子どもの頃、凧揚げをしたことがある。自分の凧が上がらないのが悔しくて悲しくて、帰ろうとすると、はたけさんちのカカシくんが目の前に現れた。カカシくんは目つきも悪いし、優しそうなお父さんとは違って、不愛想でちょっと苦手だ。その少年が凧揚げはやらないのかと問うてくる。もういいの、と鼻をすすると、胸に抱えていた凧をひったくられた。意地悪されるんだろうかと思うと悲しくて、だけど大切な凧を取り返したくて必死に追いかけた。私が転ぶと彼は大いに笑って、本当に嫌なやつだと思った。悔しくてなかなか立ち上がれずにいると、ほらと手を差し伸べられた。温かかった。

そのうち彼は「今だ」と言って凧を飛ばして走り出した。その背中を追いかけると、私の凧はみるみると空高く昇っていく。わぁすごい!と声をあげると彼は「ほら持ってみな」と凧の紐を渡してくれた。そうか、最初からこうするつもりだったんだとわかってお礼を言った。彼は目を丸くして、そのあとほっぺたを赤くした。その時、はじめて特別な男の子に思えた。

それから、カカシくんがお店に来ると、豚汁を目一杯まで器に入れてあげた。彼がいるときは、なるべく彼にお弁当を渡したくて、カウンターから出て彼に手渡した。しばらく経つとお母さんに「カカシくんが好きなんでしょ」と言い当てられた。いつの間にかお母さんもカカシくんをやたらと気にかけているようで、胸の内がバラされてしまうのではないかとヒヤヒヤした。

そんな思い出話をすると、彼はそうだったの、と驚いていた。


* * * *


子どもの頃、正月の終わりに近所の土手を通りかかったときだった。弁当屋のナマエが凧を大事そうに抱きかかえて、土手を上がろうとしている。少女の視線の先には、桃色の凧を上げて盛り上がっている家族があった。泣きべそをかいている少女に、凧揚げはやらないのかと声をかけると、もういいの、と言う。全く、もういいなんて顔していなかった。いつも大人びてみえた少女が、こんなつまらないことで泣いているのかと思うと悪戯心が騒ぎ出して、その凧を引ったくって走り出した。少女は盗られると思ったのか、必死で追いかけてきた。その足は遅く、そのうち土手に生えている草に滑ってずるりと転んだ。間抜けな転び方に笑うと、少女は怒っていた。その手をとると、冷たくて小さい。

そのうち良い風が吹いて、今なら上がるだろうと凧の紐を伸ばして走り出す。少女も一緒に走り出した。凧は空高く舞い上がり、優雅に風に乗った。少女が感嘆の声をあげたので「ほら持ってみな」と凧の紐を握らせてやった。少女は大はしゃぎで喜びながら、寒いのか、それとも走って暑いのか、真っ赤なほっぺたで「ありがとう、カカシくん」と笑った。

どうせお前は覚えてないとか言うだろう。でもオレは忘れるはずがない。
だって、オレはこの時に初めて女の子を可愛いと思ったんだ。


その土手の上で、実は父さんが一部始終を見ていて、家に帰ったあと「あの子のこと好きだろう」と言い当てられた。それからだ。弁当屋に行くたびに、なぜか弁当屋のおばちゃんがオレにウインクしてくるようになったのは。
父さんのおしゃべりめ、本当に恥ずかしかった。

あれから何年か経って、ナマエがアカデミー入学すると決まったとき、弁当屋のおばちゃんが「カカシくん、ナマエのことよろしくね」と言った。
おばちゃん、オレがもらっていいってことだよねと都合よく解釈して今日に至る。

そんな思い出話をすると、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。


あのね、父さん、おばちゃん

明日ナマエと祝言を挙げます。











20180217 fin






























がやがやと騒がしい会場で、司会者が乾杯の挨拶を依頼すると、大きな拍手が沸き上がった。紋付き袴に、テカっとした髪型をさせて彼はゆっくりとマイクの前に立つ。会場から、ヤジとも声援ともとれる声が飛んでいる。

「えー、ただいまご紹介に預かりました。マイト・ガイと申します。
 新郎カカシの永遠のライバル、新婦ナマエさんのアカデミー時代からの友人にあたります。
 まず、新婦ナマエさんですが、見ての通り美人です。アカデミー時代から努力を怠らず、また実家のお弁当屋さんの看板娘として働き者でありました。彼女の食事は本当に絶品で、私も何度か食事をごちそうになったことがありますが、カカシの奥さんにするにはもったいないくらい素敵な女性であります。気遣いのできる心優しい女性でして、いや、本当にカカシの奥さんにするには勿体ない。カカシ、勿体ないぞ」

「…わかったよ。だいたいお前、いつナマエの手料理…」

挨拶中のガイが指を差すと、新郎はいつもの調子で軽口をたたいた。

「そして、新郎カカシですが、ご存知の通り、里を背負う忍者として有名ではありますが、まぁ困ったやつです。オレの永遠のライバルとして長年、切磋琢磨する間柄ではありますが、すぐに真剣勝負をジャンケンに持ち込もうとする面倒くさがりなところがあります。しかし、奴の技術は天下一品です。それはオレが保証しましょう!
さて、ひとつ二人に関するエピソードをお話ししたいと思います。あれは、まだ私たちがうら若き青春の血潮溢れる20歳の頃です。カカシとナマエさんは喧嘩しておりまして、まぁ十中八九カカシの奴が悪いのでしょうが、口をきかなくなっていました。なので、カカシは拗ねて成人式に行かないというのです」

「待って」

新郎が青い顔をして制止するが、ガイは止まらない。否、誰にも止められるはずがない。

「そこで、成人式の当日、オレはカカシの家の玄関の戸を早朝から叩き続けました!『カカシ、ナマエと写真を撮りにいくぞ!』と」

「待って、え、待って」

「カカシはすぐにデレデレと準備を始めました。しかし会場に行っても、恥ずかしがって、まるで新婦に近づけないのです。情けない男です。その夜、酒を飲み交わしていたところ、ナマエと写真が撮りたかったのにとカカシが泣くものですから」

「ちょ、ちょちょっと」

「私は仕方なく、恥ずかしがりやなカカシに代わりナマエに声をかけて写真を撮りました。カカシは泣いて喜んでおりました。カカシはいつまでもその写真を飾っております。それにしても枕元に飾るとは!全くいやらしいやつだ!!」

どっかんと会場から爆笑が沸き起こった。新郎は赤い顔で高砂に棒立ちしている。
アスマが、いやらしいやつだ!と復唱している。そのたび、わははと爆笑が起こった。

「そんな具合に私は昔からカカシの恋を応援してきました。カカシは良いやつです。立派な忍です。ガキの頃からナマエさんにべた惚れでしたから、良き夫となると思います。
カカシ、ナマエ結婚おめでとう!!!二人の門出を祝しまして乾杯の挨拶とさせていただきます。
では、皆さん、グラスの準備はよろしいでしょうか………結婚おめでとう、乾杯!」







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