連日の長雨で増水した川。ごうごうと流れる中には、葉も枝も土も大木もあり、逆らえない流れの中で浮いたり沈んだり、かき混ぜられている。
大雨で決壊した土手の補修作業と呼ばれた現場は、任務命令書よりもはるかにひどい状況だった。時間が経ち、裏山が崩れたんだと村人は漏らす。隊長と一人が裏山の様子を見てくると走り去っていった。オレともう一人は万が一、増水した川の水が村へ流れ出たときに、土遁で食い止めるようにとその場で待機になった。ペアの男は、自分よりもはるか年上で、土遁を得意とするらしい。この男が、父の例の部隊にいたことを、オレは知っていた。

流れる川を見つめていると、自分の状況と重ねてしまう。あの大木は父、あの枝はオレなのだ。
葉は誰だ。土は誰だ。川へ引きずり込んだのは誰だ。雨を降らしたのは…。

任務に集中しなければならないとわかっていても、脳裏に浮かぶのは臥せった父の背中。



****


二日後にようやく里へ帰ってきた。
泥だらけになった全身は気持ちが悪い。打撲した箇所が痛む。人目につくのも憚られて、屋根伝いに帰ろうしたが、泥が跳ねてあたりを汚すかもしれないと思うと、それもできなかった。
早く家に帰ろう。父がなにか食べているといいのだが、どうしているだろう。

陰鬱な気持ちでぐるぐると考え事をしていると、見知った気配が近づいてきて「カカシくん」と肩を叩かれる。小さく返事をすると、ナマエはいつもと変わらぬ様子で微笑んだ。
よかった、と思った。

「任務お疲れさま。すごい汚れてるね」

「知ってる」

どぶ臭いでしょ、というと、少女は曖昧に笑った。そこで素直にうんと言わないのが、思いやりなのだろうか。
家で食事を作るのも面倒なので、弁当を買って帰ることにした。定食屋に入るのは申し訳ないので、店頭でさっと購入できることがありがたい。こんな格好で店前を汚さなければいいのだが。


「もういろんな任務をこなしてるんでしょう。私はまだ何年もアカデミー生なのに」

「トロそうだもんね」

「あーそういうこと言うんだ」

「うん。ていうかお前食べ物の匂いする。腹減ってきた」

「今朝、仕込み手伝ったからかな」

「へえ、なにを作ったの?」

「ぶり大根!お出汁が中まで染みて美味しい大根です。どう?」

「いいね」

「じゃ、ぶり大根弁当ひとつ?」

「二つ」


とりとめのない話を、誰かとしたのは久しぶりだった。
任務中は私語厳禁だし、特に今はどの忍とも話をしたくなかった。彼らの刺すような視線にさらされたくなった。
友人たちは、きっといろんな話をしているだろう。里で見かけても、遠巻きに眺めているだけで近寄っては来なかった。否、オレが近寄らせないようにしていたのかもしれない。


ナマエがじゃあ用意するから、ゆっくり歩いてきてねと言って駆けていく。
そんなに急がなくてもよかったけれど、きっとオレが空腹を訴えたせいだろう。
彼女の走り方を見て、忍者が足音を立てるなよと思った。

弁当屋の店前着いたころ、ナマエはバタバタと動き回っている様子で、カウンターからひょっこと店主が顔を出した。


「カカシくん、揚げたてサービス」

お決まりのウインクが、くすぐったく感じる。手に持たされたのは、熱々のハムカツだった。厚紙に巻かれただけの狐色の衣。
ありがたく頂戴し一口噛むと、噛み口からじゅわっと湯気が立ち上った。サクっとした衣と中に分厚いハムが入っている。

「美味しいです」

「でしょー?ナマエー、弁当にも2枚つけてねー」

「ありがとうございます」

「お待たせしました!すぐに食べると思ったから、中身は超熱いからね。豚汁、傾けないように気を付けてね」


ナマエから受け取った袋は、ずっしりとしていた。ハムカツのおかげで、腹の中が温かくなった。
帰って、すぐに風呂に入って泥を落としてから、食べよう。


「そういえばカカシくん。最近お父さんを見かけないけど、具合悪いの?」

突然、店主にそう聞かれて言葉に詰まった。里中の人が噂していることなのに、きっとこの家は、忍じゃないから、商店街の中心にあるような店ではないから、何も知らないのだ。

なんと答えたらいいのか、わからない。
ナマエは心底心配そうな顔で、そんなに悪いの、と否定を求める声色で言う。


「…色々あって、任務は休んでます」

「そう。なにかあったら早朝でも夜中でも、いつでもおいで。店にいなかったら、2階が自宅だからね」

「はい」

「本当に、いつでもきてね」

「はい」


俯くオレの頭に店主が触れようとしたのを察して避けてしまった。任務で汚れたオレの頭を、料理をするこの人の手が触れることが良くないことだと思った。
すると、ナマエは後ろからオレの肩を掴んで「いいの!」と言う。俺がなにを思っているか気が付いたんだろう。

そこへ店主がにんまりと笑って、思い切り、くしゃ、くしゃと頭を撫でた。
オレよりも大きな、父よりも小さな手だった。

この人たちは忍じゃないから、ここにいるときのオレは年相応の、ただの子どもになれる。
久しぶりに、少し笑えた。







2018111




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