こんがりと焼き目のついた鮭、きらきらと光る白米、湯気の上る豆腐とわかめの味噌汁、キュウリのシソ漬け。
焼鮭にドバドバとしょうゆをかけて食べた。それでもやっと塩味が感じられる程度だ。米も味噌汁も漬物も、ろくに味がしない。鼻はいいはずなのに、いつからか味覚はめっぽう弱くなった。
凄惨な現場の任務のあとほど、その傾向が強いことに気が付き、ストレスに弱い家系なのだなと思う。塩の取りすぎが体に悪いことは承知していたが、だからと言って味のしない食事をするのはつまらない。固形物がただ口に入って噛んで飲み込むというのは苦痛以外の何物でもなかった。

「カカシくん。食は元気の源、だからね」

いつかナマエの言葉が頭を過って、胸がぎゅと締め付けられる。さっきまで味がしていたのに、また味がしなくなった気がする。








【本日、待機場所は中庭へ変更。待機忍は餅つき大会への参加必須】

待機所へ着くなり扉には大きな張り紙がしてあった。げんなりしたのは、オレだけではないだろう。

「最悪な日だな…」

ただでさえ寒い季節に、待機所のストーブ前にいたって寒いというのに、中庭で待機しろという。その上、嫌でも聞こえてくる窓の外の子どもたちの騒ぎ声の中、餅をつけとはなんたることだ。餅つきしながら待機する忍は木の葉隠れ以外にもあるのだろうか。

張り紙には気が付かなかったということにして、座って本を読み始めた。
しばらくすると廊下から不穏な気配が近づき、勢いよく扉が開く。冬に似つかわしくない大量の汗をかいたアスマが顔を出した。

「お前だけ逃げられると思うなよ…」

朝から待機命令を受けていたアスマは、待機忍たちがとことんバックレているため、もう何時間も餅をついているという。お前だけ逃げるなというが、アスマは全員から逃げられている。「杵が似合うよ」と褒めてみたが、アスマの怒りを膨張させただけで、なぜかその怒りは全面的にオレに向かっている。オレは先ほど待機が始まったばかりだというのに。

「午後からお前とガイが待機に入ると聞いて、オレは待ちわびていたんだ」と言って、アスマは煙草に火をつけた。

ガイはすでに餅をついているそうで、オレにもさっさと中庭へ向かえと言う。

今年からこの餅つき大会はすべて無償で賄われているようになり、待機忍を利用することを勘定に入れているのだろう。
アスマと同じ時間の待機はくノ一ばかりだったそうで逃げられてしまい、察しのいい男性の忍たちは餅つき大会の日にわざわざ有給申請を出して欠勤しているらしい。恨み節が止まらないアスマの禍々しいオーラに気圧されて、仕方なく中庭へ向かった。


ガイは凄まじいスピードで餅をついていたが、水を入れる合いの手の老婆は只者ではないだろう。まるで組手のような迫力のある餅つきを、皆、固唾を飲んで見物している。

このあとにやらされるのも嫌だなと思って、逃げ場所はないかと考えていると、見物客の誰かが「写輪眼のカカシだ!」などと余計なことを叫んだ。ガイが「オレの永遠のライバル、写輪眼のカカシよ!この杵を受け取るがいい」と高らかに叫び、歓声が沸き起こって、あっという間にオレは臼の前へ立たされた。仕方なくつきはじめると、子どもたちが楽しそうにオレの周りを走り回ったりするので、笑みを浮かべた。そのうち、アカデミー生の放課後が重なり、腹が減る時間らしく一層人が増えはじめた。「その餅を食べたら強くなるから、いっぱいついてね!」と目を輝かせる子どもたちの期待を、オレが裏切れるはずもなく、ガイへの交代の機会も逃して、延々とつき続ける羽目になった。


合いの手の老婆は「つきたての餅は美味しいよ」と言うが、実のところ、ここ1〜2年ほど前からストレスのせいか味覚が狂っている。強い酒、濃い味でなければ、ろくに感じられないようになっていることは自分でもわかっていたので、せっかくの餅を味わう楽しみがないのは残念な気持ちだ。



「おつかれさん。休むならテントの中にストーブがあるよ。せっかくだし色々と食べなよ」

「ありがとうございます」

ようやくガイと交代して休憩していると、世話役のかたが声かけをしてくれた。汗をかいたせいか体が冷えて、風が吹くと急激に寒くなってきた。この大会も終わり時が近づき、人もまばらになっている。

テントへ近づくと、会いたくて焦がれていた相手がそこにいた。夕日を背負っていて、輝いて見える。
大きな鍋の前で給仕する姿はいつかの面影を感じたが、すでにあれから10年も経っていて、少女だったその人は立派な大人の女性になっていた。
彼女はオレに気が付くと会釈した。自然と顔が綻ぶ。


「…お疲れ様です。よかったら、なにか召し上がりませんか?」

「そうだな…汁物いただこうかな。餅はいいや」

「すみません…汁物はもう終わり際であんまり具がないんですけど、いいですか?」

「うん」

こうして目の前に立っていると彼女は小柄な女性だ。白い手、丸い小さな肩と頭のてっぺんのつむじ、愛しさを詰め込んだようで、どうしてこんなにオレの好きな形をしているんだろうと思う。
そのまま顔を上げてほしかったけれど、ナマエは目を伏せたままで、オレの指先しか見ていなかった。

ナマエが大鍋の中をお玉でかき回すと、ぼうわっと大きな湯気が舞い上がった。
温かい汁物が入った白い紙コップを受け取って、ストーブの前に座った。少し彼女と距離をとってしまったのは、傍に座る理由が見当たらなかったからだ。テントの中には、オレたちの他に誰もいない。賑やかな臼の周りとは違って、まるで静かだった。

湯気が立つ鍋の前で、頬を紅潮させたナマエが静かにたたずんでいる。彼女と同じ空間にオレが座っている。それだけで胸が弾む。

白い湯気を立てている紙コップの汁を一口飲み込むと、ふわっと味噌の香りがした。野菜のかけらが口に入ってきて、噛み締めると甘みが広がった。馴染みのあるあの味だった。
出汁の香りも、野菜の甘みも、塩味も、すべてが体の中に入ると「求めていたものはこれだ」とわかる。胸の穴が埋められていくように、熱が体の底からじんわりと馴染んだ。

「…味がする」

ぽつりと呟いて、彼女がこちらへ振り返った。泣きたくなるような喜びだった。

繊細な味や香りが、すべて感じられた。手に取るように、昔のように、温かさが体の隅々まで染みわたっていく。
口元を抑えたままのオレにナマエが心配そうに近寄ってきた。どうしましたか、と掛けられた声が優しく響いて、くすぐったく感じる。耳が熱い。
小さな紙コップの豚汁はすぐに空になってしまって「もう一杯ちょうだい」と言うと、彼女がふんわりと笑ったのがわかった。
今日は最高の日だ。











20180130




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