カカシ、はたけ家の豚汁はね、ゴボウ、大根、ニンジン、豚肉、こんにゃくが入る。出汁に少し味噌を溶かして、はい完成。しかし、弁当屋の豚汁には、これに加えて、さつまいもが入っている。 カカシ、父さんはね、さつまいもは邪道だと思う ―どうして? しょっぱい味付けの中に、甘いものを入れるというのが、なかなか受け入れがたい ―そうかな、オレは好きだな、この豚汁 わかるよ、父さんも好きなんだ、この豚汁 父さん 父さん 父が亡くなって数日、訪ねてくる人はまばらだ。木の葉の白い牙とは、なんだったんだろう。オレは長い夢でも見ていたのだろうか。 火影様はしばらくの休暇をくださったが、家にいてもやることがなく、かといって外に出るのは気が進まない。誰かに会ったらどうしたらいいんだろう。相手が「ご愁傷さま」と言ってきたとき、どんな答えをするのが正解なのか、オレはまだ知らない。何かをする気力もなく、荷物を整理することもできず、食べる眠るというサイクルが作業のように感じられた。 門の前に見知った気配を感じて、玄関に向かう手前、戸を鳴らす音はいつまでたってもしなくて、その気配はウロウロと門の前を行ったりきたりしている。 煩わしくなって勢いよく戸をあけると、ナマエは肩を揺らして驚いていた。 「人んちの前で、何やってんの」 「明かりが点いてないから。家にいるのかなぁって様子を…」 「戸を叩けば、わかることでしょ」 「…上がってもいいかな」 「…いいけど」 何しにきたか、すぐにわかった。花が見えてるからだ。 お邪魔します、と言って靴を揃えるナマエを横目で見ながら、ため息をついた。こういうとき、どんな風に声をかけて、何をすべきなのかわからないでいる。 廊下の軋む板の音で、彼女がついてきているのを感じつつ、居間へと案内した。 「どうぞ」と声をかけたが、彼女はなかなか居間へと入らなかった。父の遺影を見て、固まっていた。 誰かが持ってきてくれた写真で作った遺影は、元気なころの父の顔をしていて、最期の時とは別人だなと思う。 「手を合わせてもいいか」という問いに勿論と答えると、少しの間を置いて、一歩居間へ踏みこんだ。 ナマエは持ってきた花束と、袋の中から白いカップを取り出すと、音もたてず蓋を開けた。冷えた室内に白い湯気がふんわりと立った。そして、父の前に座ると一息ついて話し出した。 「お久しぶりです。はたけさん。 このお花、母からです。豚汁は私が作ったんですよ。まだ熱いですから、気を付けてくださいね」 まるで目の前で手渡すかのように話すので、いつかの弁当屋前でのやりとりを思い出す。 父は、いつも「ありがとう」と受け取っていた。俺は幼いころからそれを見てきた。 何十回も、繰り返し繰り返し見てきた光景だ。 ありありとその姿が目に浮かんで、父の「ありがとう」の声すら聞こえてくる。 そこに父がいる。そこに父がいるんだ。オレの父さん。 じわじわと目頭が熱くなって、鼻の奥がツンと痛む。 彼女はしばらくした後、オレに「夕飯食べた?」と問う。声を出せず、返事もできずに首を振った。 鼻をすするオレに何をいうでもなく、袋から出した幕の内弁当。大きなカップに、並々と入った豚汁。 汁から顔を出すさつまいもを見たら、もう堪え切れなくなった。 「これ、これ父さんがさ…」 涙があふれて、全然言葉にならない。 ナマエはただそこに座って頷いていた。気が付くと彼女もボタボタと涙を流している。嗚咽するオレの背中を、小さな手が撫でている。なにひとつ言葉はなく、ただ味方だから大丈夫だと言われた気がして、そのうちお互いを抱きしめ合って泣いていた。 20180111 |