「デンキって何ですか?」
放課後の図書室。
まだ太陽を夕日と呼べない時間帯に、ホームルームを済ませてやってきた彼女は、私を見上げてそう言った。
その小さな手には彼女には大きすぎる本が乗っている。持つと言って聞かなかったからそのままにしているものの、やはり一度置かせたほうが良いだろう。
彼女を読書するために置かれた机と椅子へ誘導しながら、そうだねえ、と私は一言呟いた。
「昔々、すごいことをした人たちの本かなぁ」
彼女が椅子に腰掛け、本を机へ置いたのを確認して続ける。興味深そうにふうん、と漏らした彼女は本のタイトルを細く短い指でなぞった。
ヘレン・ケラー、と明朝体で書かれている。
「じゃあ桃太郎とかもデンキ?」
その上に「ヘレン・ケラー」より小さく薄い本を置いて彼女は訊いた。どうやら2冊持っていたらしい。
桃太郎、と手書き文字で書かれている。
「それは童話だね。伝記とはまた違うかな」
「何が違うんですかー? すごさ?」
小首を傾げる彼女に少し笑いながら、違うよ、と答える。
「こっちの伝記は実際にあったこと。こっちの童話は作り話。もしくは実際あったことに作り話を混ぜてあるんだ」
それぞれの本を指差しながら言った。
ちょっと難しかったかもしれない、と懸念するが彼女は先ほどと同じようにふうん、と答えてくれた。顔を上げずに二冊の本をパラパラとめくり出す。器用な様子をしばらく眺めていると、納得したようにうんうんと唸りだした。
「確かに、先生は鬼倒してないもんね」
作り話だーと無邪気に笑う彼女に、そうだね、と微笑む。
私の後に鬼を倒したのが誰だったのかは知らないし、今その誰かがこの伝承をどう捉えているかは知る由もない。ただ私にとってこの本の一文をーーお爺さんとお婆さんと幸せに暮らしました、という一文を長い指でなぞる時間は、決して嫌いなものではなかった。