オリジナル | ナノ
▽ 前※
氷川透の夢は世界征服だ。幼い頃に思い描いた夢は、大人になって組織を作り出すまでになった。当然だ。ただの子供の夢物語ではないのだから。
夢の実現のために必要だと思うことは全てやった。勉強も体を鍛えることも。生徒会長も。壇上ではちっとも緊張しなかった。この先もっと多くの人間の上に立つことになるのだから。
成績はずっと学年一位だった。世界征服は一人ではできないが、知性がなければ誰かに利用されて終わるだろう。そのために努力は欠かせなかった。
ところが、高校三年生の春。透は学年二位になった。
鶴見博が学年一位を取ったからだ。
「……夢か」
懐かしいというには見飽きた夢だった。もう十年以上前のことなのに幾度も見る夢だった。
あの日から透の人生には鶴見博がちらついている。本能がこの男には勝てないと告げてしまったあの日から――。
せっかくの休日だというのに朝から気分が悪い。嬉しそうに近づいてくる鶴見の顔が頭から離れない。
こんな夢を見たのも、この間会ってしまったからだろうなと思う。透がやっと悪の組織エタニティを立ち上げてからも、定期的に現れては透の邪魔をしてくるあの男だ。今では正義の味方フレイムに武器を提供する博士として手助けしているようだ。
部下であるブラックナイトがフレイムと恋愛を始めたのも全て鶴見が操っているのではないかとさえ疑ってしまう。
朝食のパンを焼いている間に牛乳を飲む。そろそろなくなりそうだから新しいものを買いに行かないといけない。
「あの男さえいなければ……」
鶴見さえいなければ、計画通りに事は進んでいたはずだ。
こんがり焼けたトーストにバターを呪詛のように塗りつける。死ね、鶴見。
「えー、僕ってそんなに氷川に嫌われてるの?」
「――何故お前がここにいる」
どういうわけか、鶴見が堂々と不法侵入していた。
いつもの白衣姿に、肩まで伸びた茶髪は一つに結ばれている。あれが普段着なのだろうか。
「だって僕だよ? 鍵くらい簡単に開けられるよ」
「とっとと帰って死ね」
「相変わらずツンツンなんだからー」
正義の味方側の人間が犯罪を犯してどうする気なのか。鶴見は悪びれた様子もなく勝手に人の家をうろうろする。
「あ、牛乳ないでしょ。買ってきたよー」
何故知っている。
大きな鞄からいつも透が買うメーカーの牛乳が取り出される。だから何故知っているんだ。
「氷川毎朝牛乳飲むもんね」
「…………」
「今日は僕も氷川と仲良くなりたくて来たんだ」
「帰れ」
「それでね、さっきの牛乳に媚薬入れてあったんだけど――」
「――げほっ。たちの悪い冗談はそこまでにしてとっとと消え……」
ろ、と続ける前に体が熱を持っていくのがわかった。体に力が入らず、フローリングに座り込んでしまう。
「お前、本当に……盛ったのか」
「それ、好き。氷川の心底嫌がってる顔。すごく興奮する」
「変態っ」
「氷川が涙ぐんで、それでも睨んでくるの好き。ほら、僕のも、氷川のこと犯したくてこんなになってる」
ほら、と右手を鶴見の股間に導かれると、たしかにそこは勃起していた。
「ね、氷川。久しぶりに仲良くしよ?」
鶴見博という男は昔からこうだった。猫のように気ままにすり寄ってきたかと思えば途端に獰猛な狼になる。そうして気まぐれに透を犯した。学生時代の遊びのようなものだと思っていたそれは卒業してからも続いていた。
高熱でも出した時のように顔が熱い。これがただの発熱だったらよっぽど良かった。自分のそこが痛いくらいに立ち上がっているのがわかったから、鶴見の言っていた媚薬は本当なのだろうと嫌でも理解できた。
それだけではなく、口に出すのも憚られるところがむず痒いので死にたくなる。
床にうずくまって呼吸を荒くする。
「でて、け……」
体のどこにも触れていないのに、声を出すだけで達しそうになる。最低な男に中をかき回して欲しいとすがりそうになるのを、床に爪を立てて堪える。
「出てってもいいけど、そうしたらずっとこのままだよ?」
「ひっ」
肩に触れられるだけで軽くイッてしまう。ズボンの中が濡れた感覚はするのに、そこはまだ硬いままでいっこうにおさまらない。
だって僕の作った薬だもん、と目の前の三十路は可愛らしく言った。
「お尻に精液注がれないと効果がなくならない特製品だよ」
「……死ね」
本当にこの男はろくなものを作らない。正義の味方側の人間の癖にどうしてこんなにクズなのだろうか。
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