こざっぱりしたアパートの一室。整理整頓された室内がいかにもカカシくんらしいなと感じる。寂しいほど物が置かれていないので、一体どこでくつろげるんだろうかと思ったほどだ。枕元の伏せられた写真立てが彼の苦悩を物語っている気がして、目をそらした。 お目当ての巻物はすぐに見つかり、玄関の扉を閉めて鍵をかけていたところ、共用廊下から人の気配を感じた。 仁王立ちしている女性に内心ぎょっとしながら「何か?」と言うと、鼻息荒く近寄ってくる。 「あなた、カカシの部屋で何してるの」 「…カカシくんは入院していまして、お使いを頼まれたところですが…」 「カカシくん?」 しどろもどろ答える。相手は背が高く美人なお姉さんで、きっと私より年上なんだろうと思った。スリットの入ったスカートからちらりと見える太腿が色っぽいなぁと、この場に似合わない間抜けなことを考えてしまう。里内の仲間から、いかにも敵意があります、という態度を正面からぶつけられたことはなく、逃げたい気持ちが大きいからだろうか。 「あなた見ない顔だけど下忍?カカシと立場が違うこと、わかってる?」 「…つまり、どういうことでしょうか」 「身分不相応ということよ」 「私が下忍だから、カカシくんと付き合うな、ということですか?」 「わかってるんじゃない」 満足そうに、にっこりと笑う目の前の女性は、美しい顔だけど、醜く見える。人間の嫌な部分を見せつけられた気分だ。 この人を相手になにを言えばいいのかもわからなくなった。黙っている私にその女性は続けて言う。 「そのお使いは私が請け負うわ。鍵も渡して」 これは当然です、と言わんばかりの態度だ。 「それはできません。火影様からの伝言も預かっていますし、私に他の任務が入らないよう調整してもらっています。あなたに託しては任務放棄になってしまいます」 すらすらと口から出てくる言葉が自分のものではないみたいだ。弁当屋で悪質な苦情の対応もしていたからかな、と思った。 相手の女性は言い返されたことに驚いたような顔をしたあと意外にも押し黙った。沈黙して動く様子もない。「ではこれで」と立ち去ろうとすると、腕を掴まれ頬に衝撃が走った。風船を割ったときのような音がして、心臓が止まるかと思った。その女性は鬼の形相でなにかを叫んで去っていった。あまりのことに動けなかった。残るのは頬の痛み。なんてことだ。 「うわー…痛そう」 扇形に切られたリンゴをシャクシャクと食べているカカシくんを睨む。まるで他人事のような態度が腹立たしい。彼は心当たりはないそうで「誰だろう」と不思議そうに首を傾げた。誰かわからないような人に私は殴られたのか。 彼はリンゴの皮を私の頬に照らし合わせて「同じくらい赤い」とへらへら笑った。 まだ全快ではないのだから労わらなければと思いながらも、怒りを向けずにはいられない。 「カカシくんには、彼女とかいらっしゃるんじゃないですか」 「あいにく、ボクにはまだいません」 いつもオレオレ言ってるくせに、なにがボクだ。 「恨みでも買ってるんじゃないですか」 「それはナマエだろ」 「帰ります」 「すまん!待って!」 まぁ落ち着いて座りなよと言われ、どの口が言ってるんだと悪態をついた。私の口にひとつりんごを詰め込んだカカシくんは「よし」と言う。なにがよし、なんだろう。 剥いたリンゴの皮を手荒くビニール袋にまとめながら、袋の口をグっと縛る。グっと力が入ってしまうのだ。 時間が経つほど腹立たしくなってきた。だいたい、勝手に勘違いしているのはあちらの方なのに、ちょっと言い返しただけで平手打ちなんてあんまりだ。 身分不相応って言葉も頭にくる。どうせ私は下忍ですけど。 「なにか言われたんでしょ」 「…事実を言われたけど」 「ふーん。なんて?」 「それは…内緒」 「なんだそれ」 ただでさえ心労を抱える彼に余計な心配事を増やすのもよくない。 火影様に報告に行ったときも、くれぐれもよろしくと言われたばかりだ。私の前では軽口ばかり叩いているが、彼が大変な任務を日々請け負っていることは必至だし、昔はなかった目の傷や瞳が修羅場を掻い潜ってきたことを物語っている。殉職したチームメイトの話も人づてに聞いたものでは、彼が生きて帰ってきたことが奇跡なくらい過酷な出来事だ。 そう思うと、たかが美女に平手打ちをくらったくらいで彼に文句を言うのもよくなかったかなという気持ちがしてきた。 そうだ。彼は今、忍不足の木の葉における優秀な忍なのだ。軽んじてはいけない。 「今度お弁当持ってくるね。何がいい?」 「おすすめは?」 「最近はねぇ、シューマイ弁当が結構出てるかなぁ」 「じゃあそれにする」 なんでもない顔をして雑談するカカシくんを見ながら、いつかこの距離はもっとずっと離れてしまうだろうと思った。 立場が変わり、付き合う人間が変わり、考え方が違って会わなくなる。それでも少しでも長い時間、カカシくんといられたらいいなと願った。 20180122 |