4. 嫉妬させたいだけだよな?


「はぁ…」
「ん?どうしたんだエルヴェ。体調悪いのか?顔が疲れてる」
「いえ、大丈夫です。ありがとう、ジル」
「いや、俺はそれが仕事だからさ!」

 にぱっと爽やかに笑うジルを見て少し安心する。癒し系だ。
 ジルは王宮に出入りしている医師だが、まだまだ能力は発展途上。エダという医師について医療を学んでいる最中だという。
 同い年ということもあってか、僕たちはわりと早い段階で仲が良くなったと思う。

「…そういえば、ジルこそあまり顔色が良くない気がします」
「ああ、残業多くて…エダさんは人使いが荒いからさぁ…」
「大変ですね」
「ま、立派な医者になるためには仕方ないかなって。それにエダさんは腕は超一流だし」

 僕も何度も世話になっているけれど、確かにエダの技術は国内でも1・2を争う。それだから王宮に召し抱えられているとはいえ、その技は賞賛に値する。ただ、本人もその自覚があり、見目も整っていることから、人間的に少しだけ難がある気が…

「性格は仕方ないとしても、王子を医務室に連れ込んでいちゃいちゃするのは止めてほしいな…」
「それは、まぁ…そうですね」

 そしてヴェルス王子とただならぬ関係だというのは有名な話だ。最近特に顕著らしい。

「俺だって恋人が欲しいー!」
「はは…」
「エルヴェは恋人は?」
「え?いませんよ」
「仲間だ!」

 がしーっとしがみつかれて、少しよろめく。ジルは感情表現が結構アグレッシブで、ボディランゲージが多い気がする。

「さ、ジル。まだ仕事が残ってるでしょう?早いところ終わらせた方がいいのでは?」
「うう…」
「終わったら愚痴ぐらいは聞けますよ」

 くすくすと笑いながら言うと、ジルはぱぁっと顔を明るくした。くるくると表情が変わってすごいなぁ…と思う。感情表現が豊かな人はそばにいて安心する。少なくとも心かき乱される行動はとらないから。

「じゃあ、仕事終わったらエルヴェのとこ行く!一緒に酒でも飲もー!」
「はい、そうしましょう」
「そしたらきっと、エルヴェのストレスも軽減されるって」
「ストレスなんか…」
「本人が気付いてないことが多いんだからな」
「…ありがとう」

 ストレス、やっぱり溜まっているのかな。



「俺はストレスがたまってる」
「なんでまたいるんですか…」
「今日はちゃんと扉の前にしたぜ!」
「そういう問題じゃない」

 部屋に帰ると、リューンが佇んでいた。この男は何がしたいんだろう。

「だからさ、話があるんだって」
「何だっていうんですか…」
「まぁ、今日は別件で言いたいことがあるんだけどな」
「?」

 部屋のドアを開けながら、訝しんで、じとっと見つめると、リューンは涼やかに微笑んだ。

 あれ、でもなんか、目が、

「なぁ、エルヴェは俺をどうしたいんだ?」
「…なんの、話…」
「妬かせたい?」
「ちょ、リュ…っ」

 ぐっと腕を取られ、引き寄せられる。鍛えてはいるものの、それでも引きはがすことができないくらいの力で掴まれている。いや、それ以前に、振りほどけないほど、固まらせるような力を瞳に宿していた。

「あんな男に抱き着かせてさぁ…」
「…ジルのことですか?彼のあれは特に意味はなくて、」
「他の男の名前なんて呼ぶなよ」

 リューンは僕を引きずり、ベッドまで連れてくると放り投げた。そうしてすぐにのしかかってくる。

「何を…っ」
「エルヴェ」

 抵抗する間もなく、物理的に口をふさがれる。それも優しいものではなく、むさぼるように荒々しいものだった。息苦しくて息を取り込もうと口が開くと、好機とばかりにしたが入り込んできた。
 くちゅり、と生々しい音が響く。
 歯列をなぞられ、ぞわりと背筋を何かが這い上がっていく。どんどんとリューンの胸を叩くと、そっと離れていく。

「…お願い、俺のこと、拒絶しないで」
「…?」

 寂しそうな目。
 笑ってみたり、怒ってみたり、寂しそうにしたり、この短時間でよくまぁくるくると表情が変わる。
 ジルのそれと違い、僕の心に波紋を落とす。

「…」

 今にも泣きだしそうなリューンの頬に触れると、びくりと固まられた。自分からいつも触ってくる癖に、触れられるとこうなるなんておかしな人だ。

「…肌を重ねるのは、きっと簡単ですよ。力ではあなたに敵いませんから、無理矢理すればいい」
「…」
「でも、そんなことを望んでいるわけではないんでしょう?」

 知っている。
 リューンは愛を得たいだけ。それも仮初めのものではなく、深い深い、愛情。
 僕なんかにそれを求めるだなんて酔狂もいいところだ。
 どうしても、僕には理解できない。

「変な人だな…」

 苦笑すると、ぽたり、とあたたかいものが頬に当たった。

 その涙が哀しいと、そう思った。


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