結局、あの日の定食屋では昼休憩が終わると言って逃げ帰ってきてしまった。それからは、カカシ上忍と顔を合わせないように細心の注意を払って生活している。

カカシ上忍が待機所に訪ねてきてからというもの、私には平穏な時が奪われてしまった。同僚は好奇心旺盛に内容を尋ねてくるし、大して仲の良くない人までやたらと気さくに声をかけてくるから本当に嫌になる。まさか結婚を迫られていますと言えるはずもなく「ごめんなさい。今忙しいから、またあとでね」と逃げ回っているのだ。
しかし、それでは噂は大きく広まるばかりで、自分の周りでヒソヒソと話をされるのは気分がいいものではない。

任務報告書を書きたいが待機所では「はたけカカシ訪問事件」のことで同僚に捕まるし、どこで書こうかと悩みながら、廊下を歩いていた。すると突然知らない美人くノ一に肩でぶつかられ、さらに睨まれてしまった。一体私が何をしたというのか…
肩を押さえながら、だんだんとムシャクシャしてきた。

世の中なんて理不尽なんだと心の内で嘆いていると、今度はコテツくんが目の前からやってきた。
彼は私の顔を見るなり、目を弓なりにさせて「よう、話題の真相教えろよ」とのたまう。さすがの私も舌打ちが炸裂しそうだ。

「その話題は本当に勘弁して」

「はっきりさせようぜ。実際なにがあったんだよ」

「話すと長くなりそう…そうだコテツくん、今夜飲み行かない?」

「行く行くー」

突如、背後から気配がして、ひぃと悲鳴が漏れる。恐る恐る振り向くと、はたけカカシ上忍が満面の笑みで立っている。真正面のコテツくんは何を察知したようで、冷や汗をかいていた。

「あー…オレ今日用事あるから今度な。カカシさん失礼します」

ペコリとお辞儀をして逃げるように立ち去るコテツくんを目で追いかけてSOS信号を送ってみたが、彼は何も受信していませんという顔をしている。ぴくりとも動かない顔に、薄情者め、と心の中で叫んだ。
私も向き直って「では、失礼します」と言ってみたが、カカシ上忍にがしりと腕を掴まれた。

「どこで飲もうか」

「私まだ報告書を出してませんで…作成にも時間がかかりそうなので、今日はちょっと都合が悪いですね、はい」

「またまたー。あいつと飲めてオレと飲めない理由なんてないでしょ」

「…カカシ上忍をお待たせするわけにはいきません」

「カカシ上忍、ねぇ。時間がかかるの?今日の任務は…へー、巨大イノシシ退治ねぇ。忍術でも使うのかね、このイノシシは」

題目だけ書いた報告書を奪われ、読み上げられる。時間がかかるわけあるまい。体術と忍術でヒュのドンでいっちょ上がりというお気楽な任務だった。報告書だって、さっと書いてすぐ出せる。

「いやー…あの、待機所も混んでたし、座って書きたいから一度家に帰ろうかなって」

「そうなの。じゃあオレも家ついていこうかな」

なんだと、それは困る。

「…やっぱり面倒くさいので、どこか近場で探します」

「オレがいいところ教えてあげるよ。おいで」

私の報告書を持ったまま歩き出してしまったカカシ上忍を、追いかけると、どこへ連れて行こうとしているのが察しがついた。私が用事がない限り絶対に立ち入らない、まさかの場所だ。
さっそく逃げ出そうとした私の肩を掴んだカカシ上忍が、ぐいぐいと押してくる。

「だ、だめです。上忍待機所じゃないですか」

「だめなもんかね。そんな決まりないよ」

「そうですけど、でもそうじゃないんですってば」

「オレがいいって言ってるでしょ」

押し問答を繰り返しているうちに、彼にかなうわけがなく、その扉をくぐってしまった。
こんなところを人に見られたら、また妙な噂で騒がれることになるなと思うと、心底げっそりする。だが、意外にも待機所に人はおらず、私は心から神様的な何かに感謝した。私の日頃の行いが良いからに違いない。

カカシ上忍は「さ、手早く済ませてちょうだい」と言ったきり、いつもの本を広げている。報告書を書きながら、飲みに行くことだけはどうにか阻止しなければならないと言い訳を考えることに専念した。
そうだ。今日の任務地は遠かったし疲れてるから帰りたいって言おう、と決めた。

