すずが救急箱をカチャカチャ弄る音だけがやけに大きく響くだけで、2人しか居ない部室内はとても静かだった。スコア番を代わってもらっていた大石に、海堂の手当をする間もう少し待ってほしいと頼んで部室に入って数分、すずは一言も発していない。海堂は相変わらず顔を逸らしたまま、しかし大人しくベンチに腰掛けてすずの手当を受けていた。



「薫くん、動物好き?」

「...は?」



沈黙を破ったのはすずだった。先ほどまでの声と表情の固さはどこへやら、いつも通りの様子で話しかけてくるすずに、海堂は思わず気の抜けた声で返した。



「私、犬とか猫とか好きなんだけど飼えなくてね。だからたまにペットショップを覗きに行って満足してるの」

「...ふーん」

「私、結構動物に好かれるんだよ」



なぜ唐突に動物の話なのかは分からないが、すずが普通でいるのなら自分もそうするべきなのだろう。海堂はやっとすずを見て口を開いた。



「仲間だと思われてんじゃねぇのか」

「ん?」



交わった視線の先で大きな黒目がきょとんとしたのが分かって、海堂の悪戯心が疼いた。この小さなクラスメイトは、どこか小動物のような印象を与える人物なのである。そして本人も周りの認識に薄々気づいていて、しかしそれをあまり良く思っていないことを海堂は知っている。



「子犬とか子猫とかハムスターとか」

「ねぇ何でわざわざ“子”って付けるの?それ遠回しにチビって言ってるよね?最終的に手乗りサイズになったしね?」

「さぁな...って、イッテェ!お前ふざけんなよ!」



不意に走った痛みは、すずが軟膏を塗ったガーゼの上から傷を叩いたせいだった。海堂が痛みに驚いて声を荒らげると、すずはべーっと小さく舌を出した。



「チビって言った罰だ!」

「言ってねぇだろ!」

「薫くんなんてヘビのくせに!」

「んだとコラ!」



海堂の足元にしゃがんでいたすずが立ち上がって海堂を見下ろすと、海堂も負けじと立ち上がってすずを見下ろし、2人はむーっと睨み合った。暫くそうしていると、不意にすずが吹き出し、喉の奥でくつくつ笑った。



「んふふ、馬鹿だねぇ、私達」

「お前と一緒にするな」

「薫ちゃんひどーい」

「誰が薫ちゃんだ!」

「あはは、薫ちゃーん!」



おちょくってくるすずに言い返す海堂だったが、すずがあまりに楽しげに笑うので、釣られたように小さく笑みを漏らした。それに気づいたすずは徐々に笑いを収め、救急箱を片付けながら海堂を見遣った。



「ねぇ、薫くん」

「なんだ」

「まだ一試合残ってるんでしょ?」

「...」

「次は勝てるよ」



ね、と笑うすずの目はまっすぐに海堂を見つめていて、海堂はすこし気恥ずかしくて目をそらした。この小さなマネージャーの無邪気な真っ直ぐさは、時に海堂にとって眩しかった。



「はいっ、じゃあ手当終わりね!私も大石先輩待たせてるし、戻りましょー!」

「...園田」



ロッカーに救急箱を仕舞って扉に手をかけるすずの背中に声をかけると、すずはきょとんと海堂を振り向いた。



「ん?」

「...ありがとな」



小さく低いその声はしかし確実にすずの耳に届いて、すずは少し目を瞠ったあと、満面の笑みで頷いた。





「レギュラーの座は諦めねぇ」



すずに手当された足で部室を出た海堂は、フェンスのそばでノートに何やら書き込む乾に宣戦布告とも取れるセリフを投げた。ルーキーの登場で荒れるランキング戦は、まさかの現レギュラー敗戦によって番狂わせが起きようとしていた。


20161003

prev next