「竜崎先生、これって...」

「決めたのはアタシじゃない。手塚だよ」

「部長が...」



ランキング戦を翌日に控えた金曜日。スミレに呼ばれて職員室を訪れたすずは、ランキング戦の対戦表を見て驚いた。通常1年生は参加出来ない校内ランキング戦だが、対戦表の中にリョーマの名前があったのだ。



「竜崎先生、リョーマってそんなに強いんですか?」

「なんだい、園田。幼馴染なんだろう?越前の試合見たことないのかい?」

「一緒にいたのは私が9歳の時までで...今までの戦績は話には聞いていますけど、実際見たことがないんです」



新入生が入ったことで一時的に仕事が増えたすずは、実のところリョーマがテニスをしている姿をまともに見たことがなかった。しかし規律に厳しい手塚が、ルールを曲げてまでリョーマを組み込んだのだ。相当上手くなったのだろう。



「Dブロック...乾先輩と薫くんのブロックなんですね」

「王子様がどこまでやってくれるか、見ものだね」

「王子様ですか?」



すずはかぼちゃパンツの王子様姿のリョーマを想像して、思わず吹き出した。その様子にすずの脳内を察したのだろう。スミレは、リョーマに怒られるよ、と苦笑った。










「Cブロック桃城、6-0な」

「はーい」



ランキング戦当日、すずはスコアボード前で記録係に徹していた。スコアを書き込み予定表を確認して、次の試合相手と大まかな時間を伝えるのが仕事である。



「調子どう?」

「いい感じだ。それより越前のやつ、さっきの試合6-0だろ?やってくれるぜ」

「私、リョーマの試合まだ見てないんだよね」



校内ランキング初戦、リョーマは2年の池田を相手に6-0と快勝していた。今日は昼食後にレギュラーの海堂との試合を控えている。マネージャーとして、ランキング戦は特定の部員を応援しないスタイルを貫いているすずだったが、今はリョーマに対する個人的な関心が勝っていた。



「桃、後でスコア番代わってよ」

「やなこった。俺もマムシと越前の試合見てぇもん」

「ケチ」

「ケチで結構!んじゃ、俺昼飯行ってくるわ」



手をヒラヒラさせて去っていく桃城の後ろ姿を睨みつけ、イスに座るとすずは想像した。リョーマはどんなテニスをするのだろう。やはり南次郎と似ているのだろうか...。いくら考えても想像は想像でしかない。やはり誰かにスコア番をお願いして、試合を見に行こうか。しかし誰に―――そんなことを考えていると、上から声が降ってきた。



「お疲れ、園田」

「大石先輩!お疲れ様です。試合はどうでした?」

「お陰様で6-0だよ」

「流石。おめでとうございます」



言いながらすずがボードに結果を書き込むと、大石は予定表をのぞき込んで自分の試合を確認し、すずに言った。



「俺、次の試合まで少し時間があるからここ代わるよ。園田はお昼食べておいで」

「え、でも」

「園田のことだから、まだ休憩してないんだろう?ただでさえ暑いんだし、マネージャーに倒れられたら大変だからね」



そう言って笑うと、大石はほらほらとすずを立たせて自分がスコア番のイスに腰掛けた。



「そうだ、ついでに調子の悪い部員がいないか、コートの方も見てきてくれるかな」

「えっ?」

「気になる試合もあるだろうしね」



にっこり笑う大石を見て、すずは胸になにかがじわじわこみ上げるのを感じた。まったくどこまで優しいのだ、この副部長は。試合中の大石の視野の広さは有名だが、この人は普段も周りをよく見ていて、マネージャーの事まで気遣ってくれる。どこかの桃城とは大違いな紳士ぶりに、すずは半ば感動しながらお礼を言って昼休憩に向かった。










「園田」

「あ、手塚部長」



カバンから弁当を取り出して日陰を探して歩いていると、木陰に座って弁当を広げた手塚がすずを呼んだ。



「お昼休憩ですか」

「あぁ、お前もだろう」

「えぇ、まぁ」

「ならここで食べるといい。俺は済んだからもう行く」



手塚はそう言って手早く片付けを済ませ、立ち上がって場所を空けた。でも、と躊躇うすずを促した手塚は、すずの顔をのぞきこむように見つめると、手に持っていたタオルをすずの頭に被せた。



「顔が赤い。熱中症には気をつけろ。マネージャーに倒れられたら困る」

「え、でもタオル、」

「心配するな、まだ使ってない」



それだけ言って、手塚は足早に去っていった。呆然と手塚の背中を見つめながら、すずは手塚と大石の部長副部長たる所以を体感したような気がして再び感動すると共に、心の中で再び桃城を貶した。


20160927

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