「今朝は雨なの」
 だから外へは行けないわーー申し訳なさそうに口にする彼女に、気にしないでくれ給え、と言葉をかけた。
 目の見えない私が外に出るのに雨という天候はベストとは言えない。予定以外の外出は控えた方が賢明であると言えるだろう。もっとも私にとって外出する必要が迫られるような機会など巡って来はしないのだけれど。
 ベットの上にいると、今が「昼」なのか「夜」なのかまるで分からない。
 いわゆる「世間」で何が起きているのかなんて分かるはずもない。知識や情報は彼女がいるから得られるのだ。
 生活の手助けをしてくれるのは彼女だ。いつも私に寄り添い、共にあってくれている。要するに私は彼女なしには生きていけないということだ。
 一度なぜ君は私に尽くしてくれるのかと訊いたことがある。彼女は、私が好きだからだと言った。彼女にしてあげられることなど何もない私を、なぜ好きになってくれたのだろうーー今度はそういう疑問が湧いたのでありのまま呟くと、そこにいてくれるだけでいいのよ、なんて言葉が返ってきた。
 それにそうかと頷いたのはもう随分昔の話だ。
 そうやって問う前も問うた後も私たちの関係は変化することはなかった。
 私に尽くしてくれる彼女と尽くされる私。
 心地いい繰り返しを続けてから確か今日で60年だ。
 それは私と彼女が出会ってからの年月でもあるし、雨が降り始めてからの年月でもある。
 人の命が永遠でないことは知っているから、もう後数年ほどしか毎日を繰り返すことができないのかもしれない。そう思った途端に、すごく寂しく思えてしまった。
 「どうしたの」
 敏感にそれを感じ取った彼女が優しく声をかける。
 毎日聞いてきた声音は私を酷く安心させてくれた。彼女が触れてくれる手のぬくもりが、何よりも尊く感じた。これがあれば、何もいらないと。
 「私は君を愛しているよ」
 外の雨が止むことがないように、彼女がそこにい続けてくれているように、当たり前に言葉は降りてきた。口に出された言葉は私の心にもすとんと落ちてくる。
 そうか、私はこれを言うために今まで生きてきたのかもしれない、と。
 彼女が泣いているのが分かった。震えている。
 私は起き上がって、彼女の肩を抱いた。
 長い間すまなかったね、ありがとう。
 彼女に聞こえるように言うと、頷いて返事をしてくれる。
 幸せだ。
 先ほどあった寂しいという感覚はすでになく、安心したのか眠気が襲ってくる。彼女の温もりに触れているせいかもしれない。
 ゆっくりと意識を沈ませる。
 私は世界一の幸せ者だと、心からそう思いながら。
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