子育て日記
日記1冊目[冬の月10日 晴れ]
今日から日記をつけようと思う。
生きていると、不思議なことがあるものだ。仕事が終わり、夕闇に染まりつつある道を帰っていたら、何やら騒がしい一角と遭遇した。騒ぎなど滅多に起こらない地域だし、何事かと思って気をそちらに向けると、小さな生き物が二匹、石を投げつけられていた。傷だらけで、息も絶え絶えといった状態だった。抵抗することも出来ない様子だった。
話を聞いてみると、どうやら盗みを働いたらしい。いくらなんでも痛めつけすぎだと感じた俺は、その間に割って入り、二匹を救出した。
二匹は、犬、に見えた。子犬。
すすけた体をタオルで拭ってやると、白い身体と、黒の身体だと分かった。体躯も同じようだが、もしかしたら双子なのかもしれない。
見ると、怪我だけではなく、何らかの病気も患っているようだった。傷口からばい菌が入ったのだろうか。
その日は、薬草を塗り、暖炉のそばで毛布にくるんでやった。目は覚まさなかった。
[冬の月11日 晴れ]
驚いた。
とても驚いた。
朝起きたら、二匹は二人になっていた。
つまり、毛布にくるまっていた子犬はおらず、二人の子どもがそこに居た。年齢は5歳くらいだろうか。つぶらな瞳が可愛らしい。
目を覚ましていたので話しかけてみたのだが、ぐるる、と唸るだけだった。果たして意思の疎通は出来るのだろうか。
[冬の月12日]
彼らの生態について調べてみた。
この地には、人ならざるものの伝説があった。
昔々の大昔は、動物に変化できるものと人間が共存していたと聞く。今では伝説上のものとして信じられてはいないようだが…目の前に居る彼らは、おそらく伝説上の生物、なのだろう。
主食は肉。
調理したものより、生肉の方が好きなようだ。昨日は何にも手を付けなかったが、今日は俺がいなくなると、そっとコップの水を飲んだり、食べものを恐る恐るといった風に口にしていた。おそらく、お腹が空いていたのだろう。
[冬の月19日]
二人を助けてから1週間が経過した。
今日は嬉しいことがあった。
1週間経ち、食事には手をつけるようになったものの、依然俺は警戒されたまま。彼らの名前すら分からない。
こちらが勝手に呼んでもいいだろうか。
そんな風に思って悩み、二人に名を尋ねてみた。
そうしたら、小さな声であったが、
「かずき…」
「よしき…」
と、答えた。初めて言葉を発した。
そして、こちらに向けて、ピッと首にかけているペンダントを掲げて見せた。
そこには東洋の言葉が書かれていた。たぶん、名前だ。こういうとき、色々な言語を学んでおくのは無駄ではないと感じられる。
灰色の髪の子が和樹。
黒色の髪の子が芳樹。
名前を呼ぶと、じっと見つめてきた。
可愛らしい。
[冬の月28日]
この地方の寒さはかなり厳しい。
和樹と芳樹には毛糸のセーターを着せているが、たまにぷるぷる震えている。
あまりにも寒いと子犬の姿に戻ってしまった。あ、そういえば、「子犬?」と聞いたら、「「狼!」」と怒られてしまった。
最近、夜寝ると、温かい思いをすることが多い。なぜなら、俺が布団に入ってからしばらく経つと、和樹と芳樹の二人が潜り込んでくるからだ。
寒いのだろうか。
俺は寝返り打ったフリをしながらこそっと二人を抱きしめ、高い体温の恩恵を受けている。潰してしまわないか、たまに心配になるが…二人も上手い具合に収まっていて、それは杞憂に終わった。
[春の月2日]
和樹と芳樹は随分と俺に慣れてきたようだ。相変わらず会話は発展しないが、俺が隣に居ても食事を摂るようになった。あと、調理されたものも食べられるようになった。
寒さが和らいできたからか、狼の姿になることも減った。どうやら彼らは、寒さや体調不良、感情の高ぶりによって変化するようだ。
一度、和樹が熱を出して寝込んだことがあって、その時に狼の姿になっていた。隣で芳樹がおろおろとしていて、「大丈夫だよ」と宥めてやった。仲の良い双子だ。
