかけていたが、それを終えたのだろうか。玄関前の階段を上って来る気配がして、こちらも急いで玄関へ向かった。

「いらっしゃい」

「遅くなってごめん」

「何かあったのかと思ったよ」

「家で洗濯とかしててさ」

カカシくんは、頬をぽりぽりと掻いた。雨なのに洗濯などするだろうか。きっとなにか誤魔化している。
数日ぶりに二人きりで会えたことが嬉しくて、まずは、どうぞと家の中へ促した。

寒い日だったので、熱いコーヒーを入れた。キッチンから運ぶと、カカシくんはそわそわと落ち津かない様子でソファとテーブルの間を行ったり来たりしている。どちらも座れるようになっていたのだが、どうしたのだろう。私に気が付くと、慌ててソファに腰かけた。
思い当たることもなくて、不思議に思うばかりだ。

「どうしたの?」

「…別に」

煮え切らない返事だ。
熱いコーヒーを手渡すとカカシくんは、ずずりと口に含んだ。

私も自分の分のコーヒーを取りにキッチンへ向かうと、名残惜しそうな視線が背中に刺さる。コーヒーは豆を挽いて紙フィルターでじっくり落として淹れているので、すぐに2杯分できなかったのだ。一人分ずつしか入れられないので、取りに行くだけだってば、と内心思いつつも、あまりにも気になる。
足早にリビングへ戻ると、カカシくんは相変わらず私を目で追っていた。まるで飼い主を待ちわびている犬のような瞳。

「だから、どうしたの」

「なんでもない」

「構ってほしそうな顔してるよ」

「…じゃあ構ってよ」

カカシくんの隣に腰かけると、ソファが静かに沈んだ。
彼はローテーブルにコーヒーカップを置いて、私の腰回りに手を回している。体にのしかかる体重を感じながら、その銀髪を撫でていた。

辛いことでもあったのかな、任務が過酷だったのかなと思いながらも、彼が何も話さないのであれば触れるべきではないと思い、ただその頭を撫でていた。肩に乗っていた頭が、徐々に胸へと移動していくので、よっぽど甘えたい気分なのかもしれない。
あんなに小さかったカカシくんが、こんなに大きくなっちゃって、と親のようなことを思いながら、その頭や背中を撫で続けていた。



* * * *



夜通しのAランク任務だった。フォーマンセルを組んでいた部下の一人が戦闘中に足を裂傷したので、帰還に時間がかかった。隊に医療忍者はいなかったので応急処置を施したところだ。命に別状のない怪我だが、それでもオレは怪我を負わせてしまったことに責任を感じていた。気を付けて居れば回避できる怪我だったと思う。
部下たちはなんてことのない怪我だという態度で、怪我人には別の部下が手を貸しており、4人で森の中を歩き帰った。

「カカシさんは印を組む速さが尋常じゃないんですよ」

「なーにいってんの。褒めても何も出ないよ」

何度か組んだことのあるフォーマンセルのメンバーたちだ。術の特性もお互いの性格も理解しており、十分な信頼関係もある。けれど、オレは一定の距離を保っていて、最後の一歩を踏み込ませないようにしていた。誰とも過度に親しくしないようになったのはいつからだろう。
部下たちは皆優秀で任務も滞りなく済んだ。軽口を叩く間柄でもある。
里に着くとオレは報告書を引き受けて、怪我をした部下に一刻も早く病院へ行くよう伝えた。他の2名にも労わりの言葉をかけて解散した。妙に気疲れしてしまって、ひとりになりたかった。


報告書を提出し帰るだけだと思うと、ちょうど時計は正午を指していることに気づく。考えるよりも先に中忍待機所へ足が向かっていた。ナマエの顔を見て、もし都合がよければ昼飯でも一緒にとろうと思ったからだ。

待機所の手前の廊下ですれ違う忍たちが口々に、お疲れ様ですと声をかけてくる。集団はきっと昼飯を食べに行くのだろう。その中に彼女の姿はなく、きっと彼女のことだから一人で待機所でぼんやりしているのかもしれないと思うと、気持ちが急いだ。

