子どもの頃、正月に凧揚げをしたことがある。その日は母から店番を免除してもらい、家にあった凧を持って外へ走り出した。普段近所の子と遊んだことのない私は一人で土手で行って、愕然とした。子どもたちは友達や家族を連れて遊んでいて、ひとりで土手に来ていたのは私だけだったからだ。でも私は強気だった。なぜなら、私には凧があったからだ。一生懸命凧をあげようと土手を走り回った。まるで風に乗らない凧に憤りを感じながら、ひたすら走り回った。そんなとき、隣にいた女の子の桃色の凧が空高く上がり歓声が起こった。上手ねと微笑む母親と写真を撮ろうとする父親と楽しそうな女の子が、理想の家族の姿に見えて、私は嫉妬と羨望のまなざしを向けた。

私の凧は上がらないのに、よその子の凧は上がるのだ。私にはいない父親があの子にはいるのだ。
いつもは気にならないようなことが気になって、悲しくなった。上がらない凧なんかいらない。私は走るのをやめた。
私はいつもそうだ。挑戦してみるけど、結局うまくいかなくなって、他人との決定的な違いを見せつけられたりして、やめてしまう。私はいつもそうだ。


上忍師から班の解散を言い渡されたのは、九尾事件の一か月後のことだった。私の班員が忍をやめるのが理由だった。事件のショックで里に住むのも辛くなったそうだ。上忍師に自分の処遇がどうなるのか尋ねると、当面はアカデミー等の手伝いをしながら、新たな班の編成を待たなければ任務にはつけず、一定数の任務をこなさない限りは中忍試験の受験資格も得られないとのことだった。さらに、里は忍不足で窮地に立たされており、請け負っている任務をこなすのに精一杯な状態で、班が編成されたとしても、他班とはまるでちがうような班員になるかもしれないという。

アカデミー等の手伝いとはいわゆる雑用で、アカデミー生向けの教材作成から任務命令書の資料の整理や作成だとか、これはもう忍ではなく事務員の仕事なのではないかということを毎日やらされることになる。忍の才能などなかった私には、これが向いているのかもしれないと思う一方、同期の昇進を聞くたび、素直に喜べない自分に嫌気が差した。

上忍師はよく気にかけてくれたが任務で飛び回っているらしく、いつも忙しそうだった。親が忍ではない私は、上忍師がいなければ忍術等の修行に打ち込むこともできず、基礎体力の鍛錬を欠かさないようにするだけだった。

ある日、廊下ですれ違ったコテツくんに声をかけられた。コテツくんは九尾事件後の臨時班で同じ班員だった。なんでもある中忍のくノ一が私を目の敵にしているらしく、どやされないように気を付けた方がいいとのことだった。どうしてそんなことになったのか皆目見当もつかず、知らぬ間に誰かの機嫌を損ねたのだろうかと思う。しかし、それも間もなく知ることになった。

「だから、あなたのずさんな資料のせいで大怪我するところだったの。わかってる?」

それは、いつかカカシくんの家の前で会ったくノ一だった。これまで座ったこともない任務の受付所に立たされた私は、もう数十分間も糾弾されている。大事件だと騒ぎ立てているくノ一は、相変わらず美しく、栗色の髪の毛を揺らしながら怒ったり悲しんだり嘆いたりと忙しい。受付に来る人たちは、みな何事かと好奇の目を向けてくる。その中にコテツくんの姿も見えて(あの忠告の意味が今わかりました)と心の中で言う。

任務命令書の添付資料の地図に誤りがあったとされているが、誤りではなく、そのくノ一の悪意の改ざんであることを、私も職場の先輩たちも正しく見抜いていた。事務方から言えば、それは彼女の言うような誤りが起こる資料ではないからだ。
問題は、その任務が簡易なもので、受付側に任務命令書の添付資料の控えがなく、改ざんを示す証拠がないということだった。先輩は早く決着をつけたいなら頭を下げろという。私はそれに従うほかなかった。

「申し訳ありませんでした」

「それで済むと思っているの。あなたみたいな人、いっそ忍をやめてほしいんだけど」

「それは…」

「そもそも忍家系じゃなのだから稼業を継げば?無知なあなたが任務資料を作ることも関わることも、身分不相応でしょ?」

それは以前に聞いた声色だった。この人はただあのときの仕返しをしたくて、こうしてイヤガラセをしているだけなのだ。臨時の職場にいる私には、庇ってくれる人がいないこともきっと見抜いている。先輩は私が何を言われても頭を下げろとしか言わないだろう。ただ事実として、私は今職場に迷惑をかけている。そのことだけがこの場にいる者の記憶に残るのだ。腹の底から沸々と怒りが湧き上がってくるのを感じた。自分の無力さにも。
息を吸うことも吐くことも精神を削られていく。気が遠くなるような沈黙を破ったのは、意外な人だった。