守ってやりたいと、心の底から思った。
「和樹と芳樹は可愛いな」
「可愛く」「ない」
二人はぷーいっとそっぽを向く。
「そうかな?」
俺が目線を余所にやると、そーっとこちらを向いてくる。また二人の方に向き直り笑いかけてみると、二人は揃ってまた向こうへと首を向けた、可愛い。とっても可愛い。
くすくす笑うと、二人はむぅと膨れる。
「何が」「おかしーの」
「いや、何でもないよ」
ああ、ほんと、可愛いなぁ。
日記5冊目[秋の月25日]
和樹と芳樹と出会ってから5年が経過した。
2人は体も成長し、自分のことを自分で出来るようになってきた。俺も安心して仕事に向かえるようになった。二人と俺の距離はそう変化していないが、会話は出来るようになった。どうやら俺の仕事に興味があったらしい。
「仕事、何してるの?」と聞いてきた。「お城のお姫様を守っているんだよ」と話すと、きらきらとした目を向けてきた。
俺はこの国の姫…エウノミア様を護衛する兵士だ。その職に就けたのは、腕っ節を買われ、国王に気に入られたことがきっかけだった。
エウノミア様はお可愛らしく聡明だ。ただ、王族であるため友達がいないことが可哀そうだった。…和樹と芳樹は、年も近い。お互いのためにも友達に、と考えたが、いきなりは難しいだろうか…
[秋の月31日]
今日は和樹と芳樹を王宮に連れていった。
国王から許可をもらい、引き合わせることになり、会わせてみた。
3人は、すぐに仲良くなった。
キャッキャと戯れるさまは、天使たちが遊んでいるのかと…とにかく、可愛かった。
狼の姿になってしまったときは、一瞬ヒヤッとしたが、俺とエウノミア様、和樹芳樹しかいなかったため、何事もなかった。
エウノミア様も特に驚く風もなく、「すごいねぇ」と喜んでいた。まだ幼く、純真だったことに救われた感じだ。
「ミア」「かわいーね」
「そうだな」
「にーちゃん」「ミアにデレデレ」
「え?そう見えた?」
「「へんたーい」」
「何?!」
「小っちゃい子にデレデレするのは」「ろりこんって言うんだよ」
「違うから!」
全く、どこでそんな言葉を覚えてくるんだか。きちんと言葉の選び方は教えてあげないと。
[冬の月10日]
今日の和樹と芳樹も可愛い。
最近可愛いしか言っていない気がする。
…仕事に行く時間が増えた。二人と居る時間は、前よりも減った。エウノミア様を外敵から守るためとはいえ、まだ幼い二人を置いていくことに、罪悪感を覚える。今日も、急遽出なくてはいけなくなり、支度をして出発しようとしたとき、くいっと引っ張られた。見ると、和樹と芳樹が裾を掴んでいた。不安気な瞳。しゃがみこんで顔を覗き込もうとしたら、二人は即座に走り去り、椅子にちょんっと座り、本を読み始めた。
「和樹、芳樹」と声をかけると、「「早く行きなよ」」と返ってきた。
なるべく早く帰ってくるよ、と言って仕事に向かった。
そうして帰ってきたとき、二人が机に突っ伏しているのを見て、心が締め付けられるような思いをした。ぎゅうと抱きしめ、そのぬくもりに安心した。
…抱きしめたら起きてしまって、思いっきり暴れられたのは照れ隠しだったと信じたい。
日記10冊目[春の月10日]
和樹と芳樹は、人間でいうところの20歳になった。成人し、仕事にも就いた。
…問題は、その職業だ。
兵士だとか武器を扱うだとか、密偵のようなものもやっていると聞いたこともある。夜中に出かけることも増えた。成人したからってこれでいいのだろうか。
「は?危ない?なんで兄さんにそんなこと言われないといけないんだよ」
「俺らがどうしようと勝手だろ?」
「夜道だって二人で行動してるし」
「「子ども扱いするなよな」」
こんな調子だ。俺が出かけるだけで不安そうにしていた二人はどこへいったのか。
