今日も鮮やかな夕日だとのんきに窓を開けて、黒板けしをパンパンと叩いた。いつも思うけれど、窓をあけてやると、室内に入り込む空気のせいで、全部の粉が自分にかかってくる気がする。
目の前の煙たさにコンコンと咳をした。

アカデミーの中庭の向かいの建物には忍の待機所がある。私はそこに時折現れる少年を見るのが小さな楽しみだった。授業の毎時間ごとに黒板けしを掃除する係になったのも、彼の姿を見るためといっても過言ではない。
私にはクラスメートにこれといって仲のいい子がおらず、特別嫌われているわけでもないとは思うのだが、休み時間はいつももて余していた。これも気質というものだろうか。私は誰かと特別に仲良くすることが苦手だ。
そのため、この毎時間の休憩時間に仕事がある係いうのはありがたく、むしろ私のためにある係といってもいいくらいだった。

ふと窓の真下に見慣れた人が見える。
彼は、私のアカデミーのクラスメートと話をしている。もともとはカカシくんも私のクラスメートだったのだけど、飛び級して一足早く忍になってしまった。
クラスメートのみんなは彼が大人っぽくて強くて格好いいという。
確かに顔はカッコいいが、大人っぽいというのは、いまいち納得できないでいる。

さて、つまり、彼は自分の元クラスメートと話していることになる。
そのクラスメートは綺麗な金髪の女の子で、ひと目見ただけで10人が10人とも可愛いと絶賛するような子だ。そんな子から、ピンク色の紙袋を渡されているところを見ると、きっと込み入った話なのだろう。今日ってなんの日だったっけと首を傾げた。

耳を澄ませていると、彼の聞きなれた声がした。

「悪いけど、人からもらったものは喉を通らないんだ」

忍者の模範解答みたいなことを言うんだなと思った。

喉を通らないということは、おそらくあれは食べ物なのだろう。
そこでようやくバレンタインデーということを思い出した。どおりで朝からクラスがざわついているわけだ。

バレンタインデーというのは、女性から好きな男性にチョコレートやお菓子をあげる日だ。
ということは、あのクラスメートはカカシくんのことが好きだったのか。勝手に人の秘密を知ってしまったことに、いくばくか罪悪感が芽生える。盗み聞きなどしてしまって、彼女に悪かった。これは私の胸の中にしまっておくから、許してねと心の中で言う。
そのうちカカシくんと目が合い眼光鋭く睨まれた。やばい、と思って首をひっこめたが、今更そんなことをしても無駄だろうということはわかっている。


家路につくとき、辺りの男子が小さな手提げを手にしていることに気づく。みんなそれぞれイベントを楽しんでいるのだ。それなのに私ときたらイベントごと忘れていたなんて。

バレンタインデー、去年はお店に来るお客さんにクッキーを焼いたりしたのだが、今年はそういう準備をしなかった。それとも今頃になって大慌てになって何か準備しているのだろうか。母ならあり得る。彼女はそういう女性だ。





「おい」

ぽんと頭に衝撃があって、何かと思えば、先ほど中庭に呼び出されていたカカシくんだった。
後頭部を彼に小突かれたらしい。

「盗み聞きはよくないでしょ」

「ごめん。偶然開けたらいるから、ついね」

そういう彼の手元には、大きな茶色の紙袋が下がっている。その中には、大事な何かが入っているのだろうか。あの子には断っていたのに、受け取ってる分もあるということは、本命だろうか。
私の視線に気づいた彼は「あぁこれね」とため息をついた。

「あげるから食べていいよ。感想だけくれると助かるけど」

「え、なんでよ。自分で食べなよ」

軽蔑の意味を込めて、責めるようにそう言って思い出した。そういえば、彼は甘いものが苦手だったのだ。

「さすがに先輩からは断り切れなかったんだよね」

「あぁ…それはそうだよね、お疲れ様」

げっそりという顔の彼に、クスリと笑った。

「じゃあさ、ナマエも一緒に食べない?さすがに開けるくらいはしないといけないし…でもオレ正直、すでに胸焼けしそう」

確かにその袋からは甘い香りが漂っている。私からしたら、幸せな香りだったけれど、彼にとってはつらいのだろう。
あげた人も気の毒だなと思いながら、私の家でお茶でも入れて食べることにした。彼も今日はもう帰るだけらしい。久しぶりにゆっくり話ができると思うと、嬉しかった。

家に帰ると店にはバレンタインの品をきちんと用意していた。既製品だったので昼間に急いで買ってきたのだろう。店番の免除を手に入れた私は意気揚々と、人様のお菓子を堪能することにした。


2月にもなると人がいなかった室内は極寒で、家につくなり灯油ストーブに火を灯す。懐かしいような独特な匂いするなあと、いつも思う。部屋も温まってきた頃には、窓が結露していて、露がしたたった。彼が帰るころには外は寒いだろう。

カカシくんから渡された紙袋のなかには、思ったよりも沢山の箱が入っていた。封を開けることすら放棄した彼から、それらを預かり順番に開いていく。

「あけまーす、クッキー。これは、チョコ。えーとチョコ、次はクッキー…」

「言わないで。気持ち悪くなってきた」

中身を言うだけで彼には大ダメージらしい。
鼻と口を手で覆うくらいなので、本当に苦手なんだろう。部屋にチョコレートやクッキーの甘い香りが広がると一層顔をしかめた。

美味しい紅茶と一緒に食べたいところだったが、残念ながら煎茶しかなかったので我慢してもらう。最も彼は食べる様子もないのだが。
カカシくんはその煎茶で何度も口を温めている。

