「骸さん、お誕生日おめでとうございます!」

 声と共に、クラッカー音。
 色鮮やかな紙吹雪が舞う中、珍しくも驚いた様子の骸がドアノブを掴んだまま立っていた。
 ここは黒曜ランドの骸の自室のはずだが、何故犬達がいるのだろうか。ふわふわと落ちていく紙吹雪を眺めながら、骸は「ああ」と声を漏らした。

「そういえば今日は6月9日でしたね」

 骸が言えば、犬達の笑顔がより一層深まる。
 まだ部屋の中へと入って来ない骸の背を犬が押し、さあ入ってくださいと楽しそうに言って来た。促されるまま自室へ入り、中央まで押し込まれる。

「じゃーんっ、骸ちゃんの為にこの私がわざわざ作ったのよ」

 MMの声に視線を彼女の下へと移せば、そこには沢田綱吉の顔を模ったケーキが置いてあった。一気に骸の表情が凍りつく。

「何故沢田綱吉なのですか」

 新手の嫌がらせか何かだろうか。辛うじて笑顔を保ってはいたが、骸の口元は強張っていた。

「……骸様、これを」
「ナイフ?」

 千種から手渡されたナイフをしげしげと見つめていると、犬がそりゃもう楽しそうに飛び跳ねながらケーキを指差した。

「これでうっざい沢田綱吉をズブっとぶっさしちゃってくらさい!」
「あ、ああ……そういう事でしたか」

 皆の注目が自分に集まっていたので、仕方なしに骸はケーキを切り分ける。わざわざMMがケーキを作ってくれたのは嬉しい。しかし、やっぱり沢田綱吉はないだろ。しかも何で僕がケーキを切り分けてるんだ。
 色々ともやもやする物はあったものの、沢田綱吉は美味しかったので骸の機嫌も上昇した。

「美味しいです。MMは料理が得意だったんですね」
「うふふ。得意って訳じゃないけどね。骸ちゃんの為だし、はりきっちゃった」
「おやおや、それはありがとうございます」

 MMが金にならない事に手間をかけるとは珍しい。骸の表情が自然と柔らかいものになる。沢田綱吉の事はさくっと記憶から抹消しよう。

「……骸様、これは俺からです」
「千種も用意してくれていたんですか」

 おずおずと千種が筒状の物を差し出してきた。笑顔で受け取り確認して見ると、どうやらポスターのようだった。一体何のポスターだろうか。首を傾げつつ、骸はそれを広げてみて、受け取ってしまった事を後悔した。

「……何故沢田綱吉なのですか」

 笑顔の沢田綱吉ポスターを眺めながら、絞り出すように声を出す。
 これこそ嫌がらせなんじゃないだろうか。いや、千種に限ってそれはないか。
 骸はぴくぴくとこめかみが痙攣するのを感じながら、なるべく平静を装って千種へと視線を向けた。

「……士気アップの為です」
「下がります」

 即答すれば、千種はさして気にした様子もなく続けた。

「……これが飾ってあれば嫌でも沢田綱吉が目に入ります。恐らく良い気はしないでしょう」
「当然です」
「それが狙いです……」

 きっぱりと言い切った千種に、骸は眉をひそめる。

「……我々は沢田綱吉と日に日に距離が近づいています」
「否定したいところですが、間違ってはいませんね」
「……そこでこのポスターです」
「見るとイラっとするびょん」
「なるほど。その気持ちを忘れないように、という事ですか」

 言えば、千種がこくりと頷いた。
 千種の言いたい事は分かった。確かに最近、不服ではあるが沢田綱吉との慣れ合いが無いとは言い切れない。とはいえ、彼に対して情けを掛けるつもりは毛頭ないし、時が来ればその体を我がものにしようとは思っている。その考えはこの先だって揺るぎない物、だと、思いたい。
 多少の迷いを感づかれたのだろうか。そう思うと苦々しい気持ちになった。

「分かりました。受け取っておきましょう」

 くるくるとポスターを丸めながら言えば、隣でMMが「趣味悪っ」と呟くのが耳に入った。放っておいてほしい。

「じゃあ次は俺の番だびょん!」
「おや、犬も用意してくれたんですね」
「はい! ちょっと待っててくらさい!」

 意気揚々と犬が部屋から出て行く。その背中を笑顔で見送りつつ、骸は内心戸惑っていた。酷く、嫌な予感がする。先程から沢田綱吉続きだったし、もしや犬も――等と疑ってしまう。二度ある事は三度あるとも言うし。
 不安に思いつつ、ケーキを食べていると、部屋の外からがらがらという音が聞こえて来た。

「お待たせしましたー。見てくらさい! 骸さん!」

 犬が押して来たのはサンドバックだった。自分のセンスではないが、沢田綱吉ではなかったので、ほっと一息つく。

「これを叩いてスカッとしてくらさいね! 骸さん!」
「ふふ、犬。ありがとうございま……」

 近づいてみて、骸は絶句した。

「……どうしても沢田綱吉なんですね」
「えええー!? 骸さんなんでがっかりしてるびょん!」
「そりゃあ沢田綱吉のプリントされたサンドバックなんて喜ぶ訳ないじゃない」

 MMが呆れたように言ったが、その言葉をそっくりそのまま返したくなりつつ、骸は眉間を抑えた。その様子を見て、犬がおろおろと慌てだす。

「で、でも楽しいびょん。沢田綱吉を狙って叩くびょん」

 犬が沢田綱吉の顔を目掛けて拳を放つ。ぼすん、と重い音がし、サンドバックが揺れた。

「あ、これは、確かに。ちょっと楽しそうですね」
「だびょん! 気に入ってくれたみたいで良かったれすー」

 いや、別に気に入ってはいません。と、言いたい所だったが、犬の安堵する顔を見たら言い出せなかった。
 そもそも骸は一人サンドバックを叩くような事はしない。しかも沢田綱吉のプリントがしてあるサンドバックだ。確かに沢田綱吉は憎いが、こうやってこそこそと憂さ晴らしをするなんて彼の美学に反する。ナンセンスだ。
 まあ、犬に言っても分からないだろうし、何より本気で祝ってくれている彼らに対して文句等言う気も起きなかった。
 軽く頭が痛くなった所で、MMと目が合う。

「骸ちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとうございます」

 そう返せば彼女は笑って沢田綱吉の耳にフォークを突き立てた。

「……骸様、これからも宜しくお願いします」
「俺、骸さんに一生ついていくびょん! 毎年誕生日パーティーしましょうね!」

 千種と犬の言葉に、骸は苦笑した。
 まあ、良いか。お前達がいるならプレゼントなんてどうでも良い。
 そうして。その日骸は三人に囲まれながら、楽しく誕生日を過ごした。


Buon Compleanno!



 その後、パーティが終わり部屋に一人となった骸は、沢田綱吉グッズに囲まれながら色んな意味で一人涙した。



(2011.06.09)


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