オレと目が合うと、彼女はふんわりと笑うにちがいない。
昼食を食べに行こうと言えば「煮魚定食?」といつかのオレをからかうのだろうか。

そんな想像をしながら、待機所の扉の目の前で、聞きなれた声がした。

「足元にトラップが仕掛けてありましたよ」

「その前に水遁の敵が先に飛んできただろ」

「あの長髪男ですよね。刀の」

「それで術を……」

その声は愛しい彼女に違いなかった。

誰かと話をしているのなら控えた方がいいかと思い扉の隙間から様子を覗く。すると、待機所のベンチでナマエとゲンマが親しい者同士の距離間で報告書を挟んで議論している。

ゲンマは敵の術について分析をしていて、それを事細かにナマエに教えていることは明白だった。ナマエは彼の話を真剣に聞いていて、時に頷いたり考え込んだりしながら報告書を記入しているところだ。
話を少し聞いているだけで彼女の未熟さが手に取るようにわかったが、あれほど丁寧に教えているゲンマには驚いた。普通、直属の部下でなければ、あそこまでじっくりと付き合うことはしないだろう。あれはゲンマには少しも得がなく、ただただ彼女の教育のために行われているのだ。

二人がこうして様々な時間を過ごしてきたのだろうかと思うと、嫉妬よりも先に焦燥が勝った。
気持ちの悪い感覚が体の中心を通るのを感じていた。こんなに傍にいるのに、ナマエはオレに気づかない。


「あ、カカシくん、お疲れさま」

「お疲れっす」

ナマエはいつものように笑った。ゲンマはオレたちの間柄を知っているのか、気まずそうにしている。オレが曖昧に頷いていると、奴は千本を手に持ち、立ち上がった。

「オレちょっと出てくるわ。飯食ってくる」

「…いや、せっかくだから続けてよ。世話かけるけど」

「いいっすよ、ナマエの顔を見に来たんですよね?」

「大丈夫、ほんとうに」

ゲンマが明らかにオレに気遣っているのを感じて、かえって申し訳ない。本音を言えば、今すぐナマエをさらっていきたい気持ちだったが、そうするのは彼女のためにならないと思った。

するとナマエは申し訳なさそうに眉をハの字にして、左右の掌を合わせる。

「カカシくんごめんね。あとで連絡するね。…ゲンマさん、お食事とってから、もう少し、すみません…」

彼女が無意識に発した一言に、こんなに傷つくとは思わなかった。

礼儀正しい彼女のことだ。きちんと、親しい人を後にして名前を呼んだだろうと思うと、胸がぐっと痛んだ。
オレよりもゲンマが親しい人なのだ。

「あとで家寄るよ」

無駄にゲンマを意識して、そんなことをわざわざ言ってしまう自分が幼稚に思える。そうするとナマエは「鍵開けて入ってて」と言った。先日合鍵をもらったところだったのだ。

ゲンマはオレに頭を下げて、またベンチに座りなおす。ナマエの声を皮切りに、また二人は話し始めた。
相変わらず敵の攻撃について話していて、二人は昼飯を食べ損ねるのか、それとも報告書が出し終わったあとに一緒に食べるんだろうかと思うと、黒い感情がくすぶる。


彼女の家に合鍵で入ってもいいと言われたがその気になれず、いったん自宅へ帰ることにした。シャワーを浴びながら、先ほどの二人が話している様子を何度も思い出していた。
恋愛関係ではない、上司と部下の関係じゃないか。普通の男女の距離をとって二人はベンチに座っていた。ただ、簡単に触れられそうなほど近く、信頼しあっている人間同士のそれというだけで。

オレが知らない二人の姿を見せられたような気がした。

仮眠をとると四時間も経っていた。ナマエの家へ急ぐと、窓から彼女が顔を出していて、やはりすでに帰宅していることを知る。
オレがインターホンを押すよりも早く扉が開いた。

「いらっしゃい」

「遅くなってごめん」

「なにかあったのかと思ったよ」

「家で洗濯とかしててさ」

そう言ってから、こんな雨の日に洗濯するなんておかしいなと気づく。でも彼女は追求もせずにオレを迎え入れてくれた。そのことにホッとした。ナマエの前では咄嗟にうまく嘘をつくこともできやしない。

「どうしたの?」

「…別に」

彼女は落ち着かない様子のオレにコーヒーを不思議そうな様子で見つめていた。

「だから、どうしたの」

「なんでもない」

「構ってほしそうな顔してるよ」

「…じゃあ構ってよ」

ナマエに抱き着くと、彼女は優しくオレの頭を撫でていた。調子にのって胸に顔をうずめてみたが、意外にも怒られることはなく、そのままソファへ彼女を押し倒すと、いつまでもオレのことを労わってくれる。小さな手がオレの背中を撫ぜていて、この瞬間はオレのことだけ考えていてくれるかな、と期待してしまう。

結婚の約束をした彼女に、何も心配することなどないはずなのに、オレはとんだ小心者だった。

「今日のカカシくんは、甘えん坊さんだね」

心地よい声が響いて、いつまでもこの甘さの中に埋もれてしまいたいたかった。
だれにも取られたくないんだと、まだ君に言えない。





20180223




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -