渦の中にいる。ぐるぐると頭の中でさまざま記憶が繰り返される。それはすべて彼女に関する記憶だった。浮かんでは消えて、また異なる出来事が出てくる。頭の中がそれでいっぱいになる。悶々としているのも辛くなり、思い出されることはどれも良い思い出ばかりで、ぬくもりがある。

オレがそうであるように、彼女は当然自分のことだけを特別に想っていると思い込んでいた。自分の愚かさに吐き気がする。誰かのものになんてなってほしくなかった。自分だけのものでいてほしかった。言葉で伝えたことなんてなくても、相手もわかっている、通じていると心の底から信じていた。でも違った。それが苦しかった。ただただ苦しかった。



「先輩、顔色がすごく悪いんですけど大丈夫ですか」

テンゾウが言う。任務が終わり、オレたちは木の上を移動していた。あとは里に帰るだけだ。

「面をしてるんだから見えるわけないだろ」

「わかりますよ。というか…機嫌、いや、お加減悪いですか。皆心配してます」

先ほどの任務での殺傷方法について言っているのだろうと察しがついた。確かに今日は少し派手にやってしまった気がする。

「黙って走れ」

お前なんかに聞いてほしくないと言いかけて、オレは誰に気にかけてほしいんだと頭の中で会話した。オレはあの子に気にかけてほしい。心配してほしい。
情けないほど答えは明確だった。もうそれも叶わないのだろうか。

「心配事が早く解決するといいですね」

テンゾウはまるで心を読んだかのようにそう言った。いつまでもこちらの機嫌を伺うような視線を送って来るのが腹立たしい。しかし一番気に障るのは、そこまで後輩にさせてしまう自分の未熟さだった。

こうなってみて初めて、彼女を渇望している。
この手の中に欲しい。今すぐ欲しい。オレの話を聞いて、オレの傍にいて、オレのことを誰よりも好きだと言ってほしい。他のだれのものにもならないと言ってほしい。このドロドロとした気持ちが愛、なんだろうか。







里に帰るころには昼過ぎになっていて、沢山の人が行き交っている。任務の報告書を出したところ、今日は混み合っていて受理に時間がかかるという。待たされている間、窓の外にナマエの姿を見つけた。少し痩せただろうか。目の下に隈があるようにも見える。顔色だってよくない。
気にかかり声でもかけようかと窓を開けると、彼女の後ろから小走りで走って来る男がいる。

ゲンマはナマエに声をかけると、ズボンのポケットから薄紅色の紐を差し出した。

「お前、俺んちに髪紐忘れていっただろ」

彼女は弱弱しく笑って、良かった探していたんですと口にした。そして礼を述べて、二人は談笑を始める。
僅かなそのやりとりを見ただけで二人の親密さが伝わってきて、胸が締め付けられるようだった。どうしてあの場所に立っているのはオレではないのだろう。

家で髪紐をほどくような場面は、思い当たることがひとつしかなく、二人がすでに交わったと思うと気が狂いそうだった。

ゲンマが立ち去ると、ナマエはその場で髪を結い始めた。揺れる髪紐の薄紅色を見るだけで吐き気がする。

噂なんて当てにならないものだとわずかな期待していたが、それも目の前で打ち破られて、頭の中で警告音が鳴り響く。嫌だ嫌だと。いつかオレを撫ぜた手も、抱きしめた体も、他の男に上から塗り替えられている。ずっとオレのものだと思っていたのに。


ゲンマと別れたナマエがオレの視線に気が付いて、こちらに手を振った。二人のやりとりを見ていたのを気が付かれたと思い、視線をそらした。
間もなくすると階段をのぼって近づいてくる気配がして、立ち去ろうかと迷っている間に目の前まできてしまった。

ナマエは「話したいことがあるの、無視しないで」と言い、オレはそれが何のことか、すぐに分かった。

いつものようにふんわりと笑いかけてくる彼女が、憎たらしいと思った。
オレをこんなにも苦しめているくせに、何も変わらないかのように近づいてくることが許せなかった。


「カカシくん、」

「あのさー」

傷つけてやりたい。オレの心は真っ黒だ。

「オレもう上忍なんだし、いつまでも子どもじゃないんだから、はたけ上忍って呼んでくれる」

彼女はビクリと肩を震わせて、目を見開いた。オレからわずかに殺気が漏れたせいかもしれない。周りにいる人もただならぬ気配に気が付いたようだった。
離れた場所から見ているくノ一がいる。
しかし、勢いづいてしまって、動く口が止まらなかった。

やめろ、という声。泣かせてやりたいという声。どちらもオレの心からの願いに思えた。

「いちいち言わないといけない?自分からわかってくれないかなー馴れ馴れしいっていうかさ、立場もあるし」

やめろ。もうやめろ。

オレがこんなに苦しいのだから、同じくらい苦しめばいい。

「あんまり気安くしないでくれる。ミョウジさん」

泣いてくれ。泣いてくれたらオレも素直に謝れる。お前が大騒ぎして、そんなのは嫌だ寂しいって言ってくれたら、オレも本音を語って取り乱せるかもしれない。子どもの喧嘩のように言いたいことを言い合えるんだろうか。この胸のつかえがとれるんだろうか。
ナマエは真正面から向き合ってくれるだろうか。

何かあったのって、
どうしたのって、聞いてくれたら、そうしたら。

甘えた希望はすぐに打ち砕かれた。


「…申し訳ありません。はたけ上忍」

ナマエは清々しいほど綺麗に笑って、少し困ったように眉を下げる。

「つい、甘えてしまって…立場を弁えます。失礼しました」

他人行儀なその口調は、そこで一線を引いたんだとわかった。
オレの甘えに付き合う気持ちはなく、あなたと私の関係はここまでですよ、と目の前で見せつけられたのだ。

オレは、ただの弁当屋の客。オレは、ただの近所の同じ年の子。オレのものではないナマエ。


ナマエは凛としていて、足早に立ち去って行く。

今、あの手を掴んで「ごめんムシャクシャしてただけ」と謝れば、きっとやり直せる。
恋人になれなくても、特別な存在ではなくても、友人として傍にいることはできる。
すぐに走って引き留めなければいけないのに、オレはもう一歩も動くこともできなかった。

「…裏切者」

あの時と同じ一言を呟いた。
15歳の男のプライドなんて、どれほどどうでもいいものだったのか気づかず、後戻りをできなくした。


―――他の誰かを好きになるなんて裏切りだ。

心の底からそう思った。









20180126




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