いや、でも可愛いから。可愛いのは変わらないから。
[冬の月9日]
二人は相変わらずだ。
家には帰ってくるけれど、深夜だったり、明け方近くだったりする。どこに行ってたって聞いても、色よい反応は返ってこない。
二人はもう大人だ。
俺が縛れないことくらい分かってる。
だったら、一緒に居る意味はなんだろう。
きっと二人は、俺がうるさく言うから帰ってくるだけであって、本当は帰ってきたくないんじゃないだろうか。
…親離れの、時期かな。
*
「和樹、芳樹。話がある」
「…何」「改まちゃって」
いつになく神妙な顔つきをつくると、二人はしぶしぶといった調子で席に着いた。
「二人はもう大人だ」
「「…」」
「自分の世界を持っている」
和樹と芳樹はきょとん、としている。
「…だから、いいんだよ。もうここから巣立っても」
「は?」「どういうこと?」
「いや、だから、この家から自立しても…」
「出てけってこと?」「ここから」
「いや、そうじゃなくて、」
何やら微妙な食い違いが発生しているようなので、それは違うと否定しようとしたら、
ばん、
と机を叩かれた。和樹だ。
芳樹もぐる、と唸っている。
「ど、どうし…」
「俺たちさ…」「頑張ってたじゃんか」
「…?」
「役に立つために」「努力した」「いろんなこともした」「俺らの気持ち伝わってなかったの?」「強くなるのはいいことだって兄さんが言ったんだろ」「頑張ったら褒めてくれただろ」「頭撫でて」「すごいなって」「なのに」「どうして」「仕事のこともそう」「何をしても困った顔しかしない」「俺たちのこと面倒になったんだろ」「「だから」」「…捨てるのか」「俺たちを」
二人がまくしたてる言葉たちをただただ、聞いていただけだった。…大切だって、思って、くれてたってこと、か?
「「…逃がさないから」」
そこで意識が途切れた。
*
[冬の月10日]
俺は部屋のベッドに居た。
「…動けない」
両手は上で縛られている。
足も括られている。
困ったなぁと思ってボーっと天井を見つめていると、ギィ、と扉の開く音がした。
「「…」」
「…和樹、芳樹」
「ダメだよ」「此処から出してあげない」
「どうしてこんなことを…」
「なんで?」「だって」「「兄さんが捨てようとするから」」
「だからそれは…」
二人は、俺の言葉は無視し、両側にぽすんと座った。そうして、昔の話を始めた。
昔は母親と一緒に森に棲んでいたこと。
しかし和樹と芳樹が5歳になる前に死んでしまい、それからは二人で必死に生きていたこと。
ふらりと立ち寄った村で、お腹が減ってつい食べ物を拝借してしまったこと。
そして、それがバレて、酷い仕打ちを受けたこと。木の棒や鍬で追い掛け回され、最終的に石やら何やらを投げつけられ死にそうになっているところに…
俺が現れたということ。
それがとてもとても嬉しかったこと。
ついつい素っ気ない態度を取ってしまっては、後悔していたこと。
俺の役に立ちたいとか、俺を守りたかったとか、照れくさくて言えなかったこととか…色々と聞いて、俺はいつしか、ぼろっぼろと泣いていた。
「な、なんで」「泣くの」
「ごめん、嬉しくて…」
「「嬉しい?」」
「ああ。だって、俺も和樹と芳樹のことが、大好きだから。捨てるわけがない。離れられない」
「…ほんと?」「ほんとにほんと?」
「大丈夫だよ」
ふわりと泣きながら微笑みかけると、和樹と芳樹も、こらえていたものが決壊したようにわんわんと泣き始めた。狼の姿になってしまうほど、感情を高ぶらせながら。
その日は、久々に3人で眠った。
ああ、本当に、可愛いな。
*
ああ、やっと、ここまで俺の存在が大きくなった。長かったなぁ。
こんな可愛い存在を手放すものか。大丈夫だよ。
…絶対に、逃がしたりしないから。
終
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