「あーもー、遅くなっちゃった!」



すずがやっと職員室から開放された頃には、もう空はオレンジ色。時計を見ると、既にレギュラー陣が部活に合流している時間だった。これではもうミーティングの教室には誰もいない。すずは間借りさせてもらっている女子テニス部の部室に飛び込んで制服を着替えて髪をまとめると、男子テニス部のコートに急いだ。



「あ、やっぱりもう先輩達コートにいる」



トリコロールカラーの青学レギュラージャージは、遠くからでもよく目立つため、レギュラー陣が合流していることは一目瞭然だった。しかし違和感が一つ。レギュラー陣に限らず、部員達がコートに立っているのにも関わらず、打ち合っている気配が無かった。



「なんかあったのかな...」



心配になったすずが駆け足でコートフェンスに駆け寄ると、月刊プロテニスの記者・井上が立っていた。



「井上さん!何かあったんですか」

「おや、園田さん。今年の青学にはとんでもないルーキーが入ったようだね」

「え?」



すずは突然の情報に困惑しつつ、どうも新入部員の中に有望株がいるらしいということは理解した。しかしコートをとりまく部員たちの影になって、その姿が確認出来ない。



「言わば...サムライ・ジュニアってとこかな」

「!」



“サムライ”と聞いて、テニス界で思い浮かべる人物はただ1人。すずはその人を知っていた。しかしもう1人、すずの記憶の中でサムライたるその人に食らいつくかのように、ボールを追いかける少年がいた。



「...まさか」



すずは衆目の中心に走った。惚けたような部員達の視線の先には、腰を抜かした同級生部員と、そして帽子をかぶった小柄な少年。生意気そうなその佇まいは、すずの記憶の中の人物とぴったり重なった。

―――瞬間、すずは衝動のままに少年に飛びついた。



「リョーマぁぁ!!!」

「は?って、うわっ!!!」



飛びつく方は小柄だが飛びつかれる方も小柄故に少年はすずを受け止めきれず、必然的にすずが少年を押し倒す形になった。突然の衝撃に驚き痛がる少年だったが、興奮状態のすずはお構い無しに上から捲し立てた。



「リョーマ!!越前リョーマでしょ!?ね!?」

「痛いし。アンタ誰」

「すず!!園田すず!!アメリカでお隣さんだったすずだよ、忘れちゃった!?」



すずの名前を聞いた瞬間の少年、もといリョーマの驚いた表情がその問を否定していた。越前リョーマ―――つい数時間前に思いを馳せた、すずの一つ年下の生意気な幼馴染である。



「なんで日本にいるの!?帰ってきたの!?南ちゃんや倫子さんも一緒!?久し振りだね元気だった!?」



問いかけるくせに答える隙を与えないすずの興奮状態を見て冷静さを取り戻したリョーマは、自分に跨ったままの幼馴染みは相変わらずらしい、と嬉しさ1割呆れ9割のため息をついた。こうなるとしばらくこのままだ、と諦めたリョーマだったが、しかし予想に反して重みは突然ふっと消えた。



「わっ!え、手塚部長!」



お腹にまわされた腕によって子犬よろしく持ち上げられ、驚いたすずが首だけ振り向くと、そこには眼鏡の似合う端正な顔。片腕ですずを持ち上げて居たのは、何を隠そう部長手塚国光だった。



「園田、新入部員を潰すな」



言って手塚はすずのお腹に回していた腕を解いて彼女を降ろすと、呆然と事態を見守っていた部員達に鶴の一声を放った。




「お前達なにをしている!規律を乱した罰として全員グラウンド10周だ!早く行け!」

「「は、はい!!!!!」」



一斉に動き出す部員達同様すずも動き出した訳だが、リョーマの方に駆け寄ろうとするので、手塚は「お前はこっちだ」と後ろ襟を摘んでコートの外にすずを引きずらなければならなかった。


20160922

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