「忍の解雇はあなたに権限がありませんので、この件は火影様に報告して指示を仰ぎます。その際には、その資料についても詳しい調査があると思いますので、今この場でお預かりします。」

淡々と話す男性の声に、くノ一は冷や水を浴びせられたような顔をした。

「…ゲンマ、あなた関係ないでしょ」

「明日からミョウジ下忍とフォーマンセルで動くことになったので、オレの部下になります。この件はオレが引き継ぎます。で、どうします?」

彼が口元にくわえた千本を揺らしながら返答を求めると、彼女は「あんまり大事にしたくないから」と言って足早に去っていった。
その気配が遠ざかり、私は思い切り息を吐いた。すかさず受付の奥に隠れていた先輩が「良かったね」と言う。


「ゲンマさん、ありがとうございました」

「昼飯おごりってことで、よろしく」

災難だったなと言って、微笑む。彼はフォーマンセルの班員がイズモくんとコテツくんで、先ほどコテツくんに頼まれて来たことを教えてくれた。
後日、コテツくんにその理由を尋ねると「イケメン特別上忍が、あのタイプには効く」んだそうだ。格上、年上のゲンマさんに頼み事ができるコテツくんもすごいなと思ったが、わざわざ足を運んでくれて、あそこまでしてくれたゲンマさんには頭が上がらない。
早速お昼ごはんを食べに行ったところで、お財布を出すと「本当に奢らせるわけねーだろ」と頭を小突かれた。
なるほど、これはイケメンだと思った。


翌日からは、まさに怒涛の日々だった。フォーマンセルを組むことになったが、ほぼ実戦経験がない私は明らかな足手まといだ。資料でそのことをいち早く察知したゲンマさんは、「これはオレの元班員の修行表なんだが…」と恐ろしい書き込みがしてあるスケジュール帖を私に渡し、明日から必ずこなすようにと言いつけた。

基礎がなってない、使えない、遅いと続けざまに言いながら、ゲンマさんは時間をかけて修行をつけてくれた。それは曖昧にごまかされてきた私の甘さを根本から叩き直すことになった。優しかった上忍師とは真逆に、彼はハッキリと私の弱点を突き付けてくる。
コテツくんとイズモくんも、私をはるかに超えた戦闘能力を持っていて圧倒された。3人は休日返上で私の修行に付き合ってくれた。鍛錬に鍛錬を重ね、泣き言をいうと罵倒され、体は投げ飛ばされ弾き飛ばされた。打撲や切り傷だけでなく時に骨折したこともあったが、それも咄嗟に受け身をとれない未熟さだと言う。
演習が終わり、私がその場で倒れると、ゲンマさんは「仕方ない、捨てていこう」と冗談を飛ばす。その声は優しかった。彼らは私を正しく忍へ成長させてくれた。彼らは私を仲間として、ひとりの忍として扱ってくれた。それはとても喜ばしいことだった。私は忍としての土台を手に入れたのだ。




「ナマエ、報告はないの?」

久しぶりに会ったアカデミーの同期はニヤリと笑いながら言う。大して仲良くもなかったので、どうして甘栗甘に誘われたのだろうと不思議だったが、一人で店に入ることもできないし、お腹もすいていたので快く返事した。これから餅入りぜんざいを食べるところだ。餅を箸で掴んだまま「なにが」と言う。ぜんざいは甘さ控えめで、美味しい。いい豆使ってるなと思った。

「受付で苦情言われてたら、ゲンマさんがヒーローのように現れてクレーマーを撃退してあんたを助けたって話」

「あぁ。もう半年くらい前の話だよ」

「で、そのあと二人が演習場で抱き合ったって」

「ぶっ…」

豆が飛ぶ。喉の変なところに豆が入りそうになった。慌てて、緑茶を飲み込んだ。

「ちがうって!今の班の隊長がゲンマさんなの。演習場で修行つけてくれてるだけ!抱き合ったことなんて一度もないよ。寝技かけられて落ちたことならあるけど…」

「そうなの?みーんな噂してるよ。付き合ってるんだと思ってた」

彼女はなんだつまらないと言わんばかりの顔で、ぜんざいを食べ始めた。とんでもないデマが広まっているなと思いつつ、私もぜんざいを食べる。
この噂を回収しきれるだろうかと心配になった。自慢ではないが、私は仲のいい人が少ない。気軽に話しかけることができる人なんて、同期の中も片手もいない気がする。このデマを火消ししたいが、その術がない。ゲンマさんに迷惑がかからないことを祈るばかりだ。

他にもアスマくんと紅が付き合ってるらしいだの、なんだのと色々な噂話を教えてくれて、私たちの世代はそういう時期に差し掛かっていると感じた。私がため息をつくと、勘違いしたらしい目の前の彼女は「私たちも彼氏ほしいよねー!」と言うので、へらりと笑った。
早くぜんざいがなくなればいいのにと思ったのは初めてだ。





20180124




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