目を開けると格子柄の天井があった。明るい室内から察するに朝を迎えているらしい。今何時だろうと思い時計を探したが壁掛け時計は見当たらず、そもそもここはどこだっただろうかと思う。 確か昨日はカカシくんと打ち解けて、楽しくお酒を飲んでいたはずだ。それで、月を見ながら歩いて…そのあたりから記憶が曖昧だった。そういえばだれか人に会って話をしたような気もするし、カカシくんがおんぶしてあげようかなんてふざけているので、それを断って…あれ? 温かい布団のぬくもりと睡魔に負けそうになりながら、なんとか寝返りを打つと、人間がいた。スヤスヤと眠るその人は銀髪の彼で、初めて間近でその顔を見た。彫刻みたいな綺麗な顔だ。目元の彫が深いし、古傷はこんな風になっているのか…などと観察してしまう。そこでようやく、この状態の異常性に気が付き、胸騒ぎがした。 私の気配のせいか、その人はゆっくりと瞼を開いた。気だるそうに「おはよー」と言う。カカシくんだ。それは、わかる。そうか、きっと飲みすぎて眠りこけてしまったのか…と失態を恥じつつ、彼を見ると、まるで何を身に着けていないように見える。まさかと思うつつも、布団を上げて自分の恰好を確認する。服を着ていない。下着は身に着けているが…まさかの状態だ。 「おはよう…」 「んー」 「ここ、カカシくんの家…?」 「そう。ナマエ、昨日すごかったね〜…」 もそもそと動き出すカカシくんを見ながら、顔が青ざめていくような、赤く染まっていくような気持ちで忙しい。 うそだ。私はそんな人間ではないはずだ。 「な、何が?」 「覚えてないの?まったく、嫁入り前だってのに」 ふわぁぁと大あくびしながら彼は、モゾモゾと布団から腕を伸ばす。丁度彼の頭の真上に時計があったらしく、その時間を確認すると「まだ余裕だな」と呟く。 今のところ、彼の言葉を総合すると、嫌な予感しかしない。 「ごめん、ちょっと、いろいろ整理したいんだけど、つまり、そういうことでいいの?」 「そういうことって?」 こんなこと、今まで経験にない、というのが正直なところだった。 羞恥心でいっぱいだ。一刻も早く、この場から立ち去って逃げたいが、肌を見せるのが恥ずかしいので布団から出られない。彼もまた布団にもぐっていくところを見ると、起きる気はないらしい。 「…はっきり聞くけど、しちゃった?」 「なにを」 「わかってる、よね」 彼の返しには悪意しか感じられない。明らかにその単語を言わそうとしてるだろう。 先ほどまで寝ぼけ眼な顔をしていたはずのカカシくんが、ニヤニヤ意地悪い笑みを浮かべている。頭の中が15歳のままなんだろうか。呆れる気持ちと、そんなことよりも自分のしでかしてしまったことのショックで気持ちに余裕が持てなかった。 「気持ちよかったね」 そう言って、カカシくんはにっこりと笑った。くらりと眩暈がした。 * * * * どうにか午後の待機には間に合ったが、私は今それどころではない。今まで、真面目一筋に生きてきたと言うのに、まさか自分がこんなことをしてしまう人間だったとは、自分で一番驚いている。 確かに昨夜は盛り上がってお酒を楽しく飲んだし、彼に惹かれている自分がいることは認める。けれど、そこまでハメを外してしまうのってどうなんだろう。というか、なぜ彼はあんな平然としていられるのだろうか。慣れっこなのだろうか。今、私と彼の関係ってどういうことになっているんだ。 「あれ?今日すっぴん?」 「家を出る前にバタバタしちゃってね…」 「寝坊したの?」 寝坊程度のことだったら、どれほどよかっただろう。 待機所で頭を抱える私の横に、アンコちゃんがすとんと座った。アンコちゃんはゲンマさんを通じて仲良くなり、もう10年来の友人だ。私よりも階級は上だが、年齢は年下で仲良くしている。 彼女は特別上忍なのにどうしてここにいるのだろうか。きっと誰かと任務なんだろうなぁと思いながら、備え付けのコーヒーを飲んだ。二日酔いのせいか、頭がガンガンする。 「ナマエって、カカシと付き合ってるの?」 「…っ…ゲホ」 ビクリと驚いて、コーヒーが妙なところに入ってしまった。私は一瞬体が浮いたかもしれない。 改めて問われてみると、肉体関係はあったかもしれないが、好きだとも付き合ってとも言われた記憶がない。 ともなればこの場合の返事はこれ以外にないだろう。 「…付き合ってないよ」 「そうなの?最近、いろんな話聞くのよねー」 「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」 「はいはい。あんた顔色悪いわよ、酒くさいし」 「ごめんなさい…」 今の段階でこれ以上の詮索は辛いものがある。それになにより、話せるような状態じゃないだろう。 洗面台で手を洗っていると、鑑に写る自分の顔が本当に青白いので驚いた。そのうえ、化粧もしていないのだから隠すこともできないでいる。カカシくんみたいに口布があればこういうとき、ものすごく便利なのに。 用もないトイレの個室でしばらく座り込んだ。 私はどうすべきなのだろう、どうした方がいいのだろうか。 昨日飲みながら、婚姻届のことや何もかもはっきり聞いてしまえばよかったのにと後悔が募る。だいたいなんで結婚なんて言い出したのかがさっぱりわからない。10年間もろくに話していなかった女にそんなこと言うだろうか。 ただ、きちんと話もしないままこうなってしまうということは、最初からこういうことが目当てなんだろうか。 わからない。 「あーどうしよ…」 今朝は、半ばパニック状態だったので、カカシくんがシャワーを浴びに行ったのをいいことに、逃げ帰ってきてしまったのだ。近くにあった自分の忍具ポーチは持ってきたが、見つからなかった服は諦め、ほぼ裸だったので変化の術をして外に出てしまった。万が一、途中で術が解けたら、すっぽんぽんなのだから、私はなかなか冷静ではなかっただろう。 そこでコンコンとノックがあった。 「ナマエ?具合どう?」 「あー…うん、大丈夫だよ」 「今カカシが来て、あんたを探してたみたいだったけど」 なにもしていないが、一応トイレの水を流して外に出た。 怪訝な顔をしているアンコちゃんに嫌な予感がしつつも、手を洗うパフォーマンスは忘れない。 「今トイレの前にいるんだけど、どうする?」 「………お願いがあります…」 彼女の困りはてた顔を目の前に何度も頭を下げる。 建付けの悪いトイレの窓を開けると、びゅうという勢いのある風が入り込んだ。丁度目の前の屋根に飛び移れそうだった。 「へー…トイレの窓から出ていかないといけないような急用を思い出したって?」 「具合悪そうだったからねぇ」 アンコちゃん、ごめんなさい。本当にごめんなさい。 そう心の中で繰り返しながら、トイレの個室の中で気配を消している。 先ほど、わざわざ窓の外に走り去る分身を出したので、一応外へ出ていったようには思えるはずだ。 こんな子ども騙しであのはたけカカシが騙せるのかという問題なのだが・・・。 扉の外のカカシくんの声色から、なかなかの苛立ちを感じる。 だが、今すぐカカシくんと顔を合わせて話すような度胸はない。そのうえ、待機命令が出ているので、この建物から出ていくこともなかなか難しい。ともなれば、今はこの方法しかあるまい。 このまま今日はやり過ごせますように、と祈った。 20180213 |