「見て!美味しそうだよ。ひとつ食べてごらんよ」

「ナマエが食べてみて、あんまり甘くないやつだったら教えて。でも匂いがもう…」

「鼻が利くのも大変だね」

いただきます、と手を合わせた。彼は遠い目でこちらを見ている。

テーブルの向かいに座る彼の位置が、いつもよりテーブルから遠い。椅子を後ろに下げて少しでも、お菓子から遠ざかりたいのだろう。だが、狭い家なのでそれほど離れることもできないでいる。

「あ、おいしー!はちみつクッキーだよ」

「甘いの?」

「激甘でバターしっとりなのが美味しい」

「…もう喋べらないでいいよ」

呆れたような目で睨まれた。私が話すとはちみつくさいのかなと思い、大人しく食べることにした。
今日も一日学校で過ごし、私はまぁまぁ空腹だ。カカシくんに食べてもらいたかった女の子たちには申し訳ないが、彼がいらないというなら、私が美味しくいただこう。お菓子もそれが本望だと思う。

むしゃむしゃと食べ続ける目の前で、カカシくんは何かモゴモゴと言い始めた。


「…ていうかさ、ナマエはないの」

「なにが?」

「バレンタインでしょ」

「あはは。カカシくんたちを見るまで忘れてたくらいだよ」

そう言うと彼は「あーそう」と面白くなさそうだった。甘いもの嫌いなのに、どうしたんだろうか。


しかし、そういえば、昨年のバレンタインに紅茶クッキーをあげたときは、カカシくんもふつうに食べていたような気がする。うちの常連客の年齢層は高めなので、いつも甘さ控えめに作っているのだ。ちなみにカカシくんにあげたものは、店用に作ったのを流用した。あれがそんなに食べたかったのか。それしか思い当たることがない。

あるいは、夕刻なのだからきっと彼も空腹なのだ。そうにちがいない。


「カカシくん、お腹すいてる?」

「多少はすいてるけど、あとで弁当買って帰るから」

「じゃあ小腹に入るものを探してくるよ」

「…おかまいなく」

一応来客だということを、すっかり失念していた。なにも出さないわけにはいかない。私は彼の持ち込んだお菓子を鬼のように食べているし。

台所を漁っているといいものを見つけたので、さっそく鉄板で炒り始めた。カラカラと可愛らしい音が響く。独特な香りとともに、ぽんっと時折皮が破裂して、飛び出すので危なかった。彼はその音がするたびに、座っている椅子を傾けてキッチンを覗いている。心配なのだろうなと思った。

塩をまぶすと、なかなか美味しそうに出来上がった。ぷっくりと黄色い実が顔を出している。


「はい、ハッピーバレンタイン!」

「…銀杏?」

「そう炒り銀杏。塩つけて食べると美味しいよ」


炒り立った銀杏を新聞紙の上にざっと開けてテーブルに広げる。塩は振ってあるが、一応小皿に粗塩を盛った。

殻を割って、粗塩に銀杏をつけてひとつ取り出した。出来立てなので殻はものすごく熱かったけれど、黄色い実がホクホクと湯気を立てていた。つるんとしていて太った実が可愛らしい。

それをカカシくんに渡すと、彼は手で受け取ると思ったのに、口を開けたので驚いた。ちょっと照れたけれど、その口に銀杏を放り込んだ。指が少し彼の唇に触れて、ドキリとした。


「…おいしい?」

「うん、美味い…!」

カカシくんが後ろに下げていた椅子をテーブルに近づける姿に笑ってしまう。積極的に食べる姿勢だ。そこから彼は黙々と殻を割って銀杏を味わっていた。

私もクッキーやチョコを食べたり、たまに銀杏をもらったりした。甘いものとしょっぱいものを交互に食べるのは、まさに悪魔の組み合わせというやつで延々に食べ続けてしまう。銀杏の独特な匂いと苦みが美味しい。

食べながら、中庭の彼の言葉を思い出した。人からもらったものは喉を通らない…確かに、アカデミーで毒物の混入などの可能性があるため、やたらと人から貰った物を口にするのはよくないと習った。しかし私から言わせれば、今までの彼の行動にまるで当てはまらない。私の家はお店なので特殊な部類に入るのだろうか。

「カカシくんはさ、普段から人からもらったものは喉を通らないの?」

「あまり知らない人から貰ったものは口にしないかな。でもそれに毒が入っているとは思わないけど」

私がカカシくんがもらったお菓子を疑っていると思っているらしい。

「そうじゃなくて、私があげたものはいいの?本当は迷惑?」

淀みなく銀杏の殻を剥いていたカカシくんの手がピタリと止まった。

「…お前のことはよく知ってるから、迷惑じゃない」

平然とした顔で言うけれど、その彼の耳は少し赤くなっていた。
それを見たら私も変に意識してしまい、「それはよかった」と言いながら俯いた。

カカシくんのために、甘くないクッキーを作れば良かった。せっかくのバレンタインなのに、こんなじじむさいものでいいのだろうかと思ってしまう。
ちらりと見たカカシくんの顔を伺うと思いのほか嬉しそうだったので安心した。
取り留めのない話をしながら、パキと殻を割る音が部屋に響いた。


「バレンタインに銀杏で、ごめんね」

「今日もらった中で、これが一番嬉しかったよ」

ぱくりと黄色い実を口に入れるカカシくんは、本当に美味しそうに食べている。
彼の言葉に大きな意味はないのかもしれないけれど、一番嬉しい、という言葉が温かく胸に響いて、私は照れ笑いした。





20180209




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