出来上がった報告書の見直しているとき、部屋の出入り口で人の気配がした。あと少しだったのに人が来てしまったかと思いながらそちらに視線を向けると、大きな体格の見知った男性だった。

「カカシと、お!ナマエ。久しぶりだなぁ」

アスマくんはアカデミーの同級生だった。もっとも彼は優秀なので私よりもはるか先に卒業したので同級生だった期間は短い。あまり接点がないので名前を覚えられていることが驚きだ。意味深な笑みを浮かべる彼を不思議に思いながら挨拶する。カカシ上忍はなにやら怪訝な顔をしていた。

「ナマエもう報告書できたでしょ。じゃアスマ、オレたちもう行くから」

「まぁ待てよ。なんだお前ら、付き合ってんのか」

突然言われて、心臓が止まりそうだった。

「そんなまさか!」

両手を振って否定する私。カカシ上忍は不穏な空気を出していて、しまった、と思った。

「…もういいでしょ。行こう」

影を落としたような彼の背中を見つめながら、私が否定するなんて失礼だったかなと心配になった。明らかに気落ちしている。スタスタと歩き出す彼を追いかけるようにして、上忍待機所をあとにした。

歩きながら、ここで先ほど考えた言い訳を口にしないと、飲みに行くことになってしまう。言わなければと思うけれど、落ち込んだ様子の彼に言い出せるはずもなく、その横顔を眺めていた。


受付所に入ると、カカシ上忍と並んで歩いているだけで人目が気になった。皆、私へジロジロと視線を飛ばしてくる。また明日から大変なことになりそうだと思うと、胃痛がしそうだ。

仕上がった報告書に不備はなく受理されるのを待つだけだ。簡易的な処理で滞りなく終わり、次の任務の命令書をもらって帰るところだった。
私が報告書を提出する傍らで、カカシ上忍は窓際に立っていた。外の様子を眺めているだけでも絵になるなぁなどと思ってしまう。

近づくとき、まるで10年前のあの時のようだと思った。受付所の前で、窓際に立つ彼と歩み寄る私。

あの時も彼は窓際に立っていた。私は外からそれに気が付いて、母の死を伝えようと歩み寄ったのだ。
「カカシくん、お母さんが死んじゃったの」その一言を伝えようとしていた。
慰めてほしかったのか、嘆きを聞いてほしかったのか、今となっては、どうしてそうしようとしたのかもわからない。ただ彼に聞いてほしかった。私と彼の仲なら、そうするのが自然だと思っていたからだ。

頭の中で再生されているあの日の出来事が、今のこの状況と合わさっていく。


「…カカシ上忍、」

「あのさー」

ドキ、とした。あの胸が張り裂ける感覚が戻ってきたようだった。

窓から入る夕日が眩しくて、彼の表情はよく見えなかった。

「カカシくんって、呼んでよ」

あの日とまるで逆の言葉だ。


「…他の男のことはそう呼ぶくせに」

拗ねたような表情で、そういうと、ふいと顔をそらして歩き出した。コテツくんのことを言っているとすぐにわかった。
早足の彼を追いかけるべきなのか、それとも、あの日のように立ち去るべきなのか考えてしまう。

あの時だってそうだった。彼になんて言葉をかければいいのかわからなかった。とても考えて、考えて考えて、彼がしてほしいことをしようと思った。
―――なんて、本当はそうじゃない。私は逃げたんだ。これ以上自分が傷つきたくなくて、彼の言葉の真意なんて考えようとしていなかった。ただ、怖くて逃げただけだ。

でも今は、あの時とは違う。今は、彼の考えていることが手に取るようにわかる。

なら、彼の望むことをしなければ

「…っか、カカシくん!」

一歩踏み出して、その背中を追いかける。彼の袖口を掴んだ。心臓がどきどきと高鳴るのを感じていた。
ゆっくりと振り返った彼の顔に、夕日が差して染まっている。

「なぁに、ナマエ」

陽が灯ったように、心の中が照らされていく。こんなにも嬉しそうに彼は笑うんだ。

きっとあの日もこうしていれば、私たちの10年は違ったものになったかもしれない。私が間違えたんだ。そう思った。




